アウトローに学ぶ異界.3
蔵馬賢治である俺にも少しだけ分かったことがある。
一に俺は確実に夢を見ているわけではない。
二に俺は絶体絶命の状況にいる。
そして三つ目、俺の見た槍を扱う化け物のような男。それもこれも魔法なんて簡単な言葉で今は納得するしかないようだ。
ぼんやりとした意識の中、声が聞こえてきた。その声は次第に鮮明になっていき、それがフーガという軍人のような男の者だと分かった。
「これは明らかにヤヌ族とは一線を画した生物です。」
誰かに連絡を取っているのだろうか。その声はまるで電話を誰かにかけているかのような妙にはっきりした声であった。
「――この地の掃討の事を今一度考えなおしていただけないでしょうか?」
「せっかく見つけた資源を目の前にして、すべて焼き払うよりも閣下の所業として後世に語り継がせる方が相応しいかと――」
何かと必死に訴えかけていたが、取り合って貰えなかったようでフーガ少尉の話す途中で連絡は途絶えたようだ。最後に「閣下!ですが――」と何かまだ言いたげな言葉のみが空しく響くのみであった。
俺が目を開けるとそこは簡易なテントの中のようであった。そこに付けられた簡易な寝台に横たわっていたらしい。
フーガの様子を見ると、カリカリと長髪の頭のてっぺんを掻いて表情は焦りと失望の混ざった何かを誰かに訴えかけるようであった。
相変わらず手足は枷で繋がれているようで、身動きは満足に出来ない。せっかくの逃げ出すチャンスだと思っていたがそう上手くはいかない。
カチャリガチャリと鉄の鎖の擦れる音を聞いてフーガ少尉が俺が意識を取り戻したことに気が付いたようだ。
「なんだ起きていたのか貴様。いや名はカーマ・ケージといったな……?」
その気色の悪い猫撫で声は苛立ちから抜け出す方法を見つけた狩人の物だ。
「どうやら貴様はヤヌ族とは違い魔力に対しデリケートなようだな。少し過敏すぎるのが気になるが……」
寝台に横たわる俺の高さに合わせて身を屈めると、話を続けた。
「先ほど貴様が知っていると言ったブツの元へと私たちを案内してくれないかね?」
フーガは次々と言葉を紡ぐ。
「なぁに悪いようにはしない。ヤヌ族はこの先死ぬまで労働させる奴隷だが、貴様のような者は数が少ないからな。博物学的価値のある物として丁寧に扱われるだろう……」
そして、先ほどの文書の話も語った。
「もちろん契約通りに貴様は我々に隷属しなければならないが、歯向かわなければ何も怖い目には合わんよ。安心したかね?」
その眼は笑ってなどいない。獲物を逃がさぬつもりだ。
「俺は……」
言葉に詰まる。でまかせで一言「はい」と言っただけでこのように詰問されるとは思いもしなかった。
「マナの魔源流ってのはたぶん分かります」
「たぶんだと!」
声を荒げるフーガ少尉。先ほどから俺の感覚には異様なものが触れていた。
契約書に名前を書かせる男に感じた不潔感。いや、熱い鍋の熱気に当たって鍋が熱そうと感じるくらいの感覚というか、そんなものがこのフーガ少尉からも感じられるようになった。
初めはただの吐き気であったので不潔であるのだと思っていたが、このフーガ少尉は汗っかきでも不潔でもないように見える。
「俺が魔法の発達した文明人であると言いましたよね?」
「ん?ヤヌ族がマナに不感症である部族であることは分かっていたが、貴様が過敏すぎるだけだろう。それに文明人とまで言っていない」
「そうです。俺の故郷は魔法なんてない。"過敏なだけ"なのであれば」
「貴様、さっきの契約魔法で何が見えた?」
俺は字が浮かび上がり影が伸び、目の前が真っ暗になる様をこれでもかと勿体つけながら誇張して言ってみた。
それに初めは不信感を隠さなかったフーガであるが、唸りながら考え抜いた末に納得してくれたようだ。
「貴様の見たそれは、まさしく我々の魔法の原始的な効力として記された現象に近い、いや合致する部分が多い。今ではその現象を確認できるほど魔力に過敏な者はいないから伝承にすぎぬが……。貴様がそれを知るはずもない……」
確かにフーガの態度は初めの頃と変わっている。ヤヌ族という先ほどの奴隷候補たちに対しては野蛮人と一太刀に切り捨てるが、価値があるかもしれない俺に対しては多少なりとも"物"ではなく"人"として対応してくれるようだ。
それにこのフーガという男、もともとがガリ勉気質(いや、学者肌ということなのだろう。)であるようで、機転を利かせて話を合わせる俺にはかなり対等に近い物腰にまでなっていると言ってもいいほどだ。ただただ自分が卑しいからだと思っていた弁が立つことが、ただ危機的状況でのみ異様に無駄話が出来る自分の頭がこれほど役に立ったことはない。
俺はフーガ少尉から出来るだけ情報を聞き出すことにした。