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15話 釣りはスローライフの醍醐味でしょ

 この世界は広い。

 人が住んでいる場所は本当にちっぽけなんだと、あらためて思う。


 眼下に見えるのは、広大な大樹森。奥に視線を向けると、光り輝く湖が見えてきた。風は強く肌寒い。俺は今、空を飛んでいる。


「降りますから、気をつけて下さいね」


 ハーマリーが乗っている杖……に、ぶら下げた木箱の中で新世界を見ていた。

 魔女のマスコットが黒猫とかじゃなくて、ハゲたおっさんっていうところが新しい。うん、これは流行る。


 ふんわりと浮かびながら、静かにハゲ入りの木箱が置かれる。

 おらぁあっ、ハゲマスコット様のご到着だぜ。


「おお、こう見ると海みてぇだなぁ」


 手をかざして眺めると、湖は海のように雄大な姿をしていた。キラキラと光って綺麗だな。俺の頭も「綺麗なハゲですね、好きです結婚してください」ってな感じで魅力を放ってくれると嬉しい。


「付き合ってもらってありがとうございます」

「い……いや、俺も世話になったしな」


 単純な一言にドキリとした。俺の妄想が露見したんじゃないかと少し焦る。が、そんな馬鹿な話がある訳ない。それでも鼓動は少し高鳴ってしまうんだがな。


 今日のハーマリーの出で立ちは魔女って感じだ。黒い魔女の帽子に黒のローブ。ローブの隙間から中に着た白色のワンピースが見えている。杖も持ってるし、農作業をしていた姿が嘘のようだ。


 木箱から飛び出ると背伸びをする。あ~、久々に少し腰が痛ぇ。


「お母さんったら、干物を用意しとけって。もう、強引なんだから」


 ちらっと横目で見ると、ふくれっ面をしていた。うん、可愛い。お母さんドラゴンが絡むと、一気に子供っぽくなるよな。んー、信頼の証ってやつか。これは一肌脱いであげてぇな。


「何を釣ればいいんだ? やっぱりデカイ奴狙い?」

「いいえ、今回は魔力保有の高い生き物が希望だそうです。なんでも、仲間内で美味しい食べ物を自慢したいらしいので」

「なら、魔石を括りつけた紐を魔動力で動かしながらか。食いかってきたら、魔動力で動きを封じて引っ張り上げるでいいか?」


 ヤツら好みの魔力だったら、めちゃくちゃ食いつきいいんだが。まぁ、そう簡単にはいかないよな。


「はい。グランさんも釣りをされるんですね」

「ま、傭兵っつても生き残るために色々やってたからな。良いやつ、釣ってやろうぜ!」


 親指を立てて、ニカッと笑ってやる。

 だけど光るのは歯ではなくて、頭だけどな。

 やかましいわっ!


 ◇


 俺は黒い一刀を握り締めて、水面を見つめる。静かにただひたすら待つ。

 地鳴りのような音の後、水面は大きくうねり、波が高く上がる。小さな津波が巻き起こるのが、こちらからもよく見えた。


「グランさん、次っ行きますよ!」


 ハーマリーの合図だ、柄を握る手に力を込める。水面から水しぶきを上げ、逆光の中、丸く大きな魚影が飛び上がった。俺に向かって大きな口を開き、襲いかかる。


「遅ぇっ!!」


 地面を強く踏み込み、下半身に力を入れて飛び上がる。一刀を大きく振りかぶり、頭に狙いを定めた。


「《剛腕》っ! 《打撃会心》っ!」


 スキルの名を叫べば、腕と一刀に力が宿る。

 ――――行くぞっ!


「《打撃貫通》ーーっ!」


 一刀を力の限り振り下ろし――――魚の頭部に平らな刀身部分を打ち込んだ!


「ギャギャッ!」


 短い悲鳴と共に、スキル《打撃貫通》で骨が砕け散る音が響き渡った。

 ドスンッと先に魚が地面に落ち、俺は悠々と見届けながら着地する。


「助かりますー」


 振り向くと嬉しそうなハーマリーが小走りで近づいて来た。一刀を地面に突き刺し、胸を張って言ってやる。


「てっ適材適所、だからな」


 ――――そう、俺は釣れず。ハーマリーだけが釣れる状況なのだ。


 なんでだ、なんで俺は釣れないんだ!

 やはり、これはあれか。魔女の魔力性質が違うからなのか!?


 傭兵団じゃ、専ら物理担当だったからなぁ。だからと言って、脳筋ではない。魔法はあのクソジジイの十八番で出番なかっただけだ。こんなことならもっと鍛えておくべきだった。役に立たない感じが悲しい。


 雑念を払うように一息吐いた。

 ハーマリーは屈託のない笑みを浮かべている。それでいいじゃねぇか。


「中の骨まで砕いてくださってありがとうございます。いつも骨がって小言言われるので」


 形の良い眉を寄せて、ちょっと苦笑い気味だな。困った顔も絵になるとは、得なもんだ。

 お母さんドラゴンが絡むと意外な一面、素の姿というか違ったハーマリーが見れるな。普段と違う感じがして、これが楽しいっちゃ楽しい。


「六体釣ったが、まだ釣るか?」

「十分ですね。いつもより早く終わって助かりました」

「まっ、こういう作業は一人よりも二人ってこった」


 お辞儀をしたハーマリーに声をかけた。

 ん、体が跳ねたぞ? なんか起き上がる動作がぎこちないっつーか。なんでまた俯くんだよ。


「そっ、そうですね。ふ、二人なら……」


 いや、そりゃそうだろ。こういう作業は二人でやったほうが早いし、効率的だ。傭兵団でも得意分野に分かれて、皆で協力し合ってたし。あれ、俺が変なのか?


