13話 あらためまして
皿の上で匙がカランと音を立てて躍った。
清々しい音で俺の心に満足感が広がる。思わず口角が上がってしまった。
「完食、ありがとな」
「すごく美味しかったです。すいません、途中で泣き出してしまって」
声を上げて泣き切ったせいか、掠れている声が痛ましい。普段はあんなに絶叫して平気だったのに、不思議だな。目元が赤くなっていて心配だが、大丈夫だろ。見ているの俺しかいないし。
あれ、俺……ハーマリーを見ているぞ。
「グランさんに、みっともない姿……見られちゃいましたね」
あれ、ハーマリーがこちらを見上げているぞ。大分、可愛い。
「でも、お陰でスッキリしました。ありがとうございます、グランさん」
あれ、可愛すぎてハゲそう。……ん?
「ハゲてたわ!!」
「きゃっ!? どどど、どうしたんですか!?」
どうしたもこうしたもない! なんだっそのっ、潤んだ目の上目遣い! 不安げに見つめると、男心をくすぐられるし……それに、それにぃっ!
胸がデカい!!
しまった、思わぬ絶景……うおっほんっ、伏兵だ。今までローブを羽織っていたから気づかなかったから余計に……くるっ。俺のハゲにビンビンくるっ。脂汗がにじみ出るほどに!!
「えっと、あの……あっ」
ハゲのテカリを見られてしまった!! くっそ、また布団を被っ……らない?
「す、すいません。はぁぁっ、すぅぅ」
その息を吸わせてください。
「まだ、目線は合わせられませんが……もう姿を隠さないようにします」
戸惑いながらも向けられた表情。視線を外す目の動き、う~ん……いい。
いや、待て。今度からハーマリーの姿を見ながら生活するのか? まじか、俺は耐えられるのか? じ、自覚したら急に緊張して、頭のテカりが気になるっ!!
「えっと、不束ものですが……よろしくお願いします」
「あ、あぁっ! お、おらの方こそっ……って、俺のほうこそ! あーそのーなんだっ、居候の身だが世話を頼む!」
何言ってるんだおら! じゃねぇ、ハゲ! 違うだろ、俺!
あ~あ~あ~~っ、やっちまったよ……おい!
「ふふっ」
……ちぇ、笑ってやがる。
「あははっ、いつもとは……逆ですねっ」
「むっ」
クッソ、指摘が鋭すぎる。ちょっと悔しいが、まぁいい許そう。笑った顔を見れたしな、なんか努力が報われた気がしてホッとしたわ。
こんな風に笑えるんだな、うん良かった。
「ふわぁっ」
あくび出ちまった。慣れないことして、いつも以上に疲労の蓄積が半端ない。これだから年は取りたくねぇなぁ。
「お疲れ様です。一休みしていきますか?」
「あー、そうするか。ハーマリーもゆっくり休んでくれよな」
んーーっ、背伸びは気持ちいいな。とりあえず、外の芝生で寝転がって昼寝でもするかー。
部屋を出ていこうとすると、声がかかる。
「あ、あの……よろしければソファーで休まれて行きませんか?」
それ、なんてギャルゲー?
「い、いやいや。ハーマリーが落ち着かんだろ。こんなハゲたおっさんと一緒なんて」
「……今は人の気配が傍にいたほうが、安心して寝れる気がしまして。それにグランさんなら……」
それ、なんてエロゲー?
こここっ、これはいかんな。厳重注意をしなければ。
「んんっ、なら……寝かせてもらおう」
「はいっ」
はぁぁっ、いかんいかん。こんなラブチャンスは滅多に訪れない。ここは甘んじるべきだな、うん。一緒の部屋で寝れるなんて、そんなチャンスは転がってはいない。チャンスは掴み取るものだ、うん。
ソファーに寝転がると体が柔らかく包まれて、とても心地いい。すぐにまぶたが重くなる。俺、結構疲れてたんだな。
「おやすみなさい、グランさん」
「あぁ、おやすみ。ハーマリー」
澄んだ声が余韻となって耳に残る。心地良さに自然と口角が上がり、静かに目を閉じた。昼寝には早い時間。疲れたら寝る。自由気ままで優しさに包まれた生活に、心にあった黒い何かが溶けだして消えていくようだ。
意識が徐々に遠ざかり、それすらどうでもよくなる。
今はただ、この微睡みに沈みたい。
◇
ゆらゆらと微かな振動を感じる。あぁ、なんか気持ちい。まだ寝て――――
「グランさん、グランさん」
違う、俺の名はハゲ……ちげーし!!
