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21 お嬢様と鎧と青年

 目を見開いている黒髪の青年と、呆けたようにその青年を見ているアリシア。

 両者はお互いに視線を向けて止まったまま長い沈黙が続く。

 

 流石に様子がおかしいと感じているシュテルとフェリックスは魔術を進めながら緊張したような表情でアリシアとバルトを見守っていた。

 

 先に動いたのはアリシアだった。

「貴方……あの時の……」

 その先を言わせまいとしたのか、黒髪の青年――バルト――は謝罪するように深く腰を曲げた。

 それは、昔アリシアに剣を向けたことに対してなのか、それとも今まで黙っていたことに対してなのか。

 恐らくほぼ前者に対しての謝罪なのだろう。

 

「そう、バルトは……貴方だったのね」

 

 ぽつりと呟くアリシアの言葉にバルトは苦しそうな表情でゆっくり頷いた。

 怖がるかもしれない、恨んでいるかもしれない、自分が言った言葉であるのにバルトはそれを嫌だと思ってしまう。

 そんな自分が情けなかった。でもアリシアが自分を覚えているのが少し嬉しい。色々な気持ちがぐるぐる回る。


「きっと、あの時はあれが最善だったのでしょう?」

 バルトはピクリと体を揺らすが答えない。しかし否定をしないということは肯定するという事だ。

 アリシアはその時何があったのか思い出せないが、バルトがそうしたならそれに理由があるのだろう。

 

「なら何も謝ることは無いわ。私は無事で、貴方は最善を尽くした。それでいいのよ」

 恨めと言われたが恨んでいないし、憎んでもいない、怖いとすら思わなかった。

 それはもしかしたら人として欠陥があるという事なのかもしれない。だが、それが自分なのだとアリシアは言う。

 

 しかし、アリシアは不安に思っている事があった。

 

「ただ、一つだけ聞かせて」

 深く謝罪をしている様子を見て、もしかして償いの為にバルトは自分と居たのではないか。

 そんな考えが頭をよぎっていた。

 

 バルトが真面目な性格である事を知っている。優しいことも知っている。その可能性は十分ありえる。 

 それは、想像しただけで心臓が締め付けられるほど悲しいことだ、アリシアはうっすらと涙を浮かべた目をバルトに向け口を開いた。

 

「貴方が私と一緒に居てくれたのは、同情や償いのためなの?」

 

 バルトは少し驚いた表情をすると、今度は静かに首を振った。

 償いだとかいう気持ちは確かにあった。しかし、そんな高尚なものは建前で、本音はただアリシアのそばに居たかっただけだ。

 

「本当に? どうして貴方はこんな私と……」

 

 アリシアは不安そうに言葉を重ねる。

 これほど言葉が口に出せないのが、もどかしいと思ったことは無い。

 バルトは声が聞こえなくてもこの気持ちが伝わるように、と口を開いた。

 

『貴女のそばに居たかった』

 

「え?」

『ん?』

 

 シュテルでもフェリックスでもない落ち着いた声がその場に響く。

 アリシアは不思議そうに周囲を見回し、最後にバルトへ視線を止めじっと見つめた。バルトは目を見開いたままぴたりと動きを止めている。

 

「……今の声、貴方?」

 どう考えてもバルトから聞こえたと、首を捻りながらアリシアは訊ねた。

 混乱しているように目を泳がせているバルトは動きを止めたままだ。

 

「魂の状態でも言葉は話せるぞ。知らなかったのか?」

 黙って流れを見ていたシュテルは当然のように新たな爆弾を落とす。

 

 そういうことは事前に教えておいてほしいと、アリシアとバルトは同じことを思った。

 

「特殊な状況過ぎて、知ってる人の方が珍しいと思うけど」

 フェリックスは、説明が足りないシュテルに対しやんわりと言葉を返す。

 

 混乱から立ち直ったバルトは、こんなチャンスは二度と来ないのではないかと気づき、気持ちを閉じていた蓋が開く。

 先程の言葉の続きを時間を無駄にしないようにと勢いよく話し出した。

 

『貴女が好きです!』

「えっ」

 

 突然のバルトの言葉に今度はアリシアが固まる。

 バルトは足りなかったかと思い言葉を重ねた。

 

『貴女の笑顔が好きです』

「バ、バルト」

『寂しがりなところも少しわがままなところも好きです』

「ちょっと待っ……」

『貴女が許してくれるのなら、俺はずっと貴女のそばに居たい』

「あ、あの」

『一目見た時から俺は……』

「だから! 待って!!」

 

 大きな声でバルトの言葉を遮ったアリシアは、顔を夕日に染まったように赤くし、肩で息をする。次々に飛び出す言葉に混乱し続けていた。

 

 好きとはどういうことだろうか。そばに居たいと言っていた。

 バルトの声はこういう声だったのか、聞いていて心地いい。顔の赤さが引かないままアリシアは考える。少し前と違う意味で心臓が締め付けられ、どきどきと脈を打つ。

 

「い、いきなり、どうしたのよ」

『今言っておかないと後悔すると思いました』

 バルトはアリシアから視線を離さないまま真剣な顔をする。

 

「あ、貴方の言う好きって、家族とかそういう意味ではなく……?」

 流石にここまで言われてもわからない程アリシアは鈍くないが、一応確認をとった。

 

『この際なので本音を言いますが夫婦になりたい方の好きです』

「ふう、ふ……」

 バルトが予想以上の答えをしたのでまた混乱しかけたがなんとか持ちこたえる。夫婦と言ったのだろうか。

 

『貴女が好きだ、愛してる』

「あい……っ!?」

『貴女を害したことのある身でこんな事を言っても迷惑かもしれないが……』

 

 動揺しているところで言われた言葉に、アリシアは苦い気持ちがわいてくる。

 

「害したって、まだそれを言うの?」

 バルトが気にするのはわかる、自分が命を奪ったという出来事をずっと覚えているのだから。

 アリシアは生きている、という現実を見ていても、その時感じたものはいつまでも残っているものなのかもしれない。

 

「貴方には何を言っても罪の意識は消えないのね」

 アリシアは決意を固めた表情をし、バルトを見上げた。

 

「貴方があまりにも気にしてるから、一つ変なことを教えてあげる」

 屈んでとバルトに言い、アリシアは内緒話をするように顔を寄せる。

 僅かに間をおいてバルトにだけ聞こえるように、小さく囁いた。

 

「私の初恋の人は……貴方なのよ」

 

 バルトはぽかんとした表情をしたあと、みるみる顔を赤く染め上げ、理解出来ないというように後ずさろうとして魔術式に阻まれた。

 動揺を隠すように手で口元を覆い首を緩く振る。

 

「おかしいでしょう? 一目惚れだったの」

 あの時、全ての感覚と感情を目の前にいた黒髪の青年、バルトに奪われた。

 焼き付いて離れなかったあの一瞬は、アリシアが初めて恋をした瞬間だった。自分でもおかしいと思うが事実である。

 

『ひとめ……ぼれ……』

 これ以上はないというくらい赤い顔のバルトと、照れつつも余裕を取り戻したアリシアは先程と形勢が逆転していた。

 

「これで、ちゃんとわかった? 私は本当に『害された』と思っていないの」

 言葉も無く顔も赤いままコクコクと頷くバルトは、嬉しいのか恥ずかしいのか申し訳ないのかごちゃ混ぜになっている感情の中、ただアリシアの言葉に耳を傾けていた。

 

「むしろバルトが貴方で良かったと思ってるわ」

 今日、自分は嬉しさで死ぬのかもしれない、そんな気になっているバルトはアリシアが次に言った言葉で現実に戻される。

 

「ただ、今回の強引な方法は許さないわ……! 後でしっかり聞かせて貰うから覚悟しなさい」

 

 今回のことはしっかり怒っているようだ。

 アリシアの揺らめく静かな怒りを感じたバルトは、自分でもひどかったと思っているので神妙に頷いた。

 

 浮かれた気分が落ち着いたので結果的に良かったのかもしれない。

 

 

 

 

「おい、そろそろ最終段階だからいちゃつくのは後にしろ。巻き込まれるぞ」

「仲がいいのは良い事だと思うけど、危ないよ」

 放っておかれたフェリックスとシュテルは、同じような内容の印象が違う言葉を言って、魔術式から離れるように注意した。

 

 一応話が終わるまで待ったのはシュテルの僅かな優しさだ。

 そろそろ帰らせてくれと顔に大きく書いている。フェリックスは眩しい笑顔でアリシアとバルトを見ていた。

 

 アリシアは軽い足取りで魔術式から下がる。

「また、後でね」

『はい』

 

 魔術式から光の帯が伸び、バルトと鎧を包み込む。

 ふわりと光が解けた頃、その場所には鎧だけで黒髪の青年の姿はなかった。

 

 ふぅ、と息を吐き出しシュテルが完了したと告げる。

 自分の姿を見回し、手を動かして動作を確認しているバルトに、アリシアが少し早歩きで近寄る。

 きっと大丈夫だとは思っているが、すぐに確かめたかった。

 

「バルト、約束はちゃんと覚えているかしら?」

 記憶があるかどきどきしながら確認した言葉に、バルトはアリシアの方を向くと笑うように肩を揺らし、頷いた。

 

 

 

 

 

「フェリックスとシュテルも一緒にお茶にしましょう」

 トールも呼ばなくちゃ、と続けるアリシアを見て、魔術の疲れだけでは無い疲労でぐったりしたシュテルは切実な言葉を呟く。

 

「……いや、帰らせろよ」

「まあまあ、シュテル。少し休んでからにしよう?」

 

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