異世界集団召喚生活でボクは無能力を楽しむ
山なし、落ちなし、意味なしのストーリーです。
それは突然のことだった。
ボクは呆然と立ち尽くしていた。
いや、ボクだけじゃない。
塾の生徒や先生そして八年振りに再会した幼馴染の内木陽も含めた三十人弱の人達。
学習塾の夏季合宿で高原にある施設に泊まり込みする予定だった。
電車を降りたあとは登山。五日分の荷物が詰まったリュックを背負って山をひたすら上って高原に到着したと思ったら急に辺りが闇に包まれ気付いたらこの荒野に立っていた。
「生徒の皆はこっちへ!!」
引率の若井先生が叫んだ。ボクは若井先生の方を振り返る。そして愕然とした。
「きゃーっ!」
「化け物だ――っ!」
その場に居た人達が騒然とする。先生の頭は背後に現れた巨大な黒い影に包まれた。
血を吹き出し首から下が倒れる。
暗すぎる。街灯もなく、だだっ広い荒野に放り出されて途方に暮れている上に辺りには化け物がひしめき合っている。
ボクは死を覚悟した。
いや、正確には無理やり死を覚悟させられた。
「リュウト!」
耳元で名前を叫ばれて我に返る。
カラカラに乾ききった見開いた目をそちらに向けるとヨウがボクの腕を掴んで血を吹き出して倒れた先生とは反対方向へ引っ張っている。
脳から足を動かせと必死で命令を出す。
そしてボクの足はようやく動いてくれた。
荒野から逃げたのはボクを含め半数足らずだ。後の人達はあの荒野で正体不明の化け物に食われたのだろうか。
一度動き出した体につられて思考回路も動き出す。
荒野から逃れて辿り着いたのは森の中の洞窟。森の中は南国に見られるような大きな葉を茂らせた植物が多い。湿度も気温も高いことをようやく感じることが出来た。
ボクは呼吸が整ったところでヨウに礼を言うとヨウはにっこり微笑んだ。
「少しはあの時の恩返しが出来たかな」
――あの時…?
逡巡して「あぁ」と思い出した。
「覚えてたんだ?」
「忘れるわけないだろう」
ヨウは幼い頃、女の子と間違えられるほど可愛かった。変質者に連れて行かれそうになったところをボクが大声を上げてヨウを引っ張って走って逃げたことがある。
今はどこからどうみてもイケメンだけど。
「リュウトも学宝進学塾に通ってたんだね」
ヨウは別の町の同じ塾に通っていたようだ。
「内木君」
呼ばれたヨウにつられてボクも声の主に視線を向けた。大柄な体格をした西山君だ。
「どうしたんだ西山」
相手が君付けしているのにヨウは呼び捨てだった。力関係が見え隠れしている。ヨウも西山君ほどではないけど長身だ。
「何か武器になるものが無いか棒とか石とか拾ってみたんだけど、どれも物凄く脆いんだ」
ヨウとボクは木刀ほどの太さの木を拾って強度の確認をした。
ボクの力ではさっぱり折れる気がしない。しかしヨウと西山君はバキバキと木を折っていく。
二人が折った木を拾い上げて同じように折ってみようとしたけどボクの力では無理だった。こんな固い木を割箸感覚で折ってしまった二人の方が異常なんじゃないかと思ったけど、巨大な石を軽々持ち上げて遠くに投げている女子の姿もあった。
持っていた木を放り捨ててボクは本日二度目の覚悟をした。
この中でボクだけが最弱だ。
溜め息を吐いた。人生ってこんなもんだ。
その時、横でどよめきが起こった。
見ると東海さんとヨウの間に水球がフヨフヨと漂っていた。
近付くとヨウがボクに気付いて手招きした。
「東海が水飲みたいって言った瞬間に水が出てきたんだ」
魔法ってヤツなんだろうか。
「飲めるのかな」
東海さんが唾を飲む。よっぽど喉が渇いているんだろう。そう思ってボクもこの湿度と暑さで喉が渇いていることに気付いた。
「ボク飲んでみるよ」
毒でも構わない。ボクは多分皆のように怪力であったり魔法が使えたりしないんだから、ここでリタイアしてもいいかもしれない。
