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オーヴ=シャナ町

 オーヴ=シャナは反女王派の南部と、女王の勢力圏である中部の境にある要衝の町で、回りは見通しのよい平原である。


 元々は女王派の領主が治めていたが、女王の病の悪化が顕著になると、ヒザリー公が難癖を着けて攻めてきた。

 すぐに領主は女王に救援を請い、オーヴ=シャナに籠城して懸命に二十日間戦ったが、女王の救援は来ず城門は破られた。

 領主一家は町の広場に吊るされ、強姦、略奪、放火と躾の悪い軍隊の様式美にそって町は占領された。そのため、住民たちは大手を振って歩く、南部諸侯軍を内心では苦々しく思っていたが、町の北に現れた女王軍――正確には大王軍――にも怨嗟の目を向けた。


 町の外で戦って共倒れになれ!

 それが彼らの偽らざる本心だった。


 領主館ではスピエセル公とヒザリー公が、早朝から小躍りしていた。

 ラサの城壁の外にわざわざ向こうから出向いてくれたからだ。


「協力会会長を総大将にのこのこラサから出てくるとは、イルブランのやつめ戦音痴にもほどがあるぞ」


 白髪が目立つ灰色頭の偉丈夫が、笑って言った。

 彼らは宰相の企てだと思っていた。


「しかしヒザリー公、冒険者は侮れませんぞ。ラサでは手痛い目に合いましたからな」


 三十手前であろう若い青年が忠告した。もっとも、こちらの声も笑いを含んでいる。


「なんの、スピエセル公、ラサの件は兵らの油断よ。ろくに防具も着けず冒険者と戦ったらしいではないか」ヒザリー公はラサで死んだ兵士に感謝した。損害の比率からこちらを見くびった女王軍が、わざわざ少ない兵力で負けに来てくれたのだから。「ブノワース公を引っ張り出したのは褒めてやる。これで奴の領地に攻め込む大義名分が立つわ」


 スピエセル公もその点は同意した。ファリア国でもっとも潤っているのは、クルースと大トンネルで繋がっているブノワース領なのだ。王都であるラサよりも経済力があると言われている。ここを手中に出来る好機まで女王はくれたのだ。

 これを笑わずにいられようか。


「全軍の準備は整っておるか!」とヒザリー公。


「いつでも出陣できます」


 ヒザリー軍の騎兵大将が答えた。そこに伝令が駆け込んできた。


「申し上げます。敵軍の最後尾にいたブノワース軍が、退却しはじめております」


「スピエセル公、急ぎ出陣しましょうぞ。女王軍まで逃げられて、ラサに籠城されては面倒です」


「そうですな、ロロット王女を捕まえてラサの城門を開かせてやりましょうぞ」


 両大領主は南部諸侯軍に出陣を命じた。





「ブノワース公、遠乗りに出てもらえますか?」と二号さん。


「わしは見学ではなかったか」


「そうなんですけど、あなたが退却しはじめれば、慌てて攻撃してくると思うんですよね」


「であろうな。やつらは冒険者狩りで冒険者の実力に高を括っておるはずだ。数的優位にあるのに決戦に持ち込まぬはずがない」


 ブノワース公は冒険者、とりわけ協力会が連れてきた冒険者パーティーの魔術士の数と力量に舌を巻いていた。何しろ、一パーティーに最低一人は魔術士がいるのだ。裏庭地方の冒険者パーティーでは魔術士が加わっているパーティーは十指に余るはずだし、大領主家でも魔術士を複数雇っている家は稀だった。

 ブノワース公も協力会の冒険者パーティーに帯同して、実力を明かしてもらってなけれ、出陣の判断をしただろう。


「なのでお願いします」と二号さん。次に冒険者大隊長に目を向ける。「キーツ、やり過ぎるなよ。この戦はアルフレッドたちと女王軍が主役だ。お前たちはパーティーごとに散兵となって撹乱しろ」


