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8.

 彼らが知り合ったのは本当にただの偶然にすぎなかった。いつものように城を抜け出して馬に乗っていたルルドールを、たまたま残業帰りのクリストファーが見つけただけの、特別な運命なんて全く、全然、感じさせない出逢いだった。


『まったく!団長は人使いが荒すぎる!一体どんだけ仕事させる気だよ!鬼だ、鬼!!』


 馬を走らせ心の中で毒づいていると、前方の小高い丘に人影らしきものが動いた。『ちっ!夜盗か?』クリストファーは馬を静かに停止させ、するりと素早く地上に降りた。


 彼は今年で16歳になる。騎士団に入団してまだ5年だが、物心ついた時から剣を振るっているので腕にはそれなりの自信はあった。しかし荒くれ者の夜盗集団をただ一人で相手にするとなると、あまりにも分が悪すぎる。しかも場数を踏んでる夜盗と、実戦馴れしていないクリストファーでは、どちらが有利なのかは火を見るより明らかだった。


『仕方がない。ここは気付かれないように逃げるしかないか。城に戻り、救援を頼もう。』


 そう思い、馬の手綱を引き、今来た道をそっと引き返そうとした時、まるで鈴を転がす様な笑い声が夜風に乗って聞こえてきた。それは今までクリストファーが聞いたことのない、可愛らしく、魅惑的な声だった。


「ふ、ふはっ、だめだよ、ビクター。くすぐったいよ。う、ふははは。」


 ヒヒーン!馬の鳴き声と共に美しい笑い声も大きくなる。クリストファーは無意識のうちに、その声のする方向に歩き出した。それは舟人を惑わすローレライのように、彼を捕らえた。


『夜盗かもしれない、危険だ!』クリストファーの心は非常警報を知らせていたが、声のする方向に体が勝手に引き寄せられる、不思議な感覚に彼は陥った。


 茂みを抜けると、そこには隣国を遠くに見渡すことが出来る高台が広がっていた。その真ん中に白馬に襲われている、いや、戯れている一人の少年が見える。月光が優しく彼を包んでいた。『!!』今までに受けたことのない衝撃がクリストファーの体内を駆け巡った。


 本当に天使はいるのだと思った。それほどまでに月夜の少年は妖しく、そして美しかった。


「ごくん!」


 思わずクリストファーは唾をのんだ。彼の気配を感じて少年がパッと振り向いた。


「誰?」


 美しい声と共に、月明かりに照らされた青い瞳がクリストファーに注がれる。『ごくん』彼は再び唾を飲み込んだ。少年は自分に近付いてくる男を初めは警戒してみたが、服装が自国の騎士団の物だと解った瞬間、顔を緩めた。


「こんばんは。あなたは騎士団の人?」


 うわっっ天使が俺に話しかけてきた!!クリストファーがしばらくの間、固まっていると天使が話を続ける。


「僕はルルドール。よろしく騎士さま。」


 ルルドール?え?あの妖精王子の!?まさかこんな時間に城から抜け出しているはずはない。しかし疑い様の無い美しさを目の当たりにし、クリストファーはこの少年の言い分を全面的に信じた。団長に話したらえらくどやされそうだが、自分の中の第六感が彼は本物だと言っていた。


「あっ、えっと……」


 しどろもどろになる彼にルルドールは無邪気に微笑んだのだった。


『うっ!!』股間が熱くなるのを感じ、クリストファーは狼狽えた。今までいくら美しいとはいえ、男に反応することはなかった。彼は自身に起きた現象にショックを受けた。早く我が国の第三王子に挨拶をしなければならないのに、思ったように口が開かない。それでもクリストファーは残っている力を振り絞り、騎士らしい挨拶をした。


「し、失礼しました。ルルドール王子!私は王宮騎士団の者でございます。しかし、何故こちらにいらっしゃるのですか?はっ!!もしや、誰かに唆されて……」


「ちがう、ちがう!乗馬してただけ、ただの乗馬!それに、僕がここにいることは誰も知らないよ。だからさ、僕とここで合った事は内緒にしてくれる?えーと、騎士さまの名前は?」


「私はクリストファー・ディオスと申します。」


「え?ディオスって侯爵家の?」


「はい、左様でございます。私はディオス家の次男でございます。」


 クリストファーはうやうやしく頭を下げた。しかしそれが気に入らなかった様で、ルルドールは不機嫌そうな顔をして言った。


「もー!ここは城内じゃないんだから、かしこまった挨拶はナシナシ!それにクリストファーの方が僕より年上だよね。もっとフツーに話してよ。ね?」


 ね?の時に軽く首をかしげる仕草は反則ものだ。クリストファーは思わずコクコクと頷いてしまった。


「じゃあ、クリストファーは今日から僕の友達ね。僕の事はルルって呼んで。よろしくね。」


 差し出された手をクリストファーはまたまた思わず握ってしまった。『ああ、柔らけぇ~』ルルドールの白く小さな手はとても触り心地が良くて離しがたいものだった。


「‥」


 30秒経過


「…」


 !1分経過


「……」


 !!2分経過


「………………」


 ………………………………3分、4分


「…………えーと、いい加減離してくれるかな?」  

 ルルドールの困ったような声にクリストファーはやっと現実世界に戻ってきた。


「うわぁぁぁー!も、申し訳ありません!!ルルドール王子!!」


 慌ててその手を離して頭を下げる彼に美しい少年は可愛らしく頬を膨らませた。


「だーかーらー、ルルって呼んでよー!」


 その日以来、二人は友達になり、いや、一方的にルルドールに友達認定されて、クリストファーはたびたび夜に城を抜け出してくるルルドールに剣の稽古をするはめになったのだった……


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