「でも危険じゃないかな」
東海さんが不安そうな表情でボクを見てヨウに視線を戻した。
構わずボクは水球に顔を突っ込んだ。
ゴクゴクと喉を通って胃に落ちてくる水にボクは生き返るような気がした。
「美味しくはないけど、水だね」
ボクはシャツの袖で顔を拭った。
東海さんが恨めしそうな顔をしている。
「あ、ごめん。顔突っ込んじゃって」
間接キスどころの話じゃない。
「どれどれ」
次にヨウが水球に顔を突っ込んで水を飲んだ。
周りの数名も水を出せたみたいで皆一斉に水を飲み始める。
ヨウが飲んだ後、東海さんは嬉しそうに自分も水球に顔を突っ込んで飲んでいた。
どうでもいいけど。
皆の時計やスマホなどが使えることから数時間置きに交代で眠ることにした。
樋口君、西山君、坂崎さん、東海さん、ヨウとボクは最初に見張り番をすることになった。
樋口君は眼鏡を掛けた痩せ型でボク達の一学年上の中学三年生。東海さんと同じように水や火を出せた。
西山君とヨウは怪力。坂崎さんも樋口君と同じ学年でボクと同じ何の能力もなかった。
今寝ているのは中学三年生組と一年生組だ。必然的に三年生が一年生を見守る形になっている。
先生や職員であった大人たちは全滅だ。確認した訳じゃないけどここに居ないということはあの闇の化け物に食い殺されたんだろう。
「ここどこなんだろうな」
西山君が大きな体を小さく縮ませ呟いた。
体格が良くても十四才だ。不安になるのも仕方ない。でもボクの方が何の力も持っていない分、物凄く不安だ。
「異世界って線は?」
樋口君が眼鏡を押し上げてそう言った。
「よくある召喚もの?そういうのって召喚した人のところに出現しないのかな」
坂崎さんもファンタジーがいける口のようだ。ボクもさっきからそう推測していたけど口に出せなかった。
「高原にいた人達全員を召喚するって大雑把だな」
樋口君と坂崎さんは異世界ファンタジー論で決着したようだ。
「能力なしの人は巻き込まれたんじゃないかと思う」
坂崎さんがボクをチラリと見て俯いた。
能力が無いことで悲観的になっているようだ。
樋口君は眼鏡を押し上げてボクと坂崎さんに視線を巡らせた。
「能力なしじゃないかもしれない。現時点で必要に迫られていないから力に気付けないだけじゃないだろうか」
坂崎さんが驚いたように樋口君を見た。
ボクは樋口君の言葉に希望を見出せなかった。
朝になり、皆のリュックからお菓子やパンを持ち寄って朝食を取りながら、今後食事をどうするか話し合った。果物は探せばありそうだけど、毒かどうか分からない。
かなり投げやりなボクは毒見役を買って出ることにしようと密かに決意した。しかし――
「なんでもかんでも食べるなよ」
ヨウに釘を刺された。
ボク達は三人一組になって食べ物を探しに行くことにした。
一組に一人、無能力者を入れて四組作る。
ヨウと東海さんとボクの組がA班。樋口君と西山君、坂崎さんがB班となってA班、B班が主に食料探し。
三年生と一年生は洞窟付近と少し遠くまで探索する班に分かれた。
洞窟班の中には昨日から泣き止まない一年生の女子がいた。
雛木 由奈だ。塾の中で一番可愛いと言われている女子で無能力者だ。
彼女の啜り泣きのせいでボクは寝不足気味だ。あのコを先に寝かして体力を回復させたのは失敗だ。今日は是非ボク達が先に寝たい。
亜熱帯地域のような環境の中でたわわに実ったフルーツが数十種類あった。毒さえなければ暫くは生きていけそうだ。
ボクたちは色や匂いや模様などを吟味していくつか取って帰った。
暫くするとご機嫌な坂崎さんが樋口君と西山君と共に戻ってきた。
「私の能力は回復だったの!」
嬉しそうに報告する坂崎さんを見てボクはため息を吐きたくなった。
きっとこの調子でボクだけが無能力者のままなんだろうな。
