17 鎧とお嬢様の選択
「おい、余計な想像してんじゃねぇだろうな。俺はこのままだとって言ってんだよ」
今にも倒れそうな表情で俯いていたアリシアはシュテルの言葉に顔を上げる。
「ちゃんと解決方法はある、最後まで聞け」
「本当……?」
「嘘言ってどうすんだ」
「シュテル、心臓に悪い言い方するよね……」
あんな事言われたら不安になるよ、とどこか張り詰めていた空気を緩めてフェリックスが苦笑する。
アリシアは安心したのか、伏せられた目からポロポロと涙を零して小さく『よかった』と繰り返し呟いていた。
それを見たフェリックスはハンカチを取り出してアリシアに差し出す。
「アリシア、ほら、これで涙を拭いて」
ありがとう、と呟きハンカチを涙で濡らしていくアリシアは僅かにバルトの方に視線を向け、何かに気づいたように口を開いた。
しかし、シュテルは視線をアリシアとバルトから逸らしているのか気づいていない。
「面倒くせぇな……早めに止めろよ。腫れるぞ」
突然、ガシャンッと激しく金属がぶつかる音が、シュテルのいたところを通り過ぎる。
「チッ! 何しやがる」
目を覚ましたバルトがアリシアが泣いているのを見て勘違いしたのか、剣を抜いてシュテルに攻撃を仕掛けていた。
間一髪。避けた様子のシュテルが舌打ちをしながら体勢を整える。
「バルト落ち着いて! シュテルは別にアリシアを泣かせたわけじゃ……あれ、やっぱり泣かせたかも?」
フェリックスは誤解をとこうと話しかけるが、むしろ悪化させていた。
「てめぇ、いつも余計なことばかり言うな……! 課題三倍!!」
「横暴だなぁ、あっバルト待って! シュテル物理的には強くないから、本当にやめてあげて!」
本格的に排除しようとバルトが構えるとフェリックスは慌てて止めようとした。シュテルは顔を顰め、また舌打ちをする。
「バルト……バルトっ!」
すると、それを呆然と見ていたアリシアが間に入ってバルトと向き合った。
構えていた剣をアリシアに当たらないようにしまったバルトは『危ないから離れるように』と手を使って示す。
「それより、私に何か言うことがあるんじゃないの」
アリシアは涙目ながらもキッと目を尖らせバルトに近づいていく。
言うこととは何だろうと思ったバルトは、怒っているらしいアリシアを戸惑いながら見た。
「何で、こんなにギリギリになるまで黙ってたのよ」
コン、と軽く頭突きをするようにバルトに抱きついたアリシアは、止まっていた涙をもう一度溢れさせ、調子が悪いとわかっていたはずなのに何故隠していたのかを聞いた。
バルトは困ったように沈黙したままだった。
「バルトまで居なくなったら、私は……」
声も詰まるほど震え、涙を流すアリシアを宥めながらバルトは謝罪するように首を少し下げて、どこからかハンカチを取り出して柔らかく涙を拭いた。
「いや、俺にも謝れよ」
しらけたようにその様子を見ていたシュテルは、誤解して攻撃したくせに無かった事にしている鎧に対し無表情で呟く。
フェリックスは慰めるように、慈愛あふれる微笑みでシュテルの肩を叩いた。
「それで、解決方法って何?」
話を元に戻そうとフェリックスがシュテルに話しかける。
早く終わらせて帰る、と顔に書かれているシュテルはざっくりと説明を始めた。
「簡単な事だ。これ以上魂が消耗する前に鎧に定着させればいい」
「定着?」
「今の中途半端な状態から、完全なリビングアーマーにするんだ」
そうすれば魂も完全なものに戻って、他と同じく魔力だけで活動できるようになる。
そう説明するシュテルに落ち着いたアリシアは質問した。
「それって、難しいの?」
「いや。魔力がかなり必要なだけで、魔術式自体は難しいもんじゃない……フェリックス、魔力足りねぇから手伝えよ」
「シュテルですら足りないんだ、わかった」
僕とシュテルに任せてゆっくり休んでてと微笑むフェリックスに、何とかなりそうだと安心したアリシアは最後に気になったことをシュテルに聞いた。
「危険は無いのよね?」
「無い。低い確率で記憶が消えるだけだ」
「ある! 思いっきりあるじゃない!」
確率が低いとはいえ、怖すぎることを言うシュテルにアリシアは悲鳴のような声を上げた。
「精神力があれば消えねぇよ。こいつは大丈夫だろ、図太そうだし」
シュテルは先程のことを思い出し、バルトと睨み合いながら断言する。そもそも百年以上動き続けた、元人間のリビングアーマーの精神力が低い訳がない。
「でも……バルト……」
すがりつくような目でバルトを見上げるアリシアに大丈夫だと言うように大きく頷いた。
どの道、ここでやらなくては、いずれ不完全なリビングアーマーとしての寿命がきてしまう。アリシアは不安を飲み込んで決断した。
「……わかったわ。バルト、絶対に忘れないで」
「私は魔術を使えないから何もできないのだけど……ここに居て見ていていい?」
魔術式の準備を始めようとしているシュテルに、まだ少し不安な様子のアリシアはそばで見ていいか聞く。
「別にいい。さっきも言ったように難しい魔術じゃないからな」
ほっとしたアリシアは、始まるまでバルトのそばに居ようと近寄った。
「あ、定着させるために、人の時の姿で魂が可視化するけど問題ねぇよな?」
シュテルの確認にギシッと固まったバルトは、興味を持ったように目を輝かせたアリシアに別室に居るように提案し始めた。
「え、どうしたのバルト」
アリシアは、唐突なバルトの態度の変化を不思議に思いながら却下する。
「私もそばで……」
言いかけた言葉をガシャガシャと首を振って消される。
そんなに自分の姿を見せたくないのかとアリシアは、バルトがどんな見た目でも大切なのは変わらない、と伝えたが一瞬の沈黙の後、また首を振られた。
「バルトの記憶が消えるかもしれない時に、離れるなんて嫌よ!」
熱くなっていくアリシアとバルトにシュテルの呆れた声がかかった。
「どっちでもいいが早くしろ。帰るぞ」
気まずそうにするアリシアに、ため息をつくような動作をしたバルトはいつものごとくアップルパイと紅茶を用意し始めた。
それを見たアリシアはまた誤魔化す気なのかと眉をつり上げる。
「あら、今回はアップルパイに誤魔化されたりしないわよ」
ほわりと湯気が上がり温かい紅茶を差し出される。バルトは冷めたら悲しいというようにじっとアリシアを見つめている。
「う……わかったわ、紅茶だけよ」
その間に耐え切れなかったアリシアは紅茶だけは飲もうとティーカップを受け取った。
こくりと一口飲み、温かさが体に行き渡る。
「……アップルパイは終わった後に食べるわ。覚えていてね」
記憶を忘れないようにバルトと約束をする。
バルトが頷いたのを見たのを最後に何故かアリシアの視界はぼやけ始めていた。不思議に思い目をこするが、変わらないどころかどんどん瞼が落ちていく。
「バル……?」
アリシアの意識は深い闇に沈んでいった。




