ラサ
ゼルダリオンは馬たちを馬車から外し小さな泉に連れていってやりたっぷり水を飲ませると森の街道に放した。子供が馬など所有していれば怪しんでくれと言ってるようなものだからだ。
ワルテールの遺体は馬車の中だ。
老人からは冒険者を雇って処理してくれればいいと言われていた。天涯孤独なので誰に知らせる必要もないとも付け加えられてた。
宝石や金貨は衣服の隠しポケットに縫い付け、指輪は右手の人差し指にはめて、薄汚れた布を巻いて隠した。
ゼルダリオンはワルテールが教えてくれた抜け道屋に急いだ。夜が明ければ森は死体だらけで騒ぎになるだろうし、もうなっているかもしれない。急ぐに越したことはなかった。ただし、慎重に。
森の街道を使わなかったお陰か誰とも出会わずに目的の建物に到着した。
「あれか」
煉瓦造りの炭焼き小屋だった。
ゼルダリオンもどうにかラサに入れないかと城壁をぐるりと探索したときに見つけて知ってはいた。そのときは見張りがいたので近づかなかったが、まさか地下道が隠されているなんて思いもしなかった。
様子を伺い潜んでいる茂みから出ようとしたら灰と黒の毛むくじゃらの生き物に飛びかかられた。
「うあ」
叫べたのはそれだけだった。
昨夜、一睡もしていないゼルダリオンは仔犬の魔法にあっさり掛かる。暖かく柔らかく太陽と風の匂いに包まれて意識を無くした。
「おちびちゃんたち、なにか見つけましたか?」
二号さんは突然駆け出したおちびちゃんたちの後を追ってきた。
茂みに突撃したので、栗鼠や兎でも見つけたのかと見てみれば、痩せ細った少年がおちびちゃんたちに抱きつかれて眠っていた。
「おや、こんなところで眠ったら風邪を引きますね。どう見ても浮浪児だし持っていきますか」
どうしてそんな思考になるのかわからないが、二号さんはまず食糧袋を担ぎ、ゼルダリオンをひょいと抱き上げ、炭焼き小屋に向かう。
「二号さん、なに拾ってきてんだよ」
二号さんの腕の中の少年にローデンは怒る。
「わたしじゃありませんよ、おちびちゃんたちです」
心外だと二号さん。
「連れていくのか?」
炭焼き小屋の人物と交渉していたホウ老師が二号さんに聞く。
「連れていきます。眠らせてしまった責任です。起きたらどこへなりとも送ればいいでしょう」
「だそうだ。幾らになる」
ホウ老師もイーリアスに長い。二号さんの奇行には慣れている。
「ファリア金貨なら五枚、帝国金貨なら三枚だ」
炭焼き小屋の人物は流石犯罪者、目の前で人さらいが起きても僅かに動揺しただけで、ぼったくり金額を要求した。
「二号さん殺すか?切り刻んで釜に入れて燃やせばいいだろ」
ローデンはこれ見よがしに戦斧をかざす。
「やろうってのか!」
犯罪者はテーブルの裏のロープを引っ張ろうとしたが、素早く老師にツボを押され、指一本動かせなくなった。
「ローデン、こういうのはお互い持ちつ持たれつじゃ」
老師は大男を叱り、犯罪者を諭す。
「お前さんもいかんな。穏便にいこう、その方がお互いのためじゃ。わしはお前さんが切り刻まれるまで、このまま硬直させておくことも出来るが、そんな事はしたくないわかるな?」
犯罪者は、唯一、動かせる瞼を世話しなく動かした。
「帝国金貨二枚でどうだ?」
瞼をぱちぱち。
「そうか、それで手を打ってくれるか」
有り難そうに言って、テーブルに金貨二枚を置き、ホウ老師は硬直を解いた。
犯罪者は恐る恐る身体を動かして、ちゃんと動くと安堵した。
「あ、合言葉は鹿の角だ」
犯罪者は金貨を懐にしまうと、早くいなくなれとばかりに、震えながらも手早く地下道の入り口を開けた。
「ローデン、先行しろ。何かあれば皆殺しにしてしまえ。老師は殿でこいつが騙していたらまた固めて下さい。わたしが一寸刻みで切りますから」
ローデンの馬鹿、と心中で毒づきながらも二号さんは話をローデンに合わした。
「騙してなんかいねえよ。合言葉は本物だ」
二号さんの芝居に犯罪者は縮み上がる。
一行は地下道に入った。
地下道はローデンでも屈まなくていい高さがあって、幅も十分だった。
「鹿の角」
行き止まりでローデンが叫ぶと天井が開いて階段が降りてきた。
二号さん一行が地下道から上がるとそこは酷いぼろ宿屋だった。
「そっちから出てってくれ」
宿の主人といった感じの男が、裏口を親指で指した。どうやら炭焼き小屋の人物は、余計なことはしなかったようだ。
二号さんらは、じめじめした不衛生な宿からさっさと出ていった。
朝靄の漂う狭い通りに出た二号さんはここが貧民街だと気づいた。そこかしこから、好意的ではない視線に晒されている。こういった場所ではよそ者は歓迎されない。