「了解です。会長」


 キーツは優雅に一礼した。チャラい服装に合っている。


「ロロット王女、ゼルダリオン、ローデンから離れずしっかりと戦というものを見届けなさい。あなた方は、王になるのですから」


 二人は真剣な表情で頷く。

 ローデンはロロットの代わりに、歩兵を指揮することになっていた。

 女王軍の騎兵は、ホウ老師が指揮することになった。女王の命を救い、巧みな馬術を披露した老師を、気位の高い騎兵たちも指揮官と受け入れた。


「老師とアルフレッドは敵の勢いが止まったら側面を突いて下さい」


「まかせろ。昔取った杵柄じゃ」ニィとホウ老師は笑った。

 アルフレッドは「おう!」と応じた。


「それでは各々方、計略どおりに」


 大王軍の作戦が始まる。




 ブノワース軍の退却を切っ掛けに、南部諸侯軍はオーヴ=シャナから繰り出してきた。

 六千の騎兵が歩兵との連携を無視して大王軍に迫る。


 キーツ率いる冒険者パーティーは、パーティー単位で大きく間隔を開けて展開していた。

 騎兵の接近とともに魔術士たちが弓矢を強化しパーティーメンバーが矢を放つ。

 散兵の狙いは軍隊の背骨である小隊長、分隊長などだ。彼らを長距離から狙い撃ちにして混乱を誘う。

 七十組のパーティーから一本ずつ放たれた矢は、装飾が他と僅かに違う騎兵を襲い、一射撃で三十人の騎兵を倒した。

 キーツたちは騎兵が肉薄するまでに、四度射撃し二百人ほど倒すとローデンの歩兵部隊の前面にいる十パーティー以外は素早くばらけて逃げていった。


 ヒザリー公の騎兵部隊は冒険者パーティーを忌々しく思うも正面の歩兵部隊を襲うことを優先した。


「おのれ、小癪な!冒険者に構うな歩兵を狙え!」


 騎兵を指揮するヒザリー公が叫ぶ。


 ローデンはわざと横陣の隊列を乱れさせ、歩兵部隊をじりじりと退かせて、士気が低いと敵に思わせた。

 偽装後退は加減を間違えると、本当の壊走になるので神経を使う。


「ゆっくり、ゆっくりだぞ!」ローデンは敵の速度を計算して攻撃の機会を計る。「魔術士、幻影を編め!長槍兵は前へ、踏ん張れよ!」


 ローデンの命令に冒険者パーティーの魔術士たちが、馬を餌にしている魔物の幻影を、騎兵部隊に向かって投影する。

 裏庭地方の馬は、その魔物を見たこともなかったが、本物そっくりの幻影に僅かに怯み、魔術で再現された大音量の鳴き声に驚き、隊列が乱れ突撃の速度が落ちる。


 ヒザリー公の騎兵部隊が幻影を突破し、ローデンの歩兵部隊にぶつかったときには、長槍兵が最前列にずらりと並び、突進力を失った騎兵をがっちりと受け止めた。

 後続の騎兵は、前方の味方をかわそうとするが、急に止まれる訳もなく、次々に追突した。


「ようし、足を止めたぞ!」


 ローデンが思わず拳を握る。

 ローデンの歩兵部隊の偽装後退に取り残される形になった、歩兵部隊の左側にいたホウ老師の騎兵部隊と、右側にいたアルフレッドパーティー率いる冒険者たちが、側面に展開してヒザリー公の騎兵部隊を半包囲した。


「前列は下馬して戦え!」


 歴戦のヒザリー公は的確に指揮するが前列の小隊長や分隊長が討ち取られているので命令が行き渡らない。


 一方、一万六千の歩兵部隊を率いるスピエセル公は、軽装歩兵六千を左右に散ったキーツたちの牽制に放ち、ヒザリー公の後を追っていた。

 彼は冒険者を過小評価していなかった。彼なりにではあったが。


「不味い、急ぐぞ」


 ヒザリー公が敵の策に嵌まったのを見て、スピエセル公は部隊を急がせる。


 軽装歩兵を先行させるべきだったか?


 スピエセル公は、ヒザリー公が失策を犯してくれた方が発言力が増して都合がいいのだが、ラサも陥落させてないうちに討ち死にされても困るのだった。


 ゼルダリオンとロロットは、ローデンとカミーユとジゼル、それに謁見の間にいた二人の魔術士に守られながら戦闘を観ていた。


 ゼルダリオンは人が殺されるのも、匂いだけでえづく腐乱死体も、何度も見たことがあるので平気だった。

 二号さんからはローデンの指揮を、よく学ぶのにようにと言われていた。


 ロロットは当然、初陣だった。ヴァレリー女王の唯一の嫡子として、戦場に出るのは次期女王としての義務だと、二号さんに言われていた。

 真剣に話す二号さんに父親をしらない王女はその影を視ていた。


 距離は十二人分、僅かそれだけの隔たりの向こうでは、殺し合いが行われている。前肢を骨折した馬が苦しそうに嘶き、手足を切り飛ばされた兵士が血飛沫をあげて絶叫し、やがて倒れる。


 ロロットの肩はカミーユとジゼルが、がっしりと支えてくれているが、王女はおちびちゃんたちを抱き締めたかった。

 だが翼犬たちの姿はここにはなかった。

 人と人との争いに翼犬を巻き込むことは大敵様に禁じられている。


 早朝から開始した戦闘は三時間が経過した。
































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