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ふたりぐらし!~ハゲたおっさんとボッチな魔女のスローライフ~  作者: 黄色いインコ
第一章 おっさんと魔女は仲良くなりたい
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10話 はじまりの急接近

 ドラゴンお母さんが去って、俺たちの生活は一変した。のんびりスローライフから、スポ魂みたいな熱気あふれる日々を過ごしている。


 今、まさにそう。

 キッチンでテーブルの周りを走っている。


「待て待て、逃げるな!」

「だだっだったら、追いかけないでください~!」


 俺はドタバタ走り、ハーマリーはゲーミングチェアに座りながらローラーを魔法で動かして逃げていた。いや、俺たちさ……普通にお茶してたはずなんだけど。ちょっと触れそうになっただけで、この大騒ぎ。


「はぁはぁ……よし、止まったぞ」

「ああぅありがとうございますっ」


 キッチンの隅と隅。一番遠い距離で位置取って、ようやく止まった。

 あー、あっちぃ疲れた。暑いはずなのにハーマリーの衣服は変わらない。黒い魔女の帽子を深く被り、顔を隠すほど襟を立てた黒のローブ姿だ。


 暑いはずなのに、絶対に脱がない。どうしてだ、少し期待していたのにっ!


「暑かったら、脱いでも……いいんだぞ」


 ……決して卑猥(ひわい)な意味ではない。


「……魔法使ってますから、暑くありません」


 うっわ、ずっるぅっ! これだから魔女は!


 クッソ、こちとら加齢臭香る汗まみれだというのに。頭皮だって、ほら……こんなに濡れて光ってる。今日も頭を綺麗に洗わないとな、残った皮脂汚れが抜け毛の原因になるから。前世のCMで言ってた気がする。


 はーー、どっこいしょっと。残った茶でも飲むか。


「ふぅぅ……」

「す、すいません~」

「予期せぬ出来事がない限り、俺からは触れないと言っただろ?」

「分かっているのですが、体が勝手に反応してしまって」


 男心をくすぐる声と台詞を吐くなっつーの。ドキドキしてしまうわ。


 チェアに座りながら足先をちょこちょこ動かし、ハーマリーはテーブルに戻ってくる。うん、行動が可愛かった。本人は変わらずな服装だけどな!

 今も俺の視線に耐え切れないのか、もじもじして落ち着きがない。千年以上振りの人の視線だからだろう。おら~、ハゲたおっさんの視線をたっぷりとくらえ~。


「そんなに見られても、困りますっ」


 お、まーた帽子を深く被りやがって。下から覗いてやる。

 こうか? それとも、こうか?


「の、覗かないでください」

「そんなんじゃいつまで経っても町には住めんぞ」

「うぅぅっ」


 お、お、お~? イスが後ろに下がっていってるぞ~。ん~、ここを耐えないとハゲ頭に触れられんぞ~。


「……無理ですっ」


 って、逃げた。部屋から逃げやがった。えぇい、逃がすものか!

 外へ行っても、ドリアードはもう助けてくれないぞーー!


 ◇


 俺たちの追いかけっこが森の中で開催された。


 今日はちょっと曇り空。涼しい風が火照った頭皮を撫でて気持ちいい。走れば毛が揺れて、いつ抜け落ちるかとハラハラしている。


 目の前で杖に横向きで座り、逃げているハーマリー。なんかこう、男女が浜辺でキャッキャウフフ捕まえたっていう感じじゃね?

 おっさん、ドキドキしちゃうぞ。うふふ~、待て待て~。


 って、ん? 速度が落ちたぞ。


「まだ私には……無理ですっ」

「少しずつでいいんだ、少しずつ時間を増やそう」

「でも、申し訳なくてっ」

「全然大丈夫だ、全く問題ない」


 いい運動にもなるしな。年を取ると体がなまるのが早くなるから、こういうのは歓迎だな。フハハッ、どうした追いついてしまうぞ!


「はぁはぁっ、私……には」

「ハーマリー?」

「また、ご迷惑……かけて……」


 なんだ? 体がふらつい――――倒れる!!


「ハーマリーッ!!」


 危ねぇ!

 地面を蹴り上げて飛び込む。手を目一杯伸ばして――――間に合えっ!!


