6 お嬢様の有名な秘密(後)
ぱちり、と音が聞こえそうな早さで目を開けた子供と、それを見ていたアリシアの目が合う。
「森の妖精!」
子供はアリシアを見てそう叫んだ。
自分に言ったのかと一瞬遅れて理解したアリシアの頭は、次に何のことだという疑問で埋め尽くされる。
「森の妖精だろ!? 不老不死の!」
『不老不死』の言葉に微かに目を見開く。
――こんな子供も知っているのか、と。
興奮したようにばたばたと足を動かす子供に、バルトは煩わしそうな雰囲気を見せたが、今にも腕から落ちそうになっている子供をそっと椅子におろすと、動かないように肩を軽く抑えた。
やはりアリシアに近づかせる気は無いらしい。
それなりに知られている事であるが、アリシアは不老不死だ。
成長が止まった十五才の時から容姿は変わらず、人と殆ど関わってこなかったため精神的な成長も無いが、この屋敷に住み始めてからとうに百年は越えている。
隠している事ではないので、町に昔から住んでいる大人はすぐに気づくことだ。
しかし、森の妖精とは一体何だろう。聞いたことがない。アリシアは首を捻った。
「差し支えなければ教えてほしいのだけど、その……『森の妖精』? というのは私のことなのかしら」
「え? だって町の大人たちがみんな『森の古いお屋敷には不老不死の妖精が住んでいるから近づくな』って言ってるから。ここってその『お屋敷』だろ」
大人は子供を森に近づかせない理由が欲しかったのだろうが、こういう時は魔女と言われた方が違和感が無い気がする。
何故、妖精なんて逆に子供の興味を引きそうなものにしたのか、アリシアは若干あの町の大人が心配になった。
「んん、けど大人は美しい少女って言ってたな……あんたは美人ってかんじでもねーし、まちがったかも! あっはっは!」
豪快に笑う子供の正直な感想に、アリシアは今まで受けたことの無いダメージを心に受けた。
自分が美人だとは流石に思っていないが、それでも大打撃である。
目をふせて震えるアリシアを見て、バルトはガシャガシャと首を振り子供の言葉を否定しながら若干肩に置いていた手に力を入れた。
子供じゃなかったら許さないぞと威圧感を滲ませている。
「うっうぅ……こども、こわい……それで? 貴方はここに何しに……いえ、どうやって来たの?」
よろよろとした言葉で一番聞きたかったことを訪ねた。
そもそもこの屋敷は子供が簡単に来れるようなところではない。
この屋敷には不老不死に思うところのあるものがアリシアを狙いやってくる為、バルトが厳重な守護の魔術を幾つも使っている。
アリシアは自分が狙われていると知らないので、それをただの過剰な防犯対策くらいにしか思っていないが。
森には屋敷にたどり着けない魔術が掛かっているし、仮にたどり着いても屋敷に許可したもの以外は入れない魔術が掛かっている。
それがある以上誰かが勝手に入って来ることは無い……筈だった。
「森の妖精見たくて、ふつうに歩いてきた」
子供の答えにアリシアは困惑する。
例え魔術が何らかの理由で効かなかったのだとしても、この森を子供の足で普通に歩いて来れるのだろうか、と。
考えらえることは一つだ。
「貴方、もしかしてかなり強い加護を持ってるのかしら」
加護、とはこの世界全ての命に贈られる祝福だ。それは神様からの贈り物だとか、自分の才能の発現だとか諸説あるが本当のところは明らかになっていない。
例えばアリシアと仲のいい本屋の店主は『剣の達人』の加護を持っているし、アリシアの不老不死も加護によるものだ。
「かご? んん何だろ、わかんねえや」
子供の言葉に僅かな違和感を感じたが、子供のうちは自分の加護がわかりにくいのでそういう事もあるかと話を進める。
「そう。バルト、この子どこで保護したの?」
まだ威圧――効果は無さそう――を続けていたバルトは、アリシアの言葉に答えるように庭の方を向いた。
「庭? どこかの部屋にいたわけじゃないのね」
確認に頷く。この屋敷に誰かが侵入したのがわかったバルトは、侵入者を排除しようとそこへ向かったのだ。
しかし居たのはこの子供で、バルトに視線を向けた瞬間、気絶された。
流石にバルトも子供を放置するのは気が引けたので、アリシアにどうするか聞きに来たのだった。
「そうそう! あそこにいたら何かこの黒いオバケがきてさぁ、いてっ! てかげんしろよ!」
手加減していなかったら子供の肩が砕けただろうから、一応はしているのだろうとアリシアは思った。
それでもこれ以上は危ない気がしたので、バルトに子供の肩を離してと頼んだのだが、また却下される。頑固だ。
色々聞きたかったことはあるものの、バルトの機嫌が悪くなっていくことを考えると早く子供を帰した方がいいだろう。
そう思い話を切り上げる。
「わかったわ。ごめんね、痛むかしら」
「だいじょうぶ! オレ強いし! こんなオバケ後でぼこぼこに、だからいてぇって!」
バルトは子供の相手が苦手だったのかと初めて知った。
よく考えれば、子供が怖がる見た目をしているためほぼ子供と関わらないバルトが得意なわけがないとアリシアは思い至る。早く帰さなければ。
「ほら、日が暮れる前に帰りなさい」
家族が心配するわよと、森が暗くなる前に帰宅をすすめる。子供がいなくなったら親は心配で大騒ぎだろう。
「だいじょうぶなんだけど……ま、いっか! あんたがそう言うならしかたないな」
あっはっはとまた豪快に笑いながら、帰ると言う子供からバルトが手を離した瞬間、子供はぱっと窓に飛び乗る。
「ああ、そうだ。妖精じゃなかったけど、あんたは人にしてはけっこうかわいいと思うぞ! オレが大人になったら嫁にもらってやるよ」
またなと言い、窓から跳んで風のように去っていく子供の言葉と行動に唖然としていると、その子供はそのまま小さな狼になって森の中に消えていった。
「……色々、状況を整理したいのだけど結局あの子は……人だったのかしら?」
自分の変な噂話は今の光景の衝撃でどうでもよくなる。最後、狼に見えたのは目の錯覚だったのだろうか。
バルトとアリシアは顔を見合わせると、同じように首を傾げた。