2.
ラドハルト国、第三王子のルルドール・ファサーは昨日無事に16歳になった。ルルドールには兄が二人おり、末っ子という事もあり、彼は皆に大変可愛がられてすくすくと育っていった。尚且、ルルドールは生まれた時から非常に綺麗な子どもであり、兄二人が質実剛健な父王に似ているのに対し、若くしてこの世を去った、妖精の血をひく美しい母に瓜二つだった事も家族が彼を溺愛する理由になっていた。
幸いにもルルドールは容姿こそ母に似たが、体はいたって丈夫だった。室内で静かに本を読むより、外で乗馬や剣術をするのが好きだった。だが、父王も兄達も何故だか彼を母と同じで病弱だと思い込んでおり、外には出したがらなかった。ルルドールは幼い頃、一度だけ高熱を出して1ヶ月ほど寝込んだ事があった。その姿が病気で倒れた母と重なり、それが彼らのトラウマになってしまったようだ。だからルルドールはそれはそれは大切に城の中で育てられたのだった。
『ルルは母上に似ていて、いつか消えてしまいそうで怖いんだ。お願いだから私たちの願いを聞いておくれ。』
父王や兄達に涙目で懇願され、彼も渋々従うしかなかったが、元々がそんなに柔じゃない。
『深窓の令嬢じゃあるまいし、お陰でこんなに色白になっちゃったじゃないか!』
確かにルルドールはこの儚げな容姿のせいで、10歳までに5度誘拐され、7度乱暴されそうになった。その都度、彼を溺愛する父王や兄達が動物的な直感を働かせ、ルルドールの居場所を捜し出して事なきを得ていた。
犯人は男だったり、女だったり、若者だったり、年寄りだったりした。つまり、老若男女関係なしにこの『妖精王子』に惹き付けられてしまうのだった。それに頭を悩ませた父王や兄達は極力、ルルドールを人前に出さないようにした。だから、ごく稀に彼が出席する夜会などには、招待状にプレミアが付き、裏で高値で売買されるほどだった。
しかし、『いつまでもあると思うな親と兄!』ある事件をきっかけに彼は兄達には内緒で城内に剣術士を招き入れ、密かに剣術を学んでいた。乗馬も周囲の目を盗んでは夜にこっそり城を抜け出した。彼は10歳の誕生日に隣国の女王がプレゼントしてくれた愛馬に跨がり、幾度となくその隣国を遥か遠くに見渡すことの出来る高台まで馬を走らせた。
「ビクター、ごめんよ。本当はもっとおまえと駆けたいのに、たまにしか構ってやれなくて。」
ルルドールは白馬の名前を呼び、首筋を撫でると、白馬は主の言葉がわかるように短くいななき、鼻面を押し付けてきた。満月が雲の間から顔を出す。照らし出された美しい王子と白馬はまるで絵画の中の住人のように見えた。
「アビー様……」
ルルドールは月を見上げた。そしてため息まじりに不安そうに呟いたのだった。