ブノワース公とカミーユとジゼル
ブノワース公は、ガディオン国の難民の対処に、頭を悩ませていた。
ファリア国は天候不順で凶作続きの裏庭地方にあって、久しく戦をせず、治水開墾に努めたので不作程度で済んでいる。
そのため、ブノワース公は余剰食糧を与えて救済しているが難民は増え続けている。ブノワース領だけでは賄いきれなくなっていた。
どうしたものかと執務室で悩んでいると火急の知らせだとクルース側の国境警備の隊長がやって来た。
「どうした隊長?」
「報告します。大トンネルから冒険者四百八十名が国境検問所で待機しております」
「待機、入国したいわけではないのか?」
「代表のキーツという冒険者が言うには、協力会会長の命令待ちだそうです」
「なんだそれは」
ブノワース公の眉間にシワができる。
協力会はどういうつもりだと腹を立てていると、協力会の者だと言う人物が翼犬に乗って来ていると報告が入る。
「発着バルコニーに通せ」
そう命じて彼自身もバルコニーに向かう。
まさか発着バルコニーが本来の目的で使われる日が来ようとは!
発着バルコニーには灰色の翼犬に騎乗した鉄の鎧の大男と細身の決闘屋のような身なりの男性がいた。
「ブノワース公か?俺は協力会副会長のローデン」ローデンは黒蜜から降りて同乗者を指さし「こっちはキーツ、協力会教導パーティーのリーダーだ」と言った。
「キーツパーティーのリーダー、キーツです。そちらに我々の知らせが届いていますか?」
洒落た装いのわりに腰の低いしゃべり方だ。
「今しがた聞いたばかりだ。君は国境で待機中ではなかったかな?」
「会長の命令が出ましたのでここに来ました」
ペコリと頭を下げる。
黒蜜はブノワース公にすり寄った。翼犬は人間が自分に好意があるか匂いで判別出来る。
「ブノワース公、まずはこれを見て欲しい」
ローデンは書類入れから勅書を出した。
ブノワース公は一読してため息をついた。
「協力会に降伏して、結局内乱か……。」
ブノワース公はスピエセル、ヒザリーの大領主の増長を許した女王派に呆れていた。
彼は何度も手に負えなくなる前に、武力衝突も辞さずと圧力を加けろと女王に進言したのに、その都度、退けられたからだ。
「ブノワース公には三千の兵力を率いて参戦してもらいたい」
「わしは女王に味方したくないし、協力会に降伏した覚えもない」
口ではそう言ったがブノワース公は内心驚く。彼は最大一万の兵力を動員出来る。女王派は7千しか動員できないので、二万以上を動員出来る南部諸侯に対抗するには、ブノワースの全兵力の提出を求めてもおかしくはなかったからだ。
「二号さん、つまり、協力会会長はブノワース公に見学してもらいたいそうだ」とローデン。
「わしの兵力抜きで戦って勝つ気か?」
ブノワース公は黒蜜の耳の後ろを掻く。
「ラサでの騒動はブノワース公も承知でしょう?南部諸侯は三倍の兵力で冒険者と戦って三倍の損害を出した。うちのパーティーが連れてきた冒険者はラサ支部に集まっている冒険者より高位のパーティーばかりです。多少の戦力差はどうにかなりますよ」
キーツは表現を抑えて言った。ブノワース公には、それがより真実味を与えた。
裏庭地方の統一が遠退いたと思ったが予想外の勢力で実現するか。
ブノワース公も協力会の方針転換は理解できる。これだけ冒険者を殺されて、協力会が介入しなければ、収拾が着かないだろう。
「二日だ。準備に二日かかる」とブノワース公。
「それで構わない。こちらも国境のパーティー連合を移動させなければならないのでね。共にラサに向かおう」とローデン。
「ブノワース公、国境警備隊に我々の入国許可を出してもらいたい。できれば公自らに赴いてもらった方が、不測の事態を防げると思う。ローデン副会長が、翼犬で往復してくれるはずなので、時間は取らせないと思うが如何ですか?」
