城へ
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「ゼルダリオン、俺の名前はローデン。協力会副会長だ」挨拶がまだだったなとローデン「依頼しょうとしまいとも、二号さんは裏庭地方に平和を与える」
だから依頼なんてしなくてもいいと、大男は言った。
「ローデンさん、俺、依頼するよ。なんか分かんないけどそう思ったんだ」
これまで孤児として危険を回避してきた、経験と勘が依頼するようゼルダリオンに告げていた。
「よく言ってくれましたゼルダリオン!」二号さんは破顔し立ち上がった。「まずは昼御飯を食べましょう。お腹が空きました」
二号さんに言われて、ゼルダリオンは空腹なのに気づいた。なんだかいい臭いもしてきた。
「支部で炊き出しをしていますから、良かったらどうぞ」
ルミアの招待に応じることにした三人は裏口から正面に回った。
「ゼルダリオン、あなたの食料はラサ支部に買い取らせて。荷物になるでしよ」
道すがら、ルミアはそう言って適正価格より多目に渡した。ゼルダリオンはズボンのポケットに硬貨を入れた。
協力会支部の正面玄関では沢山の冒険者が炊き出し料理を食べていた。
和気あいあいとした和やかな雰囲気だ。
先日の勝利に驕ってはいないようだ。
応接室にいた女性職員が、食べやすいようにパンの中に炒めた肉や野菜を詰めたものを、盆に乗せて持ってきてくれた。
「皆さん、どうぞ。足りなかったりスープや飲み物が欲しかったらあそこにありますからね」
女性職員は玄関横のテントを指し示すとそこに戻っていった。
ゼルダリオンはパンを食べた。パンは冷たいが中の具は熱くて味付けも濃くて美味しい。
さっきのお茶も――というより砂糖――美味しかった。
ファリア国で食べた物で一番美味しいな。ファリア国はやっぱり食べ物が多いんだな。
「え?」
突然、視界が暗くなり、暖かく柔らかく包まれ、太陽と風の匂いが鼻孔をくすぐる。
これはあの仔たちに襲われたときと同じだ。
ゼルダリオンが眠くならないように頑張っているとすぐに視界が開けた。
右に黒色のフサフサ、左に灰色のフサフサが見える。
「ゼルダリオン、あなたはやはり翼犬に好かれる体質ですね」
感心する二号さんに、おちびちゃんたちを十倍大きくした翼犬が顔を擦り付けて甘えていた。
じゃあ、俺の両側にいるのも翼犬ってやつか?
ゼルダリオンは自分を挟んだ翼犬の正面に出た。そこにあったのは巨大な可愛いいだった。二頭ともお座りをすると興味深げにゼルダリオンを丸くて青い瞳で見つめた。
ゼルダリオンが触ろうとすると二頭とも頭を下げてじっとしている。
「大人しいな」
ゼルダリオンが額を撫でると尻尾を揺らす。
「翼犬は人間と安全に暮らせるように教育しますからね」と二号さん。
「これは翼犬だろ!クルースで見たことがある。あんたらクルースの人か?」
冒険者が言った。
「お犬様だ。裏庭地方にまた翼犬が来てくれるのか?」
「見て、あっちには小さい仔がいるわ。可愛いわね」
気づけば人だかりが出来ていた。冒険者だけでなく街の人も沢山いる。
「おう、坊主。さっき会ったのう」変わった服装の老人が言った。応接室にいた人だ。「わしは、ホウじゃ」
ポンポンと腰の辺りを叩かれる。
「この人はジェロームという魔術士じゃ。無口じゃから喋らんでも気にするな」
子供のゼルダリオンより小さい爺はにこりと頷く。
「俺はゼルダリオン。よろしく」
「ゼルダリオンは二号さんの依頼主になった。悪いがホウ老師もこの子の安全に注意してくれ」
ローデンが説明した。
「二号さんは冒険者じゃなかろう?」とホウ。
「冒険者は自称すればいいだけだから冒険者やるんじゃないの。多分、老師もパーティーに入ってるぞ」
「まあ、構わん」とホウ老師。従軍を受けたのだから冒険者の真似事くらいなんでもない。「ところで坊主はなにを依頼した?」
「裏庭地方を平和にしてって依頼したんだ」
「普通の冒険者では受けられない依頼じゃな」
「あの人、いままでの慣例をぶち壊すつもりですよ」
やれやれとローデン。
「ふーむ、少年の平和への思いに応えて軍を起こすか。悪くないな」
顎に手を当て、群衆の質問に答える二号さんを老師が眺める。
「わたしは冒険者協力会会長の二号です」
二号さんが灰色の翼犬に騎乗している。
「あんたが協力会の会長なのか?」
「我々と共に戦ってくれるのか?」
「わたしが会長かどうかはルミア支部長が請け負ってくれるでしょう」
「この方は冒険者協力会会長です。ファリア国ラサ支部長が保証します」とルミア。
「わたしは戦いに来ました」冒険者から歓声が起こる。二号さんはしかしと続けた。「しかし、わたしの戦い方はあなたたちと大分違うので、参加するかはのちほど決めてください。わたしは今からヴァレリー女王に会いに行きます」
「女王派と一緒に戦うのか!」誰かが言った。
「それは交渉次第です。わたしの要求に彼女が従えば翼犬はこの国に再来するでしょう」
二号さんは丸麦を老師に寄せる。
「城に乗り込みましょうか」
「やっとか!」
ホウ老師は二号さんの後ろに飛び乗った。
ローデンは戦斧をこちらにいる灰色の翼犬に固定すると騎乗し老魔術士の背中のボンボンを掴んで持ち上げ鞍に乗せる。
「マーサ」
ローデンが黒色の翼犬に呼び掛けた。するとマーサはゼルダリオンの後ろから股に鼻面を突っ込みひょいと掬い上げた。少年はストンと鞍に収まった。
「ゼルダリオン、そいつはマーサ。この仔は黒蜜、二号さんのは丸麦。翼犬は賢いからお前は手綱を握っていればいい」
ゼルダリオンは手綱を確り握る。
マーサが優しく鳴くとおちびちゃんたちがゼルダリオンの後ろの囲いの上に乗った。
二号さんが丸麦をマーサの横に並べた。
「飛びますよ、皆さん前を開けて下さい!」
群衆が左右に分かれる。
丸麦が軽く助走して飛び立った。黒蜜も続き、マーサも飛んだ。マーサの肩に玉虫色に光る幻の翼が現れる。
ゼルダリオンは初めての浮遊感に戸惑ったが、風圧がなくマーサが安定しているのですぐに慣れ、景色を楽しむ余裕が出来た。
二号さんが言った通り翼が出た。あれが城か、ガディオンの城とずいぶん違うな。
ゼルダリオンが見たことがある、ガディオンの城は全て戦闘用の要塞で武骨な印象を与える。ファリア国のラサ城は行政用の城で観るものに感銘を与える優雅さがあった。
「二号さん、いきなり攻撃されないだろうが、どこに降りる?」
ローデンが大声で訊いた。
「翼犬で訪問するんですから、発着バルコニーから降りましょう。ジェローム、協力会の魔術旗を掲げよ。」
ジェロームの身体が光り、幻影の象徴を編むと空に放つ。
黒地を切り裂く稲妻がラサ城の上空を覆うように広がった。
二号さんの騎獣丸麦が城の一角を目指して降下していく。
黒蜜もマーサも降りていく。
鉢植えがバルコニーを縁取るように配置されていた。種類は同じだが花の色が一つ一つ鉢ごとに違った。手入れがしてあるんだなとゼルダリオンは思った。
ゼルダリオンは着地したので降りようとしたら二号さんに止められた。「迎えが来るまで騎乗してて下さい」と言われたので花を観ていた。
ガチャガチャと音がしてバルコニーの扉が開け放たれる。甲冑に身を包んだ兵士の一団が三頭の翼犬を取り囲む。手にした槍こそこちらに向けてないが、剣呑な雰囲気を放っている。
「翼犬で来訪とはいえ無礼ではないかね?」
兵士の間から白い長衣の中年の男性が現れた。風で裾が揺れている。
「冒険者協力会会長の二号だ。女王に会いたい」
無礼と咎められたのも無視して、二号さんは尊大に言った。
男からは嫌な気をゼルダリオンは感じなかった。
「こちらは友好的にいきたいのだが、まあいい。ついてきたまえ」
長衣の男のあとに続いて城の中に入る。
驚いたことに二号さんは騎乗したまま城内を進む。当然、ゼルダリオンもそのままだ。その事に長衣の男はなにも言わなかった。
綺麗な廊下は一定の間隔を開けて花が飾られていた。女王が城の主だからかなと少年は考えた。スロープを上り左右にスライドさせて開ける鳥や木々に泉と花など森の一場面を彫刻で描いた木製の扉を潜ると謁見の間だった。
ゼルダリオンはここでもずっと騎乗しているのかと思ったら二号さんに降りるよう言われた。
「ゼルダリオン、この黒い仔を抱いてなさい。あなたはじっと立っていればいいです。お辞儀とかしてはいけません。いいですね」
ゼルダリオンは黒い仔をなんとか抱き上げる。何故か重くないがやっぱり眠くなる。
トントンと腰を叩かれ、見るとジェロームが光って象徴を素早く編むとそれをぶつけられた。
痛みも何もないが眠たさがスッと引いた。
「ありがとう」小声でゼルダリオンは言った。
老魔術士は笑顔でウインクした。
残りの二頭は二号さんとローデンが抱き抱えている。
何故か謁見の間にいる男女二人がジェロームを驚愕の表情で見ている。二人の上着には袖に炎の刺繍がある。
女王の入室が告げられ四人の女性が上段に姿を表す。
ゼルダリオンはどうなるのかちょっとわくわくしてきた。