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ゼルダリオン

 ラサに近い森の街道を、真夜中だと言うのに一台の馬車が疾走していた。

 後方では数騎の騎兵が馬車を追いかけている。騎兵は二派に別れていた。馬車の護衛の冒険者とそれを襲おうとしている領主軍の騎兵だ。

 冒険者たちは知らなかったがこの領主軍はラサの協力会支部を襲った反女王派の残党だった。

 両者は互いに争い、数を減らしながら馬車を追いかけていた。


「翁、大丈夫ですか?」


 苦しげに冒険者が後部座席に声をかける。

 月とランタンの明かりを頼りになんとか馬車を操っていたが限界が来ていた。

 左脇腹に刺さった矢傷から大量に出血していた。容易に抜けないように返しの付いた矢が振動で傷口を拡げたようだ。


「…………」


 返事がないが冒険者は馬車の速度を徐々に落とし一方的に話す。


「俺は怪我でこれ以上馬車を動かせない。後ろが敵なら、降りて戦う方がまだましだ」


 停止させた馬車から転がるように降り、相手の気を反らすため剣を抜いて鞘を捨てる。

 失血で霞む意識を集中し魔力を抱える。馬車を背にして迫り来る騎影を待つ。仲間の合流を願うが、月明かりに躍り出た騎手は見覚えの無い相貌だった。


「くそ」


 冒険者は毒づくがなんとか魔力糸の生成に成功する。

 相手はこちらの負傷を観てとると、残忍な笑みに顔を歪め、馬から降りて近づいて来る。


 やつは俺が魔力を抱えているのが分かっていない!これなら……。


 光明を見いだせたが、傷口が炎で炙られているかのように熱を持ちヒリヒリと痛い。剣を握ることも出来なくなり剣を取り落とす。敵はそれを見て益々笑うが、冒険者にとっては幸いだった。

 魔術の技を完成させる時間が稼げたからだ。


 冒険者には魔術の才能がほんの少しだけあった。一種類の魔力糸を一本だけ生成する、か細いものでおよそ戦闘では使い物にならなかったが。技を放つまでに時間が掛かりすぎ、かつ、放てば立っていられないほど疲労困憊してしまうからだった。だが、冒険者は暇を見つけては技の練習をした。少しでも早く編み上げられるように。

 低威力の衝撃の技を放ってはぶっ倒れる彼を、仲間も本職の魔術士の冒険者も馬鹿にしなかった。手足を拘束され、猿ぐつわを噛まされても、魔術は意思の力だけで行使できる。絶望的状況下で切り札になり得るからだ。


 今、その努力が結実した。

 こちらが手負いだと油断した相手が、隙だらけの構えで槍を喉元目掛けて突き刺そうとしたとき、冒険者は切り裂きの技を、兜に覆われていない顔面に放った。


 領主軍の騎兵は両目を傷つけられ失明した。

 冒険者は昏倒しその場に倒れる。


「畜生!目が、目が!」


 騎兵は両手で顔を押さえてのたうち回る。

 このときを待っていたように、漆黒の森の中から黒く染めた麻のローブを着た少年が現れた。少年は素早く騎兵に近づくと槍を奪い、騎兵の膝裏をしたたかに打ち付け転がす。次に馬の尻を槍で叩いた。驚いた馬が走り出すと、悪態をつく騎兵を無視して馬車に向かう。


 倒れている冒険者を調べ死亡しているのを確認すると、少年はそっと馬車の中を覗く。恰幅がよく、高級な身なりの老人が胸を押さえて苦しんでいる。

 少年は車内に入った。


「お爺さん、苦しいのか?」


 少年の声に、脂汗を浮かべきつく目を閉じて、激痛に耐えていた老人が僅かに目を見開く。


「水を飲む?」


 少年は水筒を差し出した。

 老人はうめき声を圧し殺しながら首を振り、視線で反対側を指した。

 反対側の座席に鞄があるのに気づいた少年は鞄の中を物色して目ぼしい物を老人に見せる。


「これかい?」


 幾つかの小瓶があるので順番に見せると、その中のひとつに老人が頷いた。少年は小瓶の蓋を開け、老人に飲まそうとするが、首を振り震える手で小瓶を手に取ろうとするので、仕方なく小瓶を握らせた。

