16.
話がまとまった時、既に日は昇り朝になっていた。皆、眠い目を擦りながら日々の仕事に戻らなければならなかった。ダン達、憲兵は昨夜、捕らえた夜盗の生き残りを海の近くにある、罪人の収容施設まで輸送しなくてはならなかった。
「我が家は王都の東側にあります。案内はカサンドラに頼んでおきました。私は仕事の為、お伴出来ませんが、こちらの手紙を家の者にお見せください。仕事が終わり次第、帰宅いたします。それまで、どうぞ我が家でお過ごしください。」
ダンはルルドールに手紙を手渡した。
「ありがとう、ダン。暫くの間、お世話になります。よろしくね。あと、僕が君の家にいるって事は当分内緒ってことでいい?」
「もちろんです。ここにいる者たちは皆、口が固いので安心してください。けして口外しないとお約束いたします。こちらこそ、我が家に『妖精王子』をお招き出来るなんて、夢のような話です!こうなったからには、一族挙げて、アビゲイル女王様とのご婚約がつつがなく進むよう、是非ともお手伝いさせて頂きたく存じます!!では、後程お会い出来るのを楽しみにしております!」
そう言いつつも中々ルルドールの側を離れたがらないダンをひきずるように仲間の憲兵たちは去っていった。ダンはと言えば、最後まで名残惜しそうに、何度も後ろを振り返りながら、渋々仲間たちの後に従って行ったのだった……
彼らを見送った後、ルルドールとクリストファーが出立の準備をしている間に、カサンドラはなじみの職人を呼び、手早く改装の手はずを調えると彼らに向かって言った。
「さあ、クラーロ家に参りましょう。先ほど、ダンさんが馬車の手配をしてくださったので、そろそろこちらに着く頃です。」
この宿屋は王都から一番近い小さな町の外れにあり、カサンドラの説明では、ダンの実家までは馬車で六時間程かかり、今からだと午後4時には目的地に到着するだろうということだった。
きっと今もこの宿屋は昨夜、ルルドールたちを襲った、黒幕の手の者が見張っているはずだ。既に奇襲が失敗したことも承知しているだろう。だとしたら、一刻も早くこの場から立ち去らなければ、またこの良人たちを危険な目に合わせてしまう。幸い、王都にあるクラーロ家なら、そう簡単には彼らも手を出しては来られないだろう。ルルドールは愛馬を宿屋の主に頼み、ほどなく到着した馬車に乗り王都に向かった。
カサンドラは道すがら、今、イール国で流行っているファッションや、食べ物、女の子が喜ぶ贈り物などをルルドールに色々教えてくれた。
「ルルドール様、この国では求愛のしるしには、白い薔薇を三本贈ります。一本目には今までの自分、二本目には現在の自分そして三本目には未来の自分。これら全てをあなた一人に捧げます。という意味があって、受け入れる意志があるならその薔薇を相手から受け取る習わしがあるんです。
あ、ちなみに求愛は男女どちらからでも白薔薇を贈る事が出来ます。そして、求愛を受け入れたら薔薇を一本取り、自分の体に身に付けるんですよ。男性なら胸ポケット、女性なら髪にさしたりするのが一般的ですね。」
「へえー、すっごくロマンチックで素敵だね!ああ、僕も早くアビー様に白薔薇を三本贈りたいなぁー」
ルルドールはまるで恋する乙女の様に瞳をキラキラ輝かせながら呟いた。しかし、クリストファーはそれどころではなかった。いつまた奇襲をかけられるかも分からない状態なのだが、この能天気な主は気にもせずに『女子トーク』に夢中なのだ。『人の気も知らないで』護衛の騎士は小さくため息をついたのだった……
三人は途中で昼食を軽くとり、予定通りにクラーロの屋敷にたどり着いた。王都にあるダンの実家、クラーロ邸は広大な敷地内にそびえ立っていた。
「うわっ、デカっ!!」
貴族のクリストファーでも思わず叫び声を上げるほど、ダン・クラーロの家は立派だった。
「私も噂には聞いていましたがこれ程凄いお屋敷だとは思いませんでした。」
カサンドラも目を大きく見開きながら呟いた。
ルルドールは執事に彼宛のダンから預かった手紙を手渡した。落ち着いた風貌の執事であったが、すぐに書かれていた内容にあわてふためき、急いでこの屋敷の当主を呼びに行った。ルルドールたちがエントランスで待っていると、すぐに奥の廊下から凄い勢いで数人の人間が走ってくる音が聞こえてきた。
「お、お待たせいたしましたっ!!わ、私がここの当主、ハアハア、ザック・クラーロでございます。妖精王子様におかれましては、ハアハア、この度は我が家においでいただき、ハアハア、恐悦至極でございます!ハアハア、な、なんの準備もしておらず、申し訳ありません!」
初老の男が髪を振り乱しハアハア言いながら支離滅裂な挨拶をする。後ろには恐らく彼の息子たちであろう、男によく似た二人の若者もハアハアしながら控えていた。
「こちらこそ、ご子息のお言葉に甘えて突然の訪問をしてしまい、申し訳ありません。あらためまして、私はラドハルト国、第三王子ルルドール・ファサーです。暫くご厄介になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
ルルドールの洗礼された優雅な挨拶と、悩殺スマイルにザックは思わず長時間息を止めて固まっていた。顔色がどんどん青ざめていく。父親の異変に気付いた息子たちは慌てて彼の背中をさすりながら声をかけた。
「父さん、しっかり!ほら、息をして!!」
「そうだよ、さあ、ヒッヒッフー。ヒッヒッフー!!」
なんだかアドバイスする呼吸法には問題はあるが、なんとか顔色も戻った父親はルルドール一行を客間に通し、茶を振る舞えるまで回復したのだった。