 頭をボリボリかくが、すっきりしねぇ。


「ふふっ、二人……」


 ……ちょっと笑ってるのか? なぜだ、分からん。こーいう時はっ!


「よしっ! じゃ、今度は俺がリベンジするぜ!」


 スパッと切り替えて、気晴らしに全力を尽くすぜ!


「……あっ! で、でしたら協力させて頂きます!」

「お、ありがてぇ。けど、休まなくていいのか?」

「はい、大丈夫です。二人で釣り上げましょうね」


 両手をぎゅっと握って強く頷く姿がイイ。でもな、目を合わせられないからって、ハゲに視線を向けないでくれ。おっさんの心はすぐに割れるガラスのハートだぜ。


 でも、やけに二人っていうことを強調するのは……分からん。ハーマリーも効率房だったのか? それとも……いやいやないな。都合の良い妄想を考えちまうのは悪い癖だ。


 ◇


 ハーマリーから魔動力のコツを教えてもらいつつ、のんびりと釣りを楽しんだ。


 久しぶりに魔動力使ったんだが、奥が深い。初歩魔法の一つだから、専門職以外の奴らはすぐに上の魔法に走っちまって、その後は必要以上に鍛えなくなってしまう。きっちりと突き詰めて研鑽していけば、ここまでになるとは思わなんだ。


 魔法に関してはクソジジイを基準に考えていたけども、それと対抗できると思うほどにハーマリーは凄かった。


 理論で固めて小難しくちょっと曲げて伝えてくるクソジジイ。簡単なプロセスでコツが分かるハーマリー。断然ハーマリーがいい。なにより近くで教えてくれる時のあの匂いが……とてもいい。


 そんな個人レッスンを乗り越え、何匹か釣れた。だが、ここで話は終わらない。最後の最後に、強い引きが俺の腕に走ったんだ。


 地面で足を踏ん張り、腰を落として引っ張るんだが……これは無理があるっ!


「慎重に魔動力で誘導してください!」

「うおっ、くそぉっ……重いっ」

「腕で引っ張ろうという意識を消してください! あくまでも、魔動力の拡散と拘束をイメージです!」


 そんなこと言ったって、体が反応しちまうっ! くそっ、腕が千切れるか、体が持っていかれるか。


「わっ私が誘導しますから! その通りにしてください!」


 ――――ハーマリーが俺の腰を後ろから掴んだ!! これがつり橋効果ってヤツか!!


 なんて、驚いている暇はなかった。

 一瞬で俺の体を包み込むハーマリーの魔力。急激な速度で紐を伝い、水面下の獲物まで到達してしまう。その瞬間、腕を引っ張る力が少し弱まった。


「す、すげぇ……こんな一瞬で」

「私の魔力を感じてください。グランさんのペースでいいです」


 感じたいのはそこじゃないんだが。

 いやいや、何を考えているんだ。集中集中!


 目を閉じ、意識を集中させる。先の先まで魔力を行き渡らせて、終着点の獲物の輪郭を魔力で形どった。複雑な形しているヤツ、イメージで伝わってくる。


「そう、そうです。いいですよ。その調子で一気に圧縮拘束して、一気に引っ張り上げましょう」


 あのジジイが聞いたら怒鳴り散らしそうな説明だな。そう思ったら、余分に入っていた力が抜けた。一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 俺ならできる!!


「ぅうおぉぉぉっらぁ!!」


 助言通りに身体の奥底から魔力を放出させる。獲物を魔動力で圧縮して身動きを止め、紐を引っ張らずにその巨体を動かすように意識する。


 ――――感じる。俺の魔力を伝って、獲物が浮かんでくるイメージだ。


「もう一息です!」


 ハーマリーの補助のお陰で、集中が途切れない。最後の最後、絞り出すように魔力を放出させる。


「こんのっ上がれぇぇええーーーっ!!」


 重いものを引き抜いた感触と同時に、水面から大きな飛沫が吹き上がり飛び出す。釣り上げた勢いのまま見上げれば、太陽を隠すほど大きな獲物の巨体が空にあった。


 丸い頭に、数え切れない足の数。太陽が薄く透ける独特な特徴を持つ。


 その――――君の名はっ!!


「クラゲかよーーーっ!!」


 戦いの結末とは常に無情で無常なもの。

 俺の釣り負けたような気分で「チクショウ」という小さな呟いた。そんな俺の隣でハーマリーは優しく見合守ながら、笑っていてくれる。


 その後、ハーマリーに乾燥クラゲにしてもらった。

 実食感想はコリコリして実に美味。

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