「起きて下さい。もう夕方ですよ」
ゆさゆさとソファーが揺れる。まだ寝たい……ん、夕方? まじか!
「うっ、夕方?」
……あー、天井真っ赤に染まってるわ。しまった、つい寝ちまった。えーっと、ハーマリーは……可愛っ。ソファーの裏から顔だけだしてこっち見てる、可愛っ。そこそこ距離近くて、おじさん意識しちゃう。
「ふふっ、ぐっすり眠ってましたね」
「……寝顔を見たな? 高くつくぞ」
「美味しい夕食作りますよ」
そう言われると、弱いな。くぅ~~、あー良く寝た。背伸びをしても、首を動かしても、肩を回してもゴリゴリいわねぇな。なんか、ここにきてから体の調子がいいわ。唯一頭皮だけは絶不調……そこね、そこ。そこが一番大事。
立ち上がって寝台側の窓を見ると、強い西日が射しこんでいた。
「うおっ、眩しっ」
「きゃっ」
きゃっ? 手で顔面隠して一体どうした……あれ? 窓に背を向けているのに、顏辺りに光りが――――ハゲが反射してた!?
「すすすっ、すまん!!」
「こちらこそ、なんかすいません!!」
それ傷つくヤツ!!
あーー、恥ずかしい。頭で光を反射して迷惑かけるのが、こんなにも辛い事だったなんて知らなかった。気分よく起きたのに、気落ちしてしまう。
「夕食頑張って作りますね!」
「ん、体は大丈夫なのか? 病み上がりだし、休んでいたほうが」
いやいや、そう簡単に治るわけがない。病み上がりに無理するのは流石に心配だな。
腕組をして唸っていると、扉が開く音がする。視線を向けると、ハーマリーが微笑んでいた。
「自家製のお薬飲んだので大丈夫です。それに、心地よく寝れましたしね。グランさんがいてくれたお陰ですよ」
くぅぅ、笑顔が眩しい! ハゲで反射できない眩しさだ!
急に親しくなると俺の心臓がもたないぞ。はぁー、だがいつの間に薬なんて飲んだんだ? いや、この台詞は信用できないヤツだね。病み上がりで大丈夫っていうヤツに限って、本当は駄目なパターンだ。
「……俺も手伝う。いいか、絶対に無理するなよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
控えめに笑いながらハーマリーは先に部屋を出る。慌てて早歩きで部屋を出ると、廊下のすぐ先でハーマリーが扉を開けようとした。
しかし、ここで俺はあることを思い出してしまう。
「あ、ちょっと待っ――――」
止めようとしたが、間に合わなかった。ハーマリーは扉を開け、一歩踏み出した形で動きが止まる。青い目を丸くし、口はちょっと半開きだ。
あーあーあー、本当にすまねぇ。
恐る恐る近寄り、パンッと音を立てて手を合わせる。
「すまん! 片づけるの忘れてた!」
許して欲しい、この通り!!
しばらく無言が続いて、俺の中でどんどん不安が膨らんでいく。あ~、怒られる!
「……許しません」
なん、だと?
呆けた横顔がこちらを向く。しょうがない、と少し呆れている様子だった。
あ、俺……怒られてない。助かったぁ。
「一緒に……片づけてくださいね」
「それは勿論だ! 全力を尽くす!」
ちょっとだけ口元が笑っているが、気にしない。この惨状は二人じゃないとクリアできなさそうだしな。居候の分際で余計な手間かけさせたなぁ。これは一つゴマをすろう。
「あらためてよろしく頼む」
ゴマのすりかたって、こんなのでいいのか? 目力も入れてみよう、むむむっ。
「……はい、こちらこそ!」
弾けるような笑顔に少しだけ鼓動が高鳴った。それにちょっと罪悪感も薄れたし、ありがたい。これから少しずつ距離を縮めて、ハゲを治してもらえるよう努力しよう。
「二人して寝坊したので、夜は長いですね。お酒でも飲みますか?」
「病み上がりで大丈夫なのか?」
「魔女の薬は凄いんですよ。あ、月光浴しながら夜空を眺めて、ゆっくり過ごしましょう」
「いいか、少しだけだからな! 病み上がりなんだからな!」
くぅ、夜が楽しみになってきた! ドリアードたちもいねぇし、ゆっくりできるのがいいよな。長い夜になりそうだ。
惨状広がるキッチンに小躍りしながら入り、音を立てて扉を閉めた。
第一章完結
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