樋口君が木に登って木の実を取っていると蛇のような生物に飛び掛かられて驚いて木から落ちたのだ。
打ち身程度で済んだらしいけど、心配して駆け寄った坂崎さんが樋口君に触れた途端に痛みが消えたそうだ。
樋口君は冷静沈着な様子で皆を見回すと、眼鏡を押し上げた。
「これで取って来た食物を皆で毒見出来ると思うんだが、どうだろう」
「解毒出来るってこと?」
「解毒出来る保証はないけど」
急に自信無げに坂崎さんが俯いた。
そこは自信持って「任せて!」とか言ってくれると嬉しかったのに。
ボクはフルーツを一つ手に取って無言で噛り付こうとした。それを横から取り上げられヨウがそのフルーツに噛り付いた。
「ヨウ!」
「うん、美味い!」
幸い、取って来たフルーツに毒など一つもなかった。
ただフルーツだけで栄養が賄えるとは思えない。
そこに探索班が戻ってきた。
またもやその班の無能力者に能力が表れたことを知る。
「沢を見付けてその先から滝の音がしたんだ」
一年生の生田徹は興奮したように握りこぶしを作ってその滝がある方を指さした。
「俺たちには何も聞こえないからかなり遠いとは思うけど、川に出たら町があるんじゃないかな」
徹はこの森に底なし沼があることも感知したという。
大きな石に蔓を巻き付けて沼に投げ込むとどこまでも沈んでいったらしい。沼は一見普通の地面に見えて徹以外は見わけも付かなかった。
これから探索は徹が中心となって行うことになる。そして当面の目的は滝を見付けて川を下って行き、町を探すこと。
無能力者がボクと雛木由奈だけになってますますやる気が失せてきた。
四日目には食器が揃った。大きな葉を集めて寝床を作ったり洞窟の入口に扉を作ったりもした。
生活用品が揃ってきたところで段々と無能力者の仕事が雑用的なものになってきた。食事の後片付け、洞窟の中の掃除、そして皆の衣類の洗濯を任された時、ボクの苛立ちは頂点に達した。雛木は飯食って何もせず日がな一日ぼんやりと暮らしている。必然的に雑用はボクの仕事になった。
数日後には皆が探索に出掛ける時、ボクと雛木だけが洞窟で火の番をすることになった。
いつでも火を起こすことが出来るのに火の番もないだろう。
「能力が無いってことは無いと思う。何かのきっかけで絶対に能力が出るはずだ」
樋口君だけは尤もらしいことを言っていた。
ただ能力が出るようにするためには皆のように動き回るのが一番の近道だと思っていた。思っていても口にしなかったけど。
せめて雛木だけでも連れていけと三年と一年の班にこっそり頼んだが女子から猛烈ブーイングが沸いた。女子怖い。
ボクは仕方なく数日前に見つけてきた木の実を火で燻してすり潰すと石の器でお湯を沸かした。沸いた湯を竹のように節のある木のコップに入れて木の実を無造作にぶち込んだ。
洞窟の中にコーヒーの匂いが立ち込める。
その匂いに気付いた雛木が顔を上げた。
「それ毒見したんですか?」
「してないけど」
「じゃあ飲まないでください。目の前で死なれても気分が悪いんで」
このコ、ボクよりダークサイドに落ちてるな。
ボクは立ち上がって洞窟を出て男子がトイレに使っている穴にそのコーヒーもどきを捨てた。
底に残ってしまったコーヒーカスを水魔法が使える人が岩のくぼみに張ってくれた水で洗った。洞窟に戻るついでに枯れ木を拾い集める。
洞窟の前に雛木が立ってこっちを睨みつけていた。
「どこ行ってたんですか!?」
「トイレに捨てて来たんだよ」
ボクはコーヒーモドキが入っていたコップの中身を見せた。
「手荒い用の水で洗ったんですか?」
ドン引きされた。色々面倒だから「そうだよ」と言って洞窟に入った。
陽が陰ってきた。時計を見ると午後五時だった。この世界も一日が二十四時間のようだ。ただ日が長いような気がする。