「ぐぅぅっ!!」


 ……いででっ、なんとか受け止めることができたな。しっかし、どうしたんだ突然倒れるなんて。

 そのまま地面にハーマリーを置き、起き上がって様子を見てみる。


「……ハーマリー?」


 まったく反応がない。顔は帽子のつばに隠れて分からない。しかも、逃げない。言いようのない不安がこみ上げ、恐る恐る帽子に手をかけて剥ぎ取る。抵抗はなかった。


「はぁっ、はぁっ……」


 苦しそうに歪む表情。顔は赤く、汗が噴き出ていた。


 気づいた瞬間、どう言葉をかけていいのか分からなくなる。ただ、その苦しげな表情から目を離せなかった。しかし、それも叶わなくなる。震える小さな手で自らの顔を覆い隠した。


「み、みないで……くださいっ」

「今はそんなことを言っている場合じゃ」

「私を……そんな目で見ないでっ、いやぁっ……お願い、やめてっ」


 現実の区別がついていないのか。なんにせよ、このままではいけない。

 肩と膝裏に手を通して持ち上げる。


「嫌っ、触らないでっ!!」


 途端に暴れだす。逃げるように体を捻るが、とても弱弱しい。腕から振動で伝わる、他者への拒絶。嫌だと力なく首を振る姿が痛々しく、俺の心を抉っていく。


「すぐ着くからな」


 全速力で駆け出した。落とす失態はしないように、弱弱しく暴れる体を大事に抱えて。


「やめてっ、離しっ……むぅっ」


 肩に回した手をずらして、親指を口の中にねじ込んだ。


「喋るな、舌を噛む。今はこれで我慢してくれ」


 クッソ、態勢きついな。

 顔を上げると赤い屋根が見えてくるが、遠くに感じる。焦る気持ちを急かすように、抵抗する力は徐々に弱くなっていった。


 ◇


 玄関を蹴破り、居候部屋の扉を蹴破り、寝台に一直線。


 できるだけ優しく寝台の上に寝かせ、布団をかけて……はっと気づいた。いや、俺の寝台に寝かせてどうすんだよ!!

 い、今から二階に上げるか!? それともソファーか!? だが動かすのは気が引ける。走っている時は冷静だったのに、いざ目の前にすると混乱するな。


「と、とにかく……服を脱ぐか?」


 おいおいおい、そういうことじゃねぇだろ! ちくしょう、クッソ恥ずかしくてハゲる! いや、これ以上ハゲたら流石にやばいぞ!

 あぁぁあっ、うぅううぅぅっ。


「……はい」


 はいいぃぃぃぃっ!?

 な、な、何を着る!? それとも、はっはっ裸っ!?


「あ、あのっ……」

「おぉおおっ」


 どうしよう、着替えを手伝ってほしいって言われたら。本当にどうしよう。ちょっと待って、髪整えて心の準備するから。


「……後ろ、向いてもらってもいいですか?」


 あ、はい。

 いやいや、そうだよな~。こんなハゲたおっさんに着替えを手伝ってほしいなんて、普通はないない。そうだそうだ、ありえな……あれ? 後ろ向くだけでいいのか? 部屋とか出な――――


「もう、大丈夫です」


 あ、はい。……え?


「……魔法付与したローブ、脱いだだけ、です」

「あ、そっか……ちゃんとした着替えを持ってくるか?」

「今は……このままで」 


 ……さっきより落ち着いたようで、本当に良かった。しっかし、これからどうすりゃいいんだ? 何が原因で体調崩したのか分からん。


「ハーマリー、どうして体調を」


 振り向きながら声をかけると、ガバッと布団を頭から被られた。……おい。


「ごめん、なさいっ……できればそのまま後ろを」

「……わーったよ」


 そりゃ、まだ見られるのが苦手なのは分かるが。あー、体調が悪いから無理はさせれねぇし。


 後ろ向きのソファーに深く座り、背もたれに頭を乗せる。不思議と部屋を出て行こうとは思わなかった。一人にはできない、自然とその考えが浮かぶ。


「どうして、突然倒れたりしたんだ?」

「……ローブに体を冷やす魔法付与したので、その……」

「あー……分かった。俺が悪かった」


 そういうことか。俺がいつも追いかけ回して暑いから、そうやって冷やしていたのか。そりゃ、暑くなったり寒くなったりで体調崩すよなぁ。俺が原因だなんて、申し訳なくてハゲてしまうわ。はぁ~……


「……指、噛んじゃいました。大丈夫、ですか?」


 指? あー、すまんな汚い指を突っ込んでしまった。指は……ちょっと血が出ただけか。


「こんなの舐めときゃ治るから、心配すんな」

「えっ……あの、舐める……ですか?」

「んっ?」


 その時、俺はすでに自分の指を咥えていた。


 うわあぁぁぁぁっ!!

 違うんだ、そういう訳じゃないんだぁぁっ!!

 ……誤魔化そう、全力で誤魔化そう。幸い、ハーマリーは見ていない。


 一人で密かに興奮してしまったことは、俺だけの秘密だ。

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