 老人はなんとか中身をこぼさず咽下した。


「これだけでいいのかい?」


 老人は「ああ」とかすれた声で言った。


「馬車を動かすよ」


 老人の返事を待たず、明かりを全て消して月明かりを頼りに馬車を進ます。


 しばらくして、老人が落ち着いた口調で言った。


「冒険者たちはどうした?」


「元気になったんだね!」


 少年は破顔し喜んだ。


「俺が見たのはひとりだけ。馬車を動かしてたひとだけど、兵士と戦って死んじゃった。」


「そうか」


 老人の声が車内に沈む。


「他の連中も無事なら追いかけて来るはずじゃしな」


 馭者をしていた冒険者以外は全員騎乗している。無事ならとっくに追い付いているはずだった。老人は冒険者たちの冥福を祈った。


「坊主、名は?」


 痩せ細った少年は言った。


「ゼルダリオン」


「そいつはなんとも、エレセニアの王さまみたいな大層な名じゃな」


 老人は無理して笑ったが、途中で力なく咳き込んだ。


「わしの名はワルテールじゃ」


 そう言うとワルテールは鞄を自分の横に置き酒瓶を取り出して一口飲んだ。


「お酒飲んでいいの?」


 ゼルダリオンは心配した。

 老人はかぶりを払い、もう一口飲んだ。


「気付けじゃ。それより、ゼルダリオンのお陰で楽になった。礼を言う」


「俺は薬を渡しただけだよ」


 ゼルダリオンは照れた。

 ワルテールはなぜ助けてくれたのか尋ねようとしたら少年がおずおずを言った。


「食べ物ないかな?森の中で見つけられなくて」


 ワルテールは慌てて荷物入れを探ると、果物を二つ窓から手渡した。小瓶の中身を飲んだ彼にとって、ゼルダリオンは生涯最後の話し相手になるはずだし、恩人には報いなければならない。


「食べ物はまだあるが火を通さないといけない。今はそれで我慢してくれ」


「これ、美味しいね。まだくれるの?」


 少年は赤い果実をしゃりしゃり食べる。


「全部あげよう。わしはこれがあればいい」


 ワルテールは酒瓶を揺らす。


「道を外れるよ。ラサには朝にならないと入れないから」


 ゼルダリオンは馬車を降りて、一見、茂みにしか見えない脇道に二頭の馬を引いて誘導した。

 月明かりの届かない真っ暗な森の中をしばらく進むと木々のないちょっとした広場に出た。


「ここなら見つからないよ」


 ゼルダリオンはそう言って中に車内に入ってきた。


「ゼルダリオンはこんな森の中でなにをしておるんじゃ」


「ガディオン国から逃げてきたんだ。あっちは食べ物がなくて皆お腹空かしてる。ファリア国は食べ物がいっぱいあるって聞いたから、ラサまで来たけど街に入れてもらえなくて仕方なく、ここで暮らしてる」


「子供じゃからか?」


「そう」


 ゼルダリオンは頷いた。悔しそうだ。


「大人が一緒でないと駄目だってさ」


 頼れる大人がいない子供には辛い現実だ。

 少年は孤児なのだろう。ワルテールも孤児だった。親さえいれば、あるいは自分が大人なら、そう思わない日はなかった。


「わしは、ゼルダリオンにお礼がしたい。受け取ってくれるか?」


「ラサに入れてくれればそれでいいよ。食べ物も貰ったし」


「悪いがそれは出来ないんじゃ」


「どうして?ラサに行くんでしょ」


 ゼルダリオンは傷ついた様子だ。城門を一緒にくぐるだけなのにどうしてと訴えている。


「わしは、もうすぐ死ぬ。朝までもたんのじゃ」


「ええ!」


「わしは魔術士から次に発作が起これば最後と言われた。そして魔術士は小瓶をくれた。それを飲めば苦痛が無くなり安らかに死ねるからとのう」


「それじゃ俺がワルテールに毒を……」


「それは違うぞ!ゼルダリオンは小瓶を渡してくれただけ、そうじゃろ?飲んだのはわしの意思じゃ」


 ゼルダリオンはなぜ老人が頑なに自分で飲もうとしたのか理解した。


「そこでじゃ、わしはわしの全財産をゼルダリオンに譲ろうと思う。受け取ってくれ」


 ワルテールは明るい口調で言って財布と木箱を懐から出した。


「木箱の中に宝石がある。衣服に縫い付けるか何かして隠しなさい。財布は捨てて金貨も隠しておくといいじゃろ。浮浪児が持っていたら盗んだと思われるだけじゃしな。銀貨は見つけやすい所に分散して持っておくんじゃ。誰かに巻き上げられそうになったらほどほどの抵抗をして諦めなさい」


 ワルテールは宝石の価値と信頼できる換金所を教えた。


「そして、これが一番大事じゃ」


 そう言って左手の小指にはめた指輪を外した。


「この指輪が一番大事じゃ、ラサに入ったら冒険者協力会にどこにもよらず向かいなさい。わしの名前、ワルテール・グルカノの代理と協力会に申し出れば後は向こうが教えてくれる。協力会の建物の中に入るまで指輪は誰にも見せないようにな」


「でも、俺ひとりじゃ城門は通れないよ」


「わかってる。金さえ払えばゼルダリオンでも通れる抜け道がある。そこの場所と符丁をこれから教える」


 老人はゼルダリオンがしっかりと覚えるまで何度も確認し逝ってしまった。

































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