数時間お互い無言で過ごしていたけど、痺れを切らしたように雛木が立ち上がった。
「皆遅い!」
「滝を探しに行ったんじゃないか?」
「違うわ。無能力者の私達を置いて出て行っちゃったのよ!!」
それはないと思う。
他のヤツらはどうか分からないけどヨウだけは戻ってくるような気がしていた。ヨウが戻ると言えば皆も付いてくるだろう。段々とだけどヨウがリーダーの頭角を現し始めている。樋口君も頭の回転は良さそうだけど参謀といったところだろうか。ヨウのようなカリスマ性は無い。
ボクは黙って雛木を見ていたが、ふと数日前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「雛木さんはここに来てから何か能力が欲しいと願った?」
何を言ってるんだ、と言いたげな目で見られた。
「ただひたすら帰りたいって思っていたわ。それ以外は考えてない。魔法とか怪力とかバカバカしい!」
「なるほど」
ボクの考えが正しければ、皆の能力は心底求めた願いの具現化なのではないのかと。但し帰還魔法は発動しないようだ。
本当に発動しないのだろうか。ボクはもう一度全員の能力を確認するように一つずつ思い出してみた。
まず水と火を出せた人は人間が生きていく上で一番必要なものを思い浮かべたのかもしれない。追随して使えるようになった人も水を見てその重要性に気付いて自分も水を出さなければ死んでしまうと考えたんだろう。
怪力になった人は先生の死を目の当たりにして、化け物に対抗出来る力を求めた可能性が高い。
坂崎さんは無能力者のフォローをする樋口君に一目置いていた。その彼が怪我をしたのだから治癒力が発動しても不思議なことではない。
探索能力を得た徹は自分が無能力者であることに焦りを感じていたんだろう。探索班に入って自分こそが何かを見付けなければと必死になったのかもしれない。
雛木はひたすら帰りたがっているせいで何の能力も開花しない。
そしてボクは、初めから全てを諦めて無気力だった。
「雛木さん、本当に心から帰りたがってる?」
「はぁ?」
眉を顰めてボクを見る。
このコ、皆の前では猫被ってんだな。
「帰りたいに決まってるじゃない」
「だったら帰れると思うんだけどね」
「どういうこと?」
敵対心のオーラを消して前のめりになってボクに近寄ってきた。
「帰りたくないとどこかで迷いがあるんじゃないかってこと」
雛木が黙って俯いた。
家族のことや、学校のことなど元の場所に帰りたいけど何か憂いがあるのだろうと思ったんだ。
しかし雛木は少し顔を赤らめて唇を尖らせた。
「な、内木センパイのこと…」
あ、こっちに心残りがあるのか。
「ふむ…」
「ねぇ、どうしたらいいと思う」
「自分で考えろよ」
ボクは反射的に突き放した。
これ以上の助言は不要だ。余計なことを言って後々逆恨みされても面倒だ。
ヒステリックにキレると思っていた雛木はややムッとした様子だったが瞬時に気持ちを切り替えて考え始めた。
ボクは一番星を見付けて溜め息を吐いた。
――こりゃホントに置いてかれたかな……
「すまん!俺達の班が森で迷ったんだ。徹に助けて貰ったけど…」
皆が洞窟に戻ってきたのは深夜だった。
樋口君が頭を下げると皆もボクや雛木に近寄ってきて謝った。
ボクは周りを見回し、数人がボクと雛木と目を合わせないようにしていることに気付いた。
ボクはチラリと雛木を見ると、雛木は首を竦めて悪い顔をした。
怖い…女子の腹黒い笑顔。
ボクも雛木もついさっきまで、皆に置いて行かれたか、置いて行こうとする人間と戻ろうとする人間が滝の所で対立していたのではないかと推測していた。
能力発動の仕組みを知った雛木は若干心にゆとりが出来たというか切り札を得たように優越感に浸っている。
置いて行かれたのなら、その絶望感を糧に帰還魔法を発動できる。