「ジェローム、おちびちゃんたちを見てて下さい。ローデン、周囲を警戒しろ。この子起きませんね」
わざと大声で二号さんは二人に指示すると、ゼルダリオンの食糧袋を老師に預け、少年を背負った。
「何歳くらいですかね?ずいぶん軽いんですけど」
「十四、五じゃろ。寝させてやれ。こういった子は中々、安心して眠ることも出来んじゃろうしな」
老師はゼルダリオンの頭を優しく撫でる。
「行きましょうか」
二号さんはローデンに促した。
戦斧を担いだ大男のローデンと、ジェロームの魔術で獰猛な猟犬に見えるおちびちゃんたちのためか、幸い近づく者はいなかった。
入り組んだ道を街の中心部を目指して歩くと、十五分ほどで貧民街を抜け、庶民的な街並みにたどり着いた。
住宅街は静かなものだったが、商業区に踏み入れると朝の買い出しにきた人々と商売人の喧騒で、大変賑やかになっている。
冒険者の一団も何組も見かける。
「ラサの住人は冒険者に敵意はなさそうですね」
行き交う人々も、店の店員も、普通に冒険者に接していた。つい最近、市街戦をした当事者に対する態度としては寛大な気がする。
「反女王派がそれだけ嫌われているんだろ」
それより二号さんとローデンが目配せしてくる。
通りの向こうにバリケードが築かれていた。
「あそこですね」
一行はゆっくりと人波をかき分けながら協力会支部に向かう。
バリケードには特に見張りなどおらず、止められることなく支部に入れた。最も、バリケード内の冒険者たちがさりげなく観察していたが。
二号さんらは裏口から協力会支部に入った。
ラサの協力会支部長は、冒険者あがりの魔術士で、初老の女性だった。
もっとも、魔術士は常人に比べて非常に長寿なので、見た目で判断すると、歳を五十歳くらい間違えることがよくある。
白髪の混ざった茶色の髪を後ろでまとめ、協力会職員が着る薄手の白いローブを羽織っているがその下には革の鎧を身に付けていた。
「支部長のルミアです」
二号さんを見る黒い瞳には驚きと安堵が交錯していた。
「協力会会長の二号です。わたしのことは、二号さんでいいですよ」
少年をおんぶした普段着の青年は軽く言った。
「二号さんですか。了解しました」
年の功かルミアは色々飲み込んだ。
「こっちはローデン副会長です。拳法着の老人はホウ老師、腕のいい治療師です。このちっちゃい無口な爺はジェローム魔術士です。それと犬たちなんですが――ジェローム解いて」
ジェロームは猟犬に解除の技を放つ。
三匹の勇ましい猟犬はかき消えて愛らしい翼犬の仔犬が現れる。
「見ての通り翼犬の仔です」と二号さん。
支部長はローデンとホウに礼儀正しく挨拶をし、おちびちゃんたちには満面の笑みを浮かべ、一頭ずつ喉をさすってやった。
「大導師にお会いできるとは光栄です」
魔術士として尊敬しているのであろう、ジェロームへの挨拶は傍目にも緊張しているのがわかった。
「会長が翼犬を手懐けていると言う噂は本当だったんですね」
応接室に案内しながらルミアが言った。
「わたしに関する噂は、どんな変なものでも大体事実ですよ」
二号さんはどんと胸を張る。
ルミアは曖昧に微笑んだ。
「こちらです」と通されたのはテーブルと椅子以外は食器棚とクローゼット、それに暖炉があるだけの飾り気のない部屋だった。
部屋の中でお茶の用意をしていた若い女性職員がおちびちゃんたちを見て黄色い悲鳴を上げて飛びついた。
「何て可愛いの。ムクムクじゃな……」
女性は寝てしまった。
ローデンは女性職員を抱き上げ三人掛けのソファーに横たえた。
「これが有名な仔犬の魔法ですか。わたしも抱きつけば寝てしまうのかしら」
「魔術士でも睡眠不足ならあっという間です。そうでなければ、慣れです。慣れれば徐々に眠くなりますから気合いで凌げます」
「そうですか」とルミア。そして「皆さん、お掛けになって。お茶の用意はわたしがいたします」と言った。
二号さんたちは女性職員が横になっているのとは違うテーブルの椅子に座った。
六人分のお茶を用意して席に着いた支部長は二号さんがあえて触れなかったものに触れた。
「その少年も協力会の関係者ですか?」
ゼルダリオンも三人掛けのソファーに横たえられている。
「いいえ、あの女性と似たような目に合って、寝たので拐ってきました」
「……」
「あー、支部長。二号さんの冗談を真に受けないでくれ。保護だよ保護」
ローデンがやれやれと説明した。
「それより反女王派と一戦やらかして、あんたらとしてはどうする気だ?」
「我々は……」
「うわ!」
ゼルダリオンが起きた。