依頼要求
ベロベロ、ベロベロ。
人間たちが構ってくれないので、退屈したおちびちゃんたちは、ゼルダリオンの耳や口を舐めた。
顔を舐められてゼルダリオンは急速に意識を覚醒し始める。
なんだろう?これ。動物に舐められているような、俺は森の中で……。
目を開ければ中型犬に群がられていて、思わず叫んだ
「うわ!」
ゼルダリオンは起きた。
「やっと起きましたか。あなたの名前は何ですか?わたしは二号さんです」
端正な顔立ちの青年が丁寧に質問してきた。
ゼルダリオンはそれどころではなく三頭のベロベロ攻撃を防ぐのに必死だった。
ホアホア、ツンツンの体毛に覆われたコロッコロ動物が巨大な仔犬だと分かった。
こんな大きな仔犬、大きくなったらどれだけ大きくなるんだ?力も強いな。あれ、さっき襲ってきたのはこの仔たちか?
ゼルダリオンがもがいていると服の隠しポケットの縫い目がほどけて宝石が散らばった。
「こら、おちびちゃんたち、服を破いたら駄目でしょ」と青年。叱っているが優しい口調だ。「ジェローム、この仔たちを外で遊ばせて下さい。ついでに丸麦たちを呼んで下さい。街の雰囲気が落ち着いてますから、大丈夫でしょう」
ジェロームと呼ばれた、小さなシワだらけの白い髭を長く伸ばした老人が、こくりと頷くと全身をぼうっと光らせる。その光りから毛糸くらいの太さの、それぞれ色合いの違う三本の光りの糸を出し、空間に何かの形を素早く編んで糸切った。
すると、ふわりと風が吹いて三頭が一斉に老人に駆け寄った。
何故か老人の服の背中にはボンボンが付いていた。
「二号さん、わしも外の空気を吸ってくる」
ゼルダリオンが見たことがない、変わったデザインの動きやすそうな服を着た老人が言った。
ジェロームという名の老人よりシワがなく肌に張りもあって若々しく見える。
「すいません老師。昼過ぎには城に行きますから」青年は謝るとゼルダリオンの宝石を拾ってテーブルの上に置いた。「しまっておきなさい」
ゼルダリオンはだれも宝石を盗ろうとしないのに驚いた。
「あなたは翼犬に好かれる体質ですね」二号さんはゼルダリオンの指輪に気づいた。「おや、その指輪は協力会の暗号鍵ですね。ここは冒険者協力会ラサ支部です。なにか御用が御有りですか?」
伊達に二号さんも協力会会長をやってない。協力会製の物は、一瞥しただけで見分けられる。
仔犬たちにじゃれられているときに隠しますと同じように指に巻いていた布が外れたようだ。
ゼルダリオンは慌てて隠そうとしたが、ここが協力会支部と言われて二号さんを見た。
「ここ、協力会なの?」
ゼルダリオンはキョロキョロと辺りを見渡す。
部屋は清潔で広く窓にはガラスが嵌まっていて、すきま風も吹き込まない。テーブルには、白くて汚れていないティーカップが五つあって、ゼルダリオンの前にあるティーカップには琥珀色の液体が満たされていた。
「そうですよ」と二号さん。「あっちの女性たちのローブ、あれは協力会職員の仕事着です。分かりますか?」
「分かるよ」
ワルテールさんが言ってた通りの柄だった。
森で仔犬に襲われたら、どういうわけか冒険者協力会支部に運ばれたらしい。
「そろそろ、名前を教えて下さい」
「俺はゼルダリオン。指輪のことで協力会に行こうとしてたんだ」
「わたしは協力会会長の二号です。二号さんでいいですよ。指輪を見せてもらえます?」
「二号さんて変な名前だね」ゼルダリオンは指輪を二号さんに渡した。「さっきの犬、仔犬みたいだったけど、凄く可愛くて大きくて力が強いね」
「森の中であの仔たちがあなたにじゃれついたのです。あの仔たちは翼犬の子供ですから、抱きつかれた相手は眠くなります。なので、あなたは眠ってしまい、わたしは仕方なくあなたをおぶってここまで来ました」
二号さんはゼルダリオンにお茶を勧めるとルミアを呼んだ。
「支部長、この指輪を調べて下さい」
栗色の髪に白いものが混じった女性が近づいて指輪を手にすると「お借りします」とゼルダリオンに言って、もうひとりの女性と部屋を出ていった。
「あんなとこで寝てたら抜け道屋に身ぐるみ剥がされたかもしれないし、丁度ここに来たかったからいいよ。翼犬ってなに?」