皆が戻ってきたのなら再び帰りたくなるようなきっかけを待ってさっさと帰ればいいと思っているようだ。
帰還魔法が有効であればいいんだけどね。
この世界に来てから十日が過ぎた。
皆の能力に異変が起きた。
魔法専門の人もそこそこ力が付いて頑丈になってきた。
ゲームに例えるなら攻撃力と防御力が上がってきたというところだろうか。
怪力組も火や水を出せるようになって、回復魔法も効力は少なくても擦り傷くらいなら治せるようになったという。
それぞれ専門より力は劣るがサブ職を付けられるようになったって感じかな。
そんな変化の中、ボクと雛木は能力者の召使のような扱いになってきた。
一部の女子は洞窟から少し離れた遺跡を見付けて住み着き始めて数日に一度の会議にだけ洞窟を訪れるような生活をしている。
ボクと雛木は洞窟から少し離れたゴミ捨て場の穴を覗き込みながら時々話し合いをする。
今日は雛木の機嫌がすこぶる悪い。
「なんで内木センパイは洞窟に戻ってくるのかしら?」
その疑問はボクにも分からなかった。
いくら幼い頃の恩があるからって、こんな異世界まで来て義理を果たす意味があるんだろうか。
皆が戻ってくる理由はヨウがボクを置いて行くつもりが無いからだと盗み聞きしてしまったのだ。
ヨウとしては皆先に町を探しに行っても構わないと思っているらしい。
自分一人でボクと雛木を連れてあとから向かうと言っていた。
このジャングルもどきの森は安全な場所で化け物らしき姿は無いし猛獣も居ない。危険な毒虫とかもいない。少し蒸し暑いけど夜に寝冷えするほど寒くなく、慣れてしまえば割と快適と言える。
「あんたもあいつらより強大な力を求めて勇者にでもなったら!?」
「面倒臭いよ」
「あんたホントに十四才なの? 枯れ過ぎじゃない?」
「ほっとけ」
雛木はヨウに置いて行かれることを望んでいる。他の誰かに捨てられても何とも思わないが、ヨウに捨てられることが何よりの絶望となる。
でもヨウはボクと雛木を置いて行く気がない。となると雛木は帰還魔法を発動させることが出来ないのだ。
不謹慎だけど笑ってしまって雛木に睨まれた。
「何が可笑しいのよ」
「帰りたいって願えるようになりたければ、雑用を少し手伝えよ」
「はぁ!? なんで私があいつらのパンツ洗わなきゃいけないのよ!」
「家事のストレスで帰還できるかもよ?」
「い・や・よっ! あいつらのパンツ洗うくらいなら死んだ方がマシ!」
ボクは首を竦めて苦笑した。
そんなボクの様子を見て雛木は脱力して項垂れた。
「私、実はマゾなのかな」
「はぁ!?」
「だってそうでしょ! こんなに味噌っかす扱いされてまだ望みが叶わないんだから」
「どっちかっていうと、ドSだと思うけど」
「なんですってー!」
ボクは雛木がいるせいで帰還魔法が発動しないような気がしてきた…。
いよいよ町を目指す為に旅の準備が始まった。
準備と言っても保存食と武器を作ることだ。
武器は少しずつ作っていたようで、一部の女子が住んでいる遺跡から石の剣や木の盾を持ってきた。保存食は果物のジャムをペットボトルや水筒に詰めて持って行く。
昼間に人が洞窟付近に居ることが多くなり、自然と雛木と話す機会が減った。そのせいで真夜中に雛木がボクを叩き起こして外に連れ出すようになった。
「なんだよ…。眠っとかないと旅の途中でへばるぞ」
「ストレスマックスなんだけど、何故帰れないのよ!」
「だからヨウのせいだろ。いっそコクって振られちまえ」
「あんた、段々と言葉遣いが悪くなってきたわね」
「雛木も敬語からタメ口になってるじゃないか」
ボクたちは自然と洞窟から離れたところにある小さな行き止まりの洞穴へと向かった。ゴミ捨て場周辺の探索をしている時に見つけた場所だ。
夜露も風邪の原因になるかもしれない。能力者は体が丈夫だけど、ボクたちは普通の人間だ。風邪もこの世界では命取りだ。
