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改造戦士サンダルガー  作者: 実時 彰良
登場人物
4/15

03.「勇者」という名の「偽善者」なんだが。

 魔王によって国が支配されたあの日。

 少年は、黒く燃える旗を見ていた。


 エシア大陸中部に吹きつける秋の色なき風。感謝祭に湧き上がるイヴィアル王国の城下町では、七面鳥の焼ける匂いや、ほろ酔いの大人たちが昼間から肩を組み、大声で合唱をしていた。


「魔族だ!魔界からやつらがやってきたぞ!」


 誰かが叫んだ。


「王宮の逢魔ヶ扉は封印されていたんじゃないのか!?」


「瘴気に触れるな!死ぬぞ!」


 災厄。


 不死者(アンデッド)の大群。降り注ぐ魔界の黒い焔――「瘴気」に蹂躙される町民たち。酔いつぶれた兵士たちは機能せず、あっという間に城下町は占拠された。


「イヴィアル王国は、これより魔国とし、我が魔族が統治する」


 六芒星のあしらわれた黒いニット帽から金髪をなびかせ、魔王と名乗る男が高らかに宣言した。国王は、彼の傍らで大人しく縮こまっているだけだった。


「今から瘴気に触れた死者の魂を蘇らせる。無駄な殺しはしたくない、抵抗はするな」


 魔王が、ニット帽の左右から飛び出した鉤角を揺らしながら右手を翳すと、道端で転げ落ちていた少年の両親の死体が、不自然な動きで起き上がり、不死者(アンデッド)――最下層魔族として転化した。彼らに呼びかけても返事はない。ただ、魔王に奉仕する為だけの操り人形と化していた。


不死者(アンデッド)は、我が魔国軍の財産として丁重に扱う。彼らの家族には生活の保障もする。どうか理解してくれ」


 魔王はマントを翻し、傷ついた民に理解を求めた。


「ふざけんな…突然きて…侵略しておいて…理解しろだと」


 震える拳。頬を濡らす涙。少年は両親に庇われ命拾いをした。いっそのこと、自分も死ねばよかったと思った。


「魔王…いつかお前を殺す。そのためには…おれは何だってしてやる」


 混乱状態の城下町。少年は盗んだ馬に跨り数百キロを駆け、まだ魔族の手が及んでいない港町から、貿易船の最終便に乗り海を渡り、ユロピ大陸のスティージャス王国に潜り込んだ。


 剣と魔法に勤しみ、傭兵として大陸統一戦争で名をあげた少年が英雄と謳われるようになるまで、そう時間はかからなかった。



 三年後、スティージャス王国は諸国を制圧、ユロピ大陸を統一した。


「国王様。これより海の向こう、カフリ大陸諸国と同盟を結び、エシア大陸全土を支配するイヴィアル魔国を制圧しましょう。魔王および魔族は脅威です。いつか我が国が侵略される前に、こちらから動かねばなりません」


