ファリア国と交渉
「ファリア国女王ヴァレリー陛下のお成りです」
美しくそして儚げな女性が、恐らく娘であろうよく似た少女に手を引かれて、ゆっくりと玉座に着いた。
少女は玉座の横に立ち武装した二人の若い女性は少女の後ろに控えた。
ゼルダリオンは二人は冒険者だと思った。
謁見の間には冒険者パーティーもいた。統一感のある装いの六人組だ。
場に原因のハッキリした間があく。
二号さん側が挨拶しないからだ。
誰も一礼もしないどころか、二号さんは女王に背を向けて、位置的に後ろにいたゼルダリオンを、自分の横に移動させた。
ゼルダリオンは権力者を前に緊張もせず楽しんでいる自分を不思議に思った。
さっきの白い長衣の男がしきりに咳払いをするが完全に無視だ。
「イルブラン、もういいわ」女王は長衣の男に言った。「冒険者協力会会長は礼儀知らずなのね」
すこし低い美しい声だが、喉から上だけで喋っているような、か細い声だった。
「ここはあなたの領土ですが、わたしは裏庭地方の大王になるので、挨拶はあなたからして下さい」
「協力会は国家に関与しないはずではなくて?」
「これまでの方針はやめました」あっさりと二号さん。
「そう、あなたが大王なってファリア国はどうなるのかしら?」
「いい事ずくめですよ」と二号さん。「あなたの地位も権限もそのままです。スピエセル、ヒザリーの大領主はわたしとあなたで叩き潰します。ラサの戦闘を口実にやつらは必ず攻めてきますからね。ファリアの女王として協力会に払う賠償はスピエセル、ヒザリーの領地の十年間の貸与です」
「協力会にそれほどの力があるの?」
「すでに、ここにいるアルフレッドパーティーより高位のパーティー、八十組四百八十人が、大トンネルを進軍しています」
「アルフレッドパーティーは裏庭地方で一番の実力者なのでしょ」
「協力会の基準では彼らでやっと一流です。裏庭地方が平和な証ですよ」
裏庭地方は俗に言う魔物がいない。
世界の氷壁クルース山脈と、翼犬を擁する大敵様がドワーフの戦士団と混迷期の間、ずっと裏庭地方への魔物の侵入を阻止し続けてきたからだった。
「皮肉に聞こえるわね」
戦乱絶えない裏庭地方が、平和との表現にヴァレリーには眉をひそめる。
「人間同士で殺し合えるのですから、ここは平和ですよ」
「……」
世界の実状を知る者の言葉だった。
「ときにヴァレリー女王、隣の少女はお子さんですか?」
刹那の沈黙を破り、二号さんは話題を変えた。
「そうです」と女王。警戒している。
ゼルダリオンは気づいていたが、少女は翼犬が気になって仕方がないようだった。翼犬は可愛いので無理はなかった。
「お嬢さん、この仔を抱きたいかい?」
二号さんが自分が抱いている仔犬をこれ見よがしに見せる。
「いいの?」女王似の美少女の表情が明るくなる。
「わたしのことを大王様と呼んだら、大きい子にも乗せてあげますよ」
イヒヒヒと卑下た笑い声をあげそうな顔つきの二号さんだった。
なんて汚いやり口だ。
ローデンとゼルダリオンは同時に思った。
厳密にはファリア国はまだ降伏してないし、二号さんを大王と認めていないのに。
王女は峻巡し母と宰相を何度も見て、とうとう口にした。
「大王様」
子供は簡単。
「ゼルダリオン、ローデン、おちびちゃんたちを離していいですよ。お嬢さん、お名前は?」
二号さんは王女に仔犬を渡した。
このために、おちびちゃんたちを抱き抱えさていたのかと、ゼルダリオンはさとる。
「ロロットよ」王女は仔犬に頬擦りしながら、力一杯抱き締めた。
「ふぎゅっ」仔犬が変な声を出す。
ふぎゅっ?