「私が帰る時は必ずあんたを巻き込んでやるから、あんたも帰還魔法が発動したら私を連れて帰りなさいよ!」
「分かったよ」
ボクにそれだけの情熱が沸けば、だけどね。
そう言って洞穴の壁に寄り掛かると、ぼっこりと音を立てて壁が崩れた。
「うわぁ!」
「なにやってんのよ!」
洞穴の奥は洞窟になっていて、脆い岩が入口を塞いでいたようだ。
その奥はかなり広くこの森に良く見る光るコケが洞窟内を明るくしていた。
「ここ、皆の居る洞窟のショートカットになるかな」
「もう旅立つんだからここら辺の探索なんて不要でしょ! 戻ろうよ」
「なら先に帰っててよ。ボクは先を見に行く」
そう言って洞窟に足を踏み入れると、後からムスっとした顔をした雛木が付いてきた。
「来るの?」
「一人で帰らせるなんて男の風上にも置けないわね」
「足下滑るから気を付けてね」
ボクは女子の怒りを受け流すスキルだけは付いた。
それだけでも異世界に来た価値はあると思うことにする。
洞窟の奥は祭壇のようになっていた。明らかに人の手が入ったような場所だ。近くに遺跡があると言っていたから、昔の人が崇めていた神の神殿的な役割をしていたのかもしれない。朽ち果てていたけど荘厳な雰囲気だけは残っていた。
「これ凄い! お宝じゃない!?」
祭壇の上に置かれている宝珠は手付かずだった。
ボクは辺りを見回して眉を顰めた。
こんな場所にこんなお宝が置きっぱなしなのが不自然だ。
遺跡も近くにあることだし、盗賊とかいなかったんだろうか。
慎重に祭壇に上った。雛木がボクの様子を伺いながら宝珠に手を伸ばす。
「ちょっと! 一緒に触ってよ」
「え、嫌だよ」
雛木がぐっとボクの手首を掴んで宝珠に触れさせた。
「ちょっ!」
抗議しようとした瞬間、ボクの目の前は真っ暗闇に包まれた。
頭の中に直接流れ込む映像。この世界には人間と同じような姿をした生物が居た。
でも、その文明はボクたちが今いるこの時間より何百年も前に滅んでいた。あの黒い影の化け物のせいで…。
この宝珠は神殿一帯に結界を張る魔法を発動するもののようだ。
だからこの森にあの化け物が現れなかったんだ。
人が居なくなった瓦礫と化した町並みや遺跡が次々と映像となって流れ込む。人類は滅亡している。
この世界の星の記憶が一気に頭の中に入り込んできてボクは吐き気がして倒れ込んだ。
宝珠から手が離れて荒れた神殿の景色が視界に現れた。
気を落ち着かせて雛木を見ると、手が外せなくなって体を痙攣させて震えていた。無理やり引き離すとボクと同じように吐き気と眩暈で倒れ込んだ。
「雛木、大丈夫か?」
雛木の顔色が真青になっている。必死に頭を振って今見た映像を振り払おうとしているようだ。
「もう嫌…。 もう帰る! こんなところ一秒たりともいたくない!!」
雛木の体が淡く光っている。帰還魔法が発動しているようだ。
ボクは自分自身を見下ろした。あんな衝撃的な事実を突きつけられてなお、ボクは安全な世界へ戻ることを心から望んでいないんだ。
「雛木、落ち着け! 皆をこんなところに置いて帰れない」
「皆? 皆が何なの!? 私達を召使のように扱った人達を何で助けなきゃいけないのよ!」
「皆も戻れるように願ってくれ! こんなところに残されたらあまりに残酷だ」
ボクは声の限りに叫んだ。
雛木が涙でぐしゃぐしゃになった顔をボクに向けた。
「分かったわ。戻ろう」
洞窟に戻るとヨウが入口に立って手を振っていた。
「ヨウ。なんで…」
「二人が駆け落ちでもしたのかと思って」
ヨウは洞窟の入口に視線を移して首を竦めた。
洞窟の中はもぬけの殻だった。
「もう時間がない」
雛木が涙顔でボクの手を取り、ヨウに手を差し伸べた。
「内木センパイ、帰りたければこの手を取って」
「え?」
