18 鎧の昔と今の思い出
バルトは紅茶とアップルパイを手早く片付けると、アリシアから規則正しい寝息が聞こえるのを確認し、抱き上げて部屋を出るために扉に向かった。
その一連の流れを見ていたシュテルとフェリックスは微妙な表情をしながら出て行く鎧を見送る。
「あの鎧の事甘いヤツだって思ってたけど、訂正するわ。ひでぇな」
「……バルトは、うん。ちょっと頑固というか……まあ、ひどいよね」
気づかずに飲むあいつもあいつだけどな、とシュテルは続ける。
バルトは、紅茶に眠りの魔術をかけてアリシアに出していたのだ。普段は恐らく執らない強引な手段である。
「何か顔見られると不都合でもあんのか」
「さぁ……?」
バルトには絶対にアリシアに姿を見られたくない理由があった。
アリシアとはリビングアーマーになってから出会った訳ではない。
バルトがバルトと言う名前では無かった頃……人間だった時に一度だけ顔を合わせている。
バルトは昔、アリシアが居る国と戦争していた国の騎士だった。
若いが、ずば抜けた強さを持っていたバルトは、戦争の真っ只中、隊長になる経験を積ませるためと言われ副隊長を任される。
責任のある立場だとバルトは気を引き締めて、隊長の補佐をしていた。
ある時、相手の国の第二王女を攫って人質にするという計画を実行する事になった。
生真面目なバルトは内心顔を顰めたが、これも戦争かと割り切って計画を進める。
しかし、王女を攫う任務を受けた者たちが連れて来たのは、王女ではない普通の少女だった。
隊員を怒鳴りつける隊長を静かに見ながら、少女の方に少し視線を向ける。伏せられている睫毛が僅かに震えていた。
目を覚ましたのか、とバルトが思ったその時、少女の震えが全身に広がり顔は蒼白になっていく。
元々この計画に乗り気では無かったバルトは怯えている少女を見て、此処から逃がせないだろうかと考えた。
王女ではないならいいのではないか、そんな甘い考えは隊長の命令に砕かれた。
「殺せ」
バルトは反射的にそれに反対する。
副隊長としての立場から考えるなら、この場所の情報が漏れることの危険性を考慮して同意しなくてはならなかったが、非道になりきれていないバルトはそれをよしとしなかった。
隊長が眼光鋭くバルトを睨みつけ、怒鳴りつけようと息を吸い込んだところで他の隊員たちからも待ったがかかる。
バルトは、良かった他にも自分と同じ考えの者がいたのか、と僅かに安堵した。
だが、その思いは次に飛び出した言葉に裏切られる事になる。
思い出すのもおぞましく腹立たしいことだが、同じく反対したはずの隊員たちは、少女を殺す前に慰み者にしようと言うのだ。
バルトはそれが聞こえた時、自分の聞き間違いかと思った。そう、思いたかった。
戦争中の敵国の少女とはいえ、守るべき対象となるような者を、道具か何かのように言う隊員たちの言葉が信じられなかった。
隊長は、最終的に命を奪えば後はどうでもいいと、新しい作戦をたてるために部屋から出て行く。
怯えて涙を流し続ける少女に近づく隊員をバルトは止めようとするが、逆に周りに居た隊員たちに床へ抑えつけられてしまった。
止めろと叫んでも隊員は聞く耳を持たない。
戦争が彼らを歪めたのか、彼らが元々こういう性分だったのか、それはバルトにはわからない。
もしかしたら自分が知らなかっただけでこれまでも同じような事をしたのかもしれない。しかし、バルトは目の前で行われようとしている事を許す事は出来なかった。
隊員の一人が、少女の体を服の上からまさぐり始めたのを見て、必死に隊員を振り解き立ち上がると剣を取った。
少女の元へ急ぎながら頭に考えを巡らせる、今ここに居る隊員は六名。この部屋の出入り口は一つ、しかも扉の外には隊長が居る。
隊員は何とか出来るだろう。先程は不意打ちで抑えられたが、強さを評価されて副隊長になったバルトに普通の隊員がまとめてかかってきても対処出来ない訳がない。