「王女様、仔犬が苦しがっています。もっと優しく抱かないといけませんよ」
慌てて護衛の二人が注意する。
「翼犬で釣るなんて、大敵様の真似事かしら?」ヴァレリーの口調がきつくなる。
女王のところに二頭が挨拶に行く。そっと膝に顎を乗せた。
協力会会長を腹立たしく思っても、裏庭地方の守護獣である翼犬を無下にはできない。そのおでこにそっと手を置く。
「故事にならったのですが効果覿面ですね」二号さんに悪びれた様子はない。「ロロット王女が、わたしを大王と認めましたよ、ヴァレリーあなたは認めますか?認めなければ協力会と南部諸侯に挟み撃ちですよ」
「分かった、会長。降伏を前提で条件を詰めたい」
二号さんの恫喝にイルブランが書記を呼び寄せた。
宰相はラサ支部の戦闘の詳細を、冒険者に加勢した兵士から聞いていた。スピエセル、ヒザリーの南部諸侯の兵士二千に対し、冒険者側は六百人と数の上では三分の一以下にも関わらず、優勢に戦っていたと兵士は証言した。そこにはアルフレッドパーティーは一組しかいなかったのだ、裏庭地方で突出して実力が高いと評価されているアルフレッドパーティー以上の高位パーティーが八十組では、例え中立の大領主ブノワース公が味方でも対抗できないとイルブランは考える。
「誤解が無いよう文書にする」よろしいかとイルブラン。
二号さんは丸麦に運ばせた書類を取り出した。
ゼルダリオンとロロット王女はマーサに仲良く乗っていた。
「これを写すといいでしょう」書類の中から一枚の紙を二号さんは書記に渡す。「書記が写している間に、女王の健康を回復させましょう、どうです?」
「出来るのか!」
イルブランが言った。思わず一歩二歩と二号さんに近く。宰相である彼は、病状が目に見えて悪化している女王を、とても心配していた。
二号さんはホウ老師とジェロームを紹介する。
「協力会最高の魔術士、大導師ジェロームと、東方よりはるばるやって来た理合術の達人、ホウ老師の組み合わせなら症状を恒久的に改善出来ます」
「恒久的か!素晴らしい」
宰相は泣き出さんばかりだ。
「直ぐにでも治療を行いましょう。ホウ老師は苦しむ患者を放っておけない性分ですからね。よろしいか女王?」
「もう長くないと覚悟していました」とヴァレリー女王。楽しそうにマーサに跨がるロロットを優しく眺めている。「出来るのことなら、この子のためにもう少し生きたいわ」
「では決まりですね。ジェローム、老師、頼みましたよ」
「任せろ!二号さん」とホウ老師。すでにオーラで全身が白く輝いている。
どうやら女王は老師の好みのようで良かった。
ジェロームも魔術力を最大限抱え、その吹き出る魔力で光の柱と化している。魔術士は治療者でもある。病で苦しんでいる者のがいれば純粋に救いたくなるのだ。
「なんて魔力なの」アルフレッドパーティーの魔術士が感嘆する。
ファリア国の魔術士は言葉もない。
イルブランは謁見の間の外で控えている女官を呼び寄せ女王を治療のため別室に移動させた。
「ローデン、これからブノワース領に行って、キーツと一緒にブノワースを連れてきて下さい。ブノワースの兵力は三千程でいいので速さ優先で」
キーツとは教導パーティーのリーダーパーティーのリーダーだ。
「了解」言葉少なく不要な荷物を黒蜜から下ろすと宰相に訊ねた。「ブノワース公を連れてくるにはどうすればいい?」
「これを持っていくといい」イルブラン宰相は勅書をしたためローデンに渡した。
ローデンが出ていくと、二号さんはアルフレッドパーティーに話し掛けた。
二号さんは、ラサ支部で冒険者たちに語った話をして、ここでの交渉をラサ支部に持ち帰って、どうするか皆で決めて欲しいと言った。
「分かりました。報復だけでなく期限付きで統治するんですね」とアルフレッド。
二号さんは頷き「ファリア国は手早く片付けて餓えに苦しんでいるガディオンに侵攻したいのです」と言った。
「ガディオンを助けてくれるのか?」
戦士風の男が言った。ガディオン出身らしい。
「わたしは裏庭地方の大王になるのですから、餓えた民を救うのは当然です」それからと二号さんはロロット王女とすっかり仲良くなったらしいゼルダリオンを指して「あの少年、ゼルダリオンが十年間、ガディオン国の国王です」と言った。
大人の中にいれば勘の鋭い少年も、同年代の美少女と遊んでいては鈍るのか、二号さんたちの視線に気づかなかった。
三頭のおちびちゃんは兵士たちに愛想を振り撒いていた。