「雛木の帰還魔法が発動する」
ボクもヨウに手を差し出した。ヨウが目を見開いて雛木を見た。
「その力があること、ずっと黙っていたのか?」
侮蔑のような気配を察してボクは首を振った。
「さっきまでボクも雛木も無能力者だった。詳しく話している暇はないんだ」
「皆を置いていけない」
ヨウが皆が向かった滝の方角を振り返った。
「魔法が発動し始めてから時間が経ってる。雛木ももうもたないよ」
「内木センパイ選んでください。何もない化け物だけの世界で死ぬまで彷徨い歩くか、ここで家に帰るか」
ヨウは額に汗を滲ませ、激しく葛藤していた。
「クソ! リュウト達が戻ってくるまで待ってろって言ったのに!!」
雛木が手を伸ばしてヨウの腕を掴んだ。
「彼らを置いて行く罪は私が被ってあげる」
涙を零しながら微笑む雛木の手を握りしめてヨウは苦笑した。
「俺もちゃんと背負うよ」
「ヨウって結構タフだよな」
一時はあの異世界のこともあって成績が下がったのに、半年経った今現在、学宝進学塾でトップ。県内三位の秀才に復活した。
「んで、結局ヨウは何が望みでチートだったんだ?」
「リュウトを守る力が欲しいってね」
ヨウがウインクしてボクを見た。
ドン引きしているボクの腕に雛木がしがみ付いてきた。
「ちょっと! リュウトに変な色目使わないでよね!」
「もう彼女面してるの? 告白の返事は保留中じゃなかったっけ?」
ヨウがボクを置いて行けなかった理由は能力発動条件がボクにあったからだ。それだけだと思いたかったのに、ヨウは幼い頃に助けて貰ったことがきっかけでボクに…男のボクに恋心を抱いていたらしい。
あの世界から戻ってきて数週間後、死んだはずの先生や残された生徒が全員戻ってきた。
「リュウトの願いって、全員の生還だったのね」
「やっぱりリュウトは俺のヒーローだよ」
正確にはボクが全員の生存を望み、帰還したがっていた雛木に“全員の帰還”を頼んだために全員が“生還”したと推測している。
ボクがこんなに聖人君子だとは思っていなかった。やれば出来るコなんだボクって。
ボクに帰還魔法が使えなかった理由は家庭の事情ってやつだ。両親が不仲で毎晩言い争う声と母のすすり泣きが聞こえる家に帰りたくなかった。でも両親はボクが一ヶ月以上も失踪している間に支え合って励まし合って、元さやとまではいかないにしても、歩み寄りはしたらしい。
ボクら三人以外の人達が数週間遅れで戻ってきた理由ははっきり分からない。それだけ遠くへ行ってしまっていたのか、それともボクのもう一つの望み(サブ職)的なものが作用したのか。皆にあの絶望的な世界を見てから戻ってきて欲しかったと…。
でなければボクと雛木は救われない。あの世界で奴隷のような扱いだったんだから。
彼らは滝を下り、川沿いに進んで廃墟と化した町に着いた。誰もおらず森から離れた場所にはあの闇の化け物がひしめき合っていた。雛木を拒絶し続けた三年の女子はその場で食われたそうだ。怪力組は全く歯が立たなかった。そもそも物理攻撃が有効な相手ではなかった。全滅しそうになったその時、蘇生魔法と帰還魔法が発動し、気が付いたら合宿所がある高原に戻っていたそうだ。三年の女子は暫く病院のお世話になっていたようだが、今は退院して受験にも間に合いそうとのこと。
ヨウは後から戻ってきた皆に蘇生魔法と帰還魔法はボクと雛木の能力だと言った。ボクたちを置いて行った皆はボクと雛木の前で土下座した。まぁそこまで望んでいなかったから土下座は勘弁してほしかったけど。
気が晴れた雛木はその勢いでボクに告白してきた。一度は断ったけど誕生日には手作りケーキをプレゼントしてくれたり、ボクに壁ドンしながら愛の告白をしてきたヨウから守ってくれたり、健気で頼りになることがある。
召喚獣でも飼い慣らしたつもりで付き合ってみるのも悪くない。
完