キーツがローデンにウインクした。
「まあ、それが確実だろうな」
ブノワース公は、硬い表情で尤もらしく言ったつもりだが眉間はつるつるだった。
「会長、なぜロロット王女を戦地に連れていくなどと言うのだ?」
女王に代わってイルブランが言った。
女王の施術は成功した。
命の危険はなくなったが、施術により失われた体力が戻るまで、ベッドで安静にしていなくてはならないのでこの場にいない。
「なぜならロロットは将来の女王ですし、生まれながらの理合者だからです」と二号さん。
「王女が理合者などと、何を根拠に」
「王女が初めて仔犬を抱き締めたとき、仔犬が苦しがりました」
「それが証拠なのか?大きいとはいえ仔犬は仔犬、人間におもいっきり抱き締められれば苦しいだろう」
「翼犬の仔はイルブラン、あなたより頑丈です。あなたが渾身の力で抱き締めてもへっちゃらですよ」
「カミーユ、ジゼル、お前たちは気づいていたのか?」と宰相。
王女の護衛の二人は「いえ、全く」と首を振る。
「この娘たちはまぬけですからね。特に筋肉の方が」
二号さんにしては険のある言い方だ。
「なによ。あたしのこと言ってんの」
筋肉娘のカミーユが怒る。
彼女らは王女に雇われた冒険者なので、二号さんに下手に出る必要はない。
「あなた、将来ああなりたいんですか?」二号さんはローデンを顎で指す。「そんなに重かったら、せっかくの剣術が生かされないでしょ」
「あたしらの剣術の何を知っているって言うのよ」
カミーユはショートの髪を逆立てて二号さんを睨む。
セミロングのジゼルは、カミーユと二号さんを交互に見てはらはらしていたが、アッと思い出す。
「カミーユ、その人と魔術士のお爺さんをよく見て」
「なによ、ジゼル。よく見るもなにもにらんでんだろ」
「この人たちとあたしたち帝都で会ったことがあるわ」とジゼル。
「ようやく思い出しましたか。まったく、不肖の弟子ですね」
「いつ、あんたの弟子にあたしが……ああ!思い出した。あたしたちに変な魔術をかけた怪しい二人組」
「ジェローム、変な魔術って貶されてますよ」
老魔術士は翼犬のおもちゃになって宙に舞っていた。
ホウ老師が引きった顔をして二人を理合術で調べる。とくに頭を。
「お前さんら幻覚とか幻聴とかの症状は出とらんか?」とホウ。
「寝てるときに変な夢を観るだけだよ」
「変な夢とはなんですか、わたしの編み出した剣術を教えてあげたのに」
不味い方向に話がいっていると二号さんは感じた。
「あのう、あたしたち大丈夫なんでか?」
ジゼルが不安に駆られてホウ老師に言った。
治療者にあんな表情で診察されれは誰だって動揺する。
「わしの見立てでは心配ない。占い婆さんが成功の太鼓判を押しておったらしいから、魔術は成功したはずじゃ」
「とにかく、ゼルダリオンもロロットも連れて行きます。大王命令です!カミーユとジゼルはわたしを敬いなさい、これも大王命令です!」
二号さんが強引に会話を終わらせる。
二人を魔改造したことで責められないためだ。
二号さんがラサに来て四日目の朝、二号さん率いる大王軍約一万は、南部諸侯の集結地、オーヴ=シャナに進軍を開始した。内訳はロロット王女の騎兵二千と歩兵四千。ブノワース公の騎兵三千。教導パーティー連合四百八十と現地冒険者三百人。
現地冒険者は二号さんのやり方に疑問を持つ者と、軍隊として行動することになるので、たとえパーティーメンバーが死亡しても脱退は許さないし、全滅必至の命令にも拒否権はないと言われて、参加を見送った者が多数いたためこの数になった。
ラサの沿道には市民たちが見物に押し寄せ歓声をあげて出陣を見送ってくれた。