 年の頃、十八になった少年は、近衛兵団の長として国王に進言した。


「祖国を奪われたことを、そなたは恨んでおるのだろう。だが、わが国はこれ以上の戦はせぬ。イヴィアル魔国とは和平条約を結ぶ準備をしておる」


 国王は冷たい目で言い放つ。


「確かに私は魔王にすべてを奪われました。だが最も恨むのは、あの日の己の無力さ…」


 少年は跪く姿勢を解いて直立する。護衛の兵士たちも特に動じる様子はなかった。


「…元老院は、私に賛同していただけております。国王様、あなたが私の考えに賛同していただけぬのなら、玉座は砂と還りましょう」


 王族の血も引き、政治および軍事に影響を持つ十二人の重鎮――「元老院」の名を勇者が告げると、国王は顔を歪めた。


「キサマ…誰に向かってそのような」


 国王は手元のワインを少年に浴びせようとした。


「そのワインにしても、葡萄を収穫する民の労苦が混じっております」


 少年は目にも止まらぬ速さで、国王の盃を止めた。


「これまで従順なふりをして…近衛兵団の長たる称号、勇者の地位まで昇りつめるため、このわしを欺いておったのだな…!」


 国王の年老いた手が震える。世継ぎたる王子たちも、少年――勇者に傾倒しているのは彼の耳にも届いている。


「いいか、王冠を被ったクソじじぃ。おれは、この国の平和など微塵も興味がない。目的は一つだ」


 勇者は国王の顔を覗き込み、小声で言いながら笑った。


「これから魔王を倒すため、おれが全指揮をとる。アンタはそこで小便でも漏らしてろ」


 国王は玉座から転げ落ちた。何人かの護衛兵は国王を抱きかかえるが、他の護衛兵は勇者に敬礼をしていた。


「カフリ大陸のホーリトセイン王国、ゴブレス王国と同盟を結んだら、即座に進軍だ!準備せよ」


 勇者は剣を翳した。


「魔王…殺してやるから待ってろ」


 醜く歪んだ顔。少年の面影は消えていた。



 スティージャス王国、ホーリトセイン王国、ゴブレス王国の連合国軍が、イヴィアル魔国に進軍したのは、それから一ヵ月後のことだった。


 総勢六十万の連合国軍兵士に対し、イヴィアル魔国は悪魔兵士、不死者(アンデッド)併せて二十五万。不死者(アンデッド)といえど、肉体が消滅すれば戦闘不能となる事情から、戦局は圧倒的兵力を保持する連合国軍に有利に傾いた。


 そして、開戦から二週間。


 勇者は、ついに城内の魔王と対峙する事となった。


「よくぞここまで来たな。勇者よ」


 崩落する天井に意も介さず、魔王は玉座で足を組み直し、笑った。


 階下では連合国軍の怒号と悪魔兵士たちの悲鳴。人類が魔族から世界を取り戻す瞬間はそこまで迫っている。


「死ね、魔王」


 砂埃が舞い上がる中、勇者は剣先を向けた。瞳には怒りの焔がチリチリと揺らめいている。


「お主のことは存じておるぞ。城下町のパン屋の息子であったな」


 魔王は右手をあげた。玉座の向こうの薄闇から二体の影が蠢く。


「なに」


 ぎこちない操り人形のように、二体の影が明るみに出た。


「ここに不死者(アンデッド)となったお主の両親を呼んでおる。感動の再会を果たすが良い」


「やめろ…」


 勇者の視界が歪む。頬を伝う雫。


 父も母も、目は虚ろで皮膚は土色だった。


 両親の姿をしながら、彼らではない存在。命への蹂躙、冒涜は魔族の嗜みといえる。魔王は牙のような犬歯を突き出し薄く笑った。


「彼ら不死者(アンデッド)は…魂こそ消滅しておるが、肉体はあの日のままだ。我輩が特別な魔法をかければ、在りし日の彼らを演じさせることもできる…このようにな」


 魔王が右手を上げたまま、人差し指と中指をクイクイと動かす。


「イサム…朝ごごごごご飯、ででききたわよよよよ」


 母が両手をでたらめに動かし、上を向いたままだらしなく口を開ける。長らく声帯を使っていないためか、少し篭ってはいるが、それは母の声だった。


「おおおいいいしそうなハハハハンバーグだなななな、母さんんん、イサム、手を洗いなささささささい」


 続いて父。母に向かい笑いかけるふりをするが、目の焦点は合っていない。それは意図的に喋らされている腹話術人形のようだった。


「や…やめろ」


「お行儀ががががが、悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い、わよよよよ、神さまにお祈りしなささささささささささいいいいい、イサム」


 生前の母の口癖。魔王はそれまで探り当て、不自然ではあるが完全再現させた。


「いい子だぞぞぞぞぞぞぞ、イサム、父さんと釣りに行くかかかかかかかかかか」


 父の口癖までもが再現された。目の前で踊らされている二体の不死者(アンデッド)は、皮肉なことに世界で最も生前の父母に近い存在といえる。


「やめろ!!!!」


 勇者は目を瞑り、剣を振るった。


 一閃。

 父母の不死者(アンデッド)は、全身を木っ端微塵にされた。


「鍛錬でそこまでの能力を手に入れたのか…いや、違うな」


 魔王が顎に手を充て、勇者を値踏みする。


「勇者適合診断に引っかからぬよう、人殺しだけは避けた。…だが、ここまでの力を手に入れるため、ありとあらゆることをやってきたさ…窃盗、暴行、脅迫、恐喝、有能な人物からの能力の奪取、希少道具(レアアイテム)の強奪、宮廷内の人心掌握…」


 勇者は濡れた頬を拭いながら、すべてを告白し、魔王を睨んだ。


「分かるぞ…手段を選ばぬうち、他者を虐げ支配する快楽を知ったのだろう。お主からは我ら魔族に近い匂いがする」


「だから、何だ」


 剣を構えなおす勇者の全身から、青紫色の闘志(オーラ)が滲み出る。魔王は嬉しそうにそれを見つめた。


「どうだ、我輩の配下にならぬか。いずれお前が死ぬとき魂は地獄に堕ちる。我輩のものになるのが少し早まるだけだ」


「ほざけ。魔王とて死ねば地獄の魂の一つに過ぎんだろう。お前を殺すことだけを考えてきた…刺し違えてでもな」


 勇者は剣先を玉座に向ける。


「ならば我輩も剣を抜こう…好敵手として、お主を殺すのは惜しいがな」


 魔王は溜息とともに玉座から立ち上がり、腰元の剣を抜いて勇者に向けた。


「死ね!!!!魔王!!!!!!!」


 讒謗に似た怒号。


 勇者は地面を蹴り上げ、魔王に突進する。王宮内の柱がすさまじい闘志(オーラ)の煽りを受け亀裂を走らせた。


「剣戟魔法…雷鳴竜巻(サンダートルネード)ォォォ!!!!」


「全力を受け止めてやろう!勇者イサム!!!!!剣戟魔法…焔業煉獄(カルマ)!!!!!」


 魔王も玉座を蹴り飛ばし、愉快そうに笑いながら深紅の闘志(オーラ)を迸らせ勇者に突進する。


 晴天はどよめき、いつの間にか嵐を呼び込んでいた。雷鳴。轟音。


 王宮に差し込む稲光と共に、激しい衝突音。天井が崩れ去り、地面が波打ち割れる。柱がそこかしこで倒壊し、やがて二人の姿は見えなくなった。



 新宿歌舞伎町の夜は更けていた。


 ホストクラブ「デウス・デウス・デウス」は、一等地雑居ビル二階にある高級店である。


「私のぜんぶを…受け止めてくれたのは、あなただけ…(いさむ)


 店内VIPルームで年の頃、四十代半ばの化粧の濃い女がグラスを傾けながら呟く。


 間接照明に照らされたスペード、ハート、ダイヤ、クラブの模様がブラックライトで青く滲んでいた。上等な革張りのソファにも注意深く目を凝らすと、複雑な幾何学模様が刻まれているのが分かる。


「君は、なにも悪いことなんてしていない」


 女の左隣で足を組み、答えたのは勇者イサム――こと、この店ナンバーワンホスト、白土(しらつち)(いさむ)だった。


「みんな私を疫病神って呼ぶのよ」


「旦那さんの死は、君とは関係ない」


 勇は女の肩を抱き、耳元で囁く。


 女の右傍らに置かれたブランド物バッグは開きっぱなしで札束が見えていた。「頭の悪い女だ」と勇は、女の肩越しで唇の端を歪める。


「彼が…なにかおかしいのは気づいてた」


 女は震え始める。


「しかし、保険会社は不慮の事故として認定した。君には一切の責任がない」


 勇は女を抱きしめたまま離れずに、小声で言った。


「三回目の再婚…今までの夫みんなが事故死だとしても?」


「ああ、運が悪かっただけだよ」


「仮に私が…腹黒い女だとしたら、どうかしら」


 ようやく勇は女から離れ、まっすぐ目を見つめた。


「それでも…おれは君を愛する」


「なぜ?…勇、あなたは人の皮を被った悪魔でも愛せるというの?」


「もちろん」


 勇は女を抱き寄せ、頭を撫でた。


 バッグから札束が覗いていたのは女の不注意ではない。女は札束をチラつかせ、仮初(かりそめ)の愛を望んでいるのだ。子供だましのような方法でしかホスト遊びができないこの女を、勇は心中、蔑んだが、表情にそれを出すことはなかった。


「勇…」


 女の目が潤み始める。勇派は女が求める最善の言葉を、呪文のように紡ぎ出した。


「正しくないもの、間違っているものを愛していけないと誰が決めた?君はおれのために献身的な愛を注いでくれる。それは君の中にある純粋な動機、人間らしい部分だ。おれには君が必要なんだ」


「このお店で一番高いドンペリを頼んで。今日は十段でいくわ」


 嗚咽しながら、女は席の端に追いやられていた下っ端のホストに声をかけた。


「ドンペリ、シャンパンタワー入りましたぁ~!!!!!」


 下っ端ホストの号令とともに、店内でコールが湧き上がる。


 ピラミッド上に積み上げられたグラスに、ドンペリがなみなみと注がれる。十段重ね。値段にして数百万。ガングロに金髪の店長が、向こうで下卑た笑みを浮かべる。


「溜まった黒いものを、こうして綺麗なシャンパンタワーで浄化する。頭のいい女性は好きだよ」


 勇は、女の巻き髪を指で弄んだ。


「勇…ひどい人」


「なぜ泣くの」


「私はこれだけ自分を曝け出して、なんでも話したのに…あなたは自分のことを語ってはくれない…数週間でこのお店のナンバーワンに昇りつめたあなたは、只者ではないわ…」


 女は嗚咽した。過去に三名を何がしかの方法で殺害したであろう女とは思えない、情緒不安定さだった。人は誰しも心動かされる存在の前では、冷静でいられなくなる。勇はこの女の心を完全に侵略できたことに満足の笑みを浮かべた。


「たくさん泣いていい。ここはボックス席だから」


 勇は女を胸に抱く。高級スーツに下品な汚れが付着してもいい。それも演出のうちなのだ。


「…男遊びを続けてきた私には分かるの。あなたは普通の人じゃない。最近、異世界からの難民や漂流者が、東京で何人か現れたというのをニュースで聞いたわ。あなた、もしかして…」


 顔を上げた女の化粧は溶け、年相応の顔がそこにあった。


「そう、おれは異世界からの漂流者…」


 勇は目を瞑る。


 おれは、どこから来た…なんのために。と己に問いかける。

 そう、魔王だ。数週間前、王宮での戦いで見失った魔王を追いかけて、ここ異世界の東京までやって来たのだ。


 空間の歪み、亀裂とも呼ばれるようだが、日本の東京では、ある時期、一斉に異世界と異世界を繋ぐ渦が出現したらしい。


 崩落する王宮の中で、魔王が渦に吸い込まれるのを見た勇は、自ら進んで渦に飛び込んだ。やって来たのは東京の上野という場所だった。魔王はそこにはおらず、しばらくして渦も消滅した。


 途方に暮れた勇は、政府の人間に声をかけられた。話の内容としては、研究データが正しければ渦が次に出現するのは一年後。魔王は記憶を失い、某所で保護されている。一年間、彼と休戦し、彼が暴走しないよう監視してもらえないだろうか、というものだった。


 日本政府の要求を受け入れる筋合いはなかったが、どうせ魔王を殺すならば、記憶を取り戻した状態で、懺悔させながら殺してやりたいという思いから、勇は承諾した。


 勇は目を開けた。


「…君を救うためにやってきた王子様…かもしれないよ…なんてね♪」


 人の良さそうな微笑を女に向ける。宮廷内で、戦地で、敵国で、人たらしをしてきた勇にとって造作もないことだった。


「嘘つき…」


 女は泣き始める。だが、それは絶望の表情でないことが勇には理解できた。


「嘘つきは嫌いかい?」


「…嫌いになんてなれない。いっそ破滅するまで私を騙し続けて…」


 勇は女を抱きしめ、唇の端を歪めて笑った。今日の売り上げは数百万。女の欲求を店の中で数時間満たしてやるだけにしては、破格の報酬だった。



 深夜一時。

 閉店後の店内で、勇はネクタイの結び目を緩めた。


 店長の水田が愛想笑いをしながら、今日の売り上げを述べる。周囲のホストたちは異世界から迷い込んできた新人がトップに躍り出たことを快く思っておらず、面白く無さそうな顔をするが、


「皆様のおかげです、こんな新人に働きやすい環境を与えてくださり、感謝します」と深々とお辞儀をすると「がんばれよ、新人」と返してきた。


(ボンクラどもが)


 勇は心中、彼らに毒づく。だが顔には笑みを貼り付けたままだった。


 懐のスマホが振動する。当初、日本政府から支給されたものだったが、前借した給料でそれを買い取った。


 発信者は「國分」日本の外務省の役人だった。勇は右手にスマホをとり、無言で通話ボタンを押す。


「例の魔王さんの件ですが、遅ればせながらアパートへの入居が決まりましたので、勇者さんにお知らせします」


 國分がさっそく話し始めた。勇は周囲を気にしながらVIPルームの奥へ移動する。


「國分さん…随分と時間がかかりましたね。正直、待ちくたびれました。暇潰しに夜のアルバイトをやるほどです」


「この世界に来て早々、随分と人気がおありのようですね…ネットであなたは新進気鋭のカリスマホストだ」


 國分の皮肉が嫌味に聞こえないのは、多少なりとも勇に自信があったためだろう。


「女性の