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塔野昭一の場合

 彼には、名探偵に挑戦した時代があった――。

「あぁ、すみませんがお茶を淹れてきてくれませんか、桐生くん」

「紅茶ですか?」

「はい。この間買ってきていただいた新しい銘柄の物をお願いできますか」

「わかりました」

 扉が閉まる音がして、桐生くんが部屋から出ていったのが分かりました。

 彼がここで働き始めてからそろそろ四十年になりますが、いまだにあの気配のなさには驚かされます。この間など桐生くんがいることに気付かずぶつかってしまい、彼が育てていた植物の鉢にコーヒーをこぼしてしまいました。本当にすまないことをしてしまったと思います。

 彼が出て言った入り口の扉をちらりと見て、私は机の上に出した一冊の日記帳を開きました。



 ***



 一九七〇年 五月十五日


 今日は別荘を建ててもらうために第一候補の建築家の方のところへ行ってきました。最初、私がまだ若いので露骨に嫌そうな顔をしていましたが、塔野財団の名刺を見せると途端に態度を変えました。その後は態度がころりと変わって商談を進める気が出たようでしたが、ああいう方はどうも好きになれません。別の建築家を当たることにします。



 一九七〇年 五月十七日


 第二候補の方も第一候補の方と大差ありませんでした。第三候補はあまり気乗りがしませんが、まずは彼の今の住処を探すことから始めたいと思います。



 一九七〇年 五月二十五日


 彼が今どこに住んでいるのかなかなか突き止められずに遅くなってしまいました。今日ようやく、彼が九州に住んでいることを知りました。明日会ってきます。



 一九七〇年 五月二十七日


 先程九州から帰ってきました。学生時代から彼は気難しかったので依頼を引き受けてくれるかどうか心配だったのですが、別荘の大まかな形を説明すると、それは面白そうだ、是非とも手掛けさせてほしいと言ってくれました。

 来週彼はこちらへ来る用事があるそうなので、その時に細かいことを決めようということになりました。



 ***



「そういえば、そうでしたね。第一候補と第二候補の方はあまり好きになれませんでした」

 ひとり呟き、気まぐれにページをぱらぱらとめくります。すると、一か所目に止まる箇所がありました。

 何でしょうね、これは……?



 ***



 二〇〇三年 十二月二十三日


 今日は昨日に引き続き千客万来です。昨日のフジミネさんという方に引き続いて、今日はシカタニさんという方がいらっしゃいました。名刺を頂いたのですが、お名前の方は何と読むのでしょうね。

 桐生くんがいないのでお客さんの相手は私がすべてしなければいけませんが、まあ、たまには運動するのもよいでしょう。夕食は上手く作れたかどうかわかりませんが、シカタニさんには美味しい美味しいと言って食べていただけました。


 しかし、夕食の後に、予想だにしなかったことが起こりました。なんと、フジミ



 ***



「――その続きは?」

 いきなり後ろから声がしたので、ページをめくろうとしていた私はびっくりして日記帳を閉じてしまいました。振り向くと、そこにはティーカップを片手に持った桐生くんがいました。

「びっくりするじゃないですか。私も年です、できれば心臓に悪いことは控えてほしいものです」

「こればっかりは三つ子の魂百までというやつで、いつまでたっても治りません」

「そうですね。お互い様というものですか」

「はい」

 静かにティーカップを机に置く桐生くん。たびたび驚かされることを除けば彼はとても優秀で、四十年もこんな陰気臭い建物に縛りつけてしまったことを申し訳なく思います。

「それはそうと、桐生くん。先程何か言いかけませんでしたか?」

「……ああ。いえ、その手記の続きはどうなっているのかと思いまして」

「続きですか」

 私は日記帳を、机の引き出しにしまいます。

「そういえば、この時ちょうどあなたはお母上のご不幸で実家の方に帰っていましたね……もちろん、私は続きを知っています。しかし、あまり人に吹聴して回りたいことでもありません。私自身、昔はこんな日記をつけていたことを忘れかけていましたし、こうなれば墓の中まで持っていくつもりですよ」

「そうですか……分かりました。立ち入ったことを聞いてすみません」

 深々と頭を下げる桐生くん。その様子がおかしくて、私は思わず吹き出してしまいました。

「いえいえ、広いとはいえ同じ建物で四十年間共に過ごしているのです。普通ならそれくらいのこと、失礼にもあたりませんよ。後ろ暗いところがあるのは、私なのですから」

「……」

 押し黙る桐生くん。なんだか気まずい空気になってしまったので、私は先程の引き出しから別の紙を取り出し、それを桐生くんの目の前で広げます。

「――何ですか、これは?」

「今年で私も七十五です。人生で一度は楽しいパーティーをしてみたいじゃありませんか」

 黙って紙に目を通す桐生くん。やがて顔を上げて、

「この、最後に書いてある四人は……?」

 と尋ねてきました。

「ああ、その四人はパーティーに招待したい方々ですよ。この短い人生の中で、私が真に『面白い』と思った人たちです。ならば彼らを呼んでパーティーをするのは、最高に楽しいと思いませんか」

「なるほど。では、この四人には私から招待状を出しておきます」

 そう言って部屋から出ていこうとする桐生くん。

「ああ、待ってください。その四人には私から招待状を出します。自分で書かないと失礼にあたるでしょう」

「それもそうかもしれませんね。では、私は何をすればよろしいですか?」

 そうですね……難しい質問です。

「ではとりあえず、このリストに書いてある物を買ってきていただけますか? 直前に買い集めるのは難しいかと思いますので」

「わかりました」

 そう言って、桐生くんはするりと扉を開けて出ていきました。相変わらずの気配のなさです。

 さて、と……。

 私も準備を始めなくてはいけません。私は机の上に置いてあった便箋を一枚取り、ペンを持ちました。

 一度深呼吸をして、そしてペンを便箋に走らせ始めます。


 そこには――。

 とりあえず、建築家もお客さんもオリジナルキャラです。ここに明記しておきます。

 でも別解釈もできるようには書いた……つもりです。

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