「村や町にちっちゃな翼の生えた犬の銅像があるでしょ」
「あのお守りのやつ?」
少年は詳しい言い伝えを知らなかった。
「それです。すごい昔に裏庭地方を神威物から守ってくれていたんですよ。神威物というのは危険な怪物です」二号さんはざっくりはしょった。「だから裏庭地方の人たちは、銅像を作って奉っているのです」
「あの仔たちに翼、無かったよ」
翼なんてあれば嫌でも気づく。
「放り投げれば出てきますよ。翼犬の子供は放り投げられるのが大好きなんです。まだ子供なので飛べませんが、空中を漂うことはできます」
ゼルダリオンは琥珀色の液体を一口飲んでみた。
「苦い!」
ゼルダリオンは顔をしかめた。
「ゼルダリオンにはまだ早かったようですね」
二号さんは笑った。「ローデン、砂糖をこっちに」
鎧を着けた男性が立ち上がって、砂糖入れとスプーンを持ってきた。
ゼルダリオンはローデンの背の高さも驚いたが鎧越しでも分かる胸板の厚みに凄さを感じた。
「ほら、スプーン二杯入れてみな」ローデンは二号さんの向かいに座ると唸った。「二号さん、ラサ支部はあんたに従うそうだ。ただ、アルフレッドパーティーてのが、ここの冒険者を仕切っているそうだが、女王派と共闘する気らしい」
少年は白いつぶつぶをスプーンですくって二杯入れてみた。
「よく混ぜろよ」とローデン。
いい人そうだな。この人も。
ゼルダリオンは液体を混ぜると恐る恐る一口飲む。
「甘い!」
自然と顔がほころぶ。
難しい顔をしているローデンも、少年の反応ににやける。
「まあ、いいでしょ。わたしが女王を降伏させれば彼らもわたしの配下ですから」
ライゾウの報告書にアルフレッドパーティーは記載されていた。裏庭地方一番の高位パーティーで、その実力は教導パーティーに匹敵すると。しかし、それ以外のパーティーは実力がグッと下がるので、もし、反抗されても問題なかった。
廊下を走る音が聞こえ、ルミアが勢いよくバンと応接室の扉を開け駆け寄ってくる。
「会長、この子の指輪はとんでもない代物です。なんと裏庭地方一の豪商ワルテール・グルカノ氏の暗号鍵です」
軽く興奮している。
老婆を走らせるほどだから、余程の貯金額なのだろう。
「ゼルダリオン、指輪はどうやって手に入れたんですか?」
詰問する気配も微塵もなく、二号さんは穏やかに言った。
ゼルダリオンは昨夜の顛末を語った。
「そんなことが森であったの。人をやって調べないと」
ルミアは衝撃を受けている。
反女王派をラサから追い出しただけで満足してしまったのが、ワルテールの雇った冒険者たちの死に繋がったのかもしれないからだ。
「譲渡されたのは分かりました。では、合言葉も教えられていますね」
二号さんはルミアに目配せする。
ローデンも肩を軽く叩いた。
支部長は気を取り直して「どうぞ」と言った。
ゼルダリオンは何度もそらんじた合言葉を唱えた。
「合ってます。譲渡条件は指輪を持つものとなってますから問題ありません」ルミアは驚かないでねと警告して「ワルテール・グルカノ氏の貯金は帝国金貨六百万枚です。ゼルダリオン、あなたはファリア国で5番目のお金持ちになったのよ」
二号さんもローデンも驚いたが、ゼルダリオンは驚かなかった。いや、驚けなかった。
何故なら価値が分からなかったからだ。
「俺は百くらいしか、数えられないんだけど」
少年は恥ずかしそうに言った。「すごく多そうだから何でも買えるかな」
「何か欲しいものでも」と二号さん。
「平和が欲しい」ゼルダリオンは断言した。「俺に構ってくれた大人は皆、平和が欲しい。戦争がなかったらって言うんだ。ワルテールさんの最後の言葉は、あと少しで平和になったのにだった」
ゼルダリオンは平和がどんな状態か正確に知らないだろうに、優しくしてくれた大人の望みを叶えたいとはなんていい子だとローデンは感激した。
「まずは自分の幸せを考えなさい」とルミア。涙ぐんでいる。「ねえ、会長」
「わたしに依頼しなさい」と二号さん。悪い笑みを浮かべいる。「代金はゼルダリオン!あなた自身、担保は帝国金貨六百万枚です。それで手を打ちましょう」
「いたいけな子供を巻き込むなよ、二号さん!」
ローデンの怒声が応接室に迸る。