アウトローに学ぶ異界.2
「名前をここに書け」
先ほどの惨劇に、枷を付けられた奴隷以外の者はたじろぎ一つすらせずに事務的に、物を扱うように淡々とことを進めている。
先ほどの"見せしめ"により絶望を抱き抵抗する意思を失っていた者たちはさらに恐怖まで植えつけられた。
そして他の者たちと同じく指示通りに二列に並び、何か名前を書かされているようだ。
俺は股間がびしょ濡れのまま列に並ばされており、他の者たちの気持ちが理解できていたところであった。
あんな化け物に睨まれているのに抵抗なんて出来るわけがない。
「名前をここに書け」
俺の番が来た。俺は見慣れぬ文字を見る。汚らしい厚手の紙には難行にもわたる文章が認められていた。
日本語でも英語でもなく見たこともない文字。俺には全くもって意味が理解できない。
「名前をここに書け」
立ち尽くす俺に対し、苛立つことすらなくただただ事務的に命令を下すのは文書を書かせる役目の男。
その体からは不潔な臭いがする。
「文字が分からないから書けない」
そういう俺に対して男は、「貴様らの文字でいいんだ。内容をただ認め、名前を書け」
そして、こんな感じになとでも言うように他の奴隷たちの施したサインを見せる。
その文字も見たことがない、はずであった。自然と頭の中で見慣れぬ文字は意味をなし、発音を理解できる。
困惑する俺に対して男は難色を示し始めた。
「フーガ少尉。こいつぁ、ヤヌ族じゃないようですぜ」
後ろで太い煙草、あれは映画で見たことがある。
葉巻からプカプカと煙を吐き出していた。身なりの少しいい小男の方を向いて話し始めた。
「ヤヌ族が奴隷を戦利品にしていたのかもしれません」
「なんて呆れた!低俗な野蛮人が我々の真似事をしていたとは!?」
フーガ少尉と呼ばれた痩せた小男は、その肩まで伸びる髪を揺らしながら驚愕と憤怒の形相をしていた。
「ヤヌ族周辺の部族の人間はほとんどが全滅しており稀少です。こいつはいい標本になるでしょう」
標本と聞いて背筋が凍った。標本といえば中身を一切合財くり抜かれ、すっぽり中に綿を詰められるのが一番に想像できてしまった。
「まぁ、この場で価値があるかは私が決めることだ」
フーガは俺が怯える様子を不思議そうに見ている。
「おい!標本の意味が分かるのか?」
フーガはその傲慢めいた態度をより強くしながら俺に詰め寄ってくる。
こんな小男、殴り飛ばせば簡単だろうとも思うが先ほどの大男がその前に俺の首を跳ね飛ばすことの方が容易に想像でき、俺は後ずさる。
「おい猿ぅ!意味が分かるのかと聞いている!」
フーガは俺の頭を鷲掴みにすると自分の顔に引き寄せ凄んだ。
思っていた数倍の力で引き寄せ、俺の目を覗き込むフーガ。
「はい……」
なんとも情けない声が出た。
こんな男に怯えるなんてのは初めてのことだ。
しかし、その後のフーガの態度は一変した。
「ただ資源を食い荒らすだけではなく。収集する文化があるのか貴様の部族は!?」
そして、俺の肩を掴み揺さぶる。
「この地での鉱脈!マナの魔源流!その場所が分かるか!?」
その嬉々とした表情に対して、恐怖から俺は言ってしまった。
「分かります」
その内容に聞きなれぬ言葉が含まれていたことに俺はまだ疑問を持っていなかった
そうかそうかと俺の肩を叩くフーガ。
「うむ。名はなんという?ヤヌ族の文字ではなく貴様の部族の言葉でこれに書くがいい」
突き出された書面に俺は迷いながらも自分の名前を書き記す。
「うむ?見たことのない文字だな。なんと読む?」
「蔵馬賢治です」
「クァーマケージ?」
「蔵馬」
「カーマッケージ?ああ、カー・マッケージか!」
「蔵馬で区切ります」
「そんなことはどうでもいい!」
一瞬眉間に皺を寄せ怒鳴るフーガ。
次の瞬間にはあの大男に処刑を支持するのかと一瞬また漏らしそうになってしまった。
「カーマ・ケージだな。よし書面に名は記された。契約は成った」
俺の目に不可思議な光景が映る。
紙面上の俺の文字が光り輝き、浮かび上がったのだ。
それは紙切れのように宙を舞いながら地面に吸い込まれるように到達すると、そこから影のようなものが俺に向かって伸びてきた。
「なっ……!」
フーガ少尉の手を振り払い地面を見つめる俺を、フーガは合点がいった様子で見ている。
「この大陸人は魔法すら開発できていない野蛮人だと聞いていたが、どうやら貴様の部族はヤヌ族より進歩した者のようだな」
その言葉を聞き終わるより先に、影は地面だけでなく俺の周囲全てを暗闇で覆い尽くした。
暗闇の中で声が聞こえる……。
何を言っているのか分からない。しかし、それが呪詛めいた怨念の籠った声であることだけは直感で感じた。
俺は自分の意識が落ちるのをゆっくりと感じながら崩れ落ちた。