だが、例え部屋を出ても其処には隊長がいる。
隊長というだけあって、その強さは経験を重ねていないバルトよりも上だ。
その隊長を相手にしながら、少女を逃がす事が出来る確率は、絶望的だった。
もし失敗した場合、あの隊長の事だ。見せしめのように少女を惨たらしく殺す事だろう。
自分の命令に逆らったからこうなった、バルトのせいで少女はしなくてもいい苦しみを味わう事になったのだと。
バルトは向かってくる隊員をかわしながら歯を食いしばり決断した。
少女に触れていた隊員を蹴り飛ばし、少女の前で剣を構える。
「俺を恨んでくれ」
そしてバルトは少女の胸に剣を突き立てた。
見開いた宝石のような緑色の目を、ゆっくり閉じていく少女の口元が薄く笑みを浮かべたように見えたのは、恨めと言いながらも赦してほしいと思ってしまった自分の弱さ故の錯覚なのだろうと、動かなくなった少女のそばで自分を戒める。
この少女の命を奪ったのは自分なのだと。
少女の亡骸を抱え、不満そうな隊員の横をすり抜けて隊長の元へ向かう。
少女が事切れているのがわかると、隊長はどうでもいいと言うように捨ててこいと命令する。
バルトは無言で頷き外へ出て行った。
あまり長い時間はかけられない。
何処か少女を弔ってくれるような場所はないだろうか、バルトは周りを見渡す。
都合よくそんな場所が見つかる訳がなく、ただ時間が過ぎていった。
バルトは森の中に、人が踏み入れた痕跡のある場所を見つけて少女をねかせると、念のため獣が近寄らないように獣除けの花を周りに置く。
どうか良心のある人、もしくは少女の知り合いが見つけてくれるように、と祈りながらその場を去った。
それから、バルトはずっと少女の事を考えていた。
見開いた緑の目と柔らかく微笑んだ口元が、ただ、目に焼き付いていた。
理由は何であったのか。バルトは少女の事があった数日後、命を落とす事になる。
その頃バルトは油断して忘れていたのだ。
敵は戦争の相手だけではなく、味方にも居ることを。
味方に裏切られ、一人静かに命が尽きていくバルトの意識は思い浮かべた少女の笑顔を最後に、深く戻れない闇に沈んだ。
次に目が覚めた時、バルトはリビングアーマーとなっていた。
着ていた赤銅色の鎧は自身の髪色に似た黒になり、形も何処か禍々しい。自分の体は鎧の中に無く、空っぽだった。
バルトは訳がわからないと、ふらふら何処かを彷徨う。
その時バルトは理解出来ていなかったがこれは自分が望んだことだったと後で知る。
バルトの加護は『意志』の加護。ただ目的に向かって進む精神力を強化するだけのパッとしない加護であったが、それが魂の存在となった時強く働きかけた。
少女の笑顔が見たい、と。ただそれだけの思い。
しかし、それがバルトを鎧に引き止めた『意志』だった。
バルトは知らなかった事だがその少女、アリシアはちゃんと生きていた。
また戦争に巻き込まれたりしないように、森に囲まれたお屋敷で一人静かに。たまに訪れる家族を待ちながら。
ふらふらとした足取りは、無意識ながらもその森へ向かっていく。
そこでアリシアと会い驚かされながら、屋敷で甲斐甲斐しく世話をやくようになるのだが……アリシアはバルトが自分の命を奪おうとした人物だと知らない。
不誠実だと何度も考え、伝えようとしたが今の今まで出来ていない。
そして今回も。
「随分、強引な意思表示だな」
複雑な魔術式を書いていくシュテルは部屋に戻ったバルトに苦言を呈する。
バルトは自分も強引な手段だったと思っていた為、気まずげに頷く。
「そうだね。そんなに嫌だったの?」
複雑そうに沈黙するバルトの内心を正確に読み取れるものは居ない。自分もわからないのだから。
バルトはこの機会に明かした方がいいとわかっているし、そう思っている。
しかし、明かしたくないとも強く思うのだ。
今の平穏が崩れたら、などと考えただけで……。
もやもやとした思いを抱えながら、別室で寝ているアリシアへ心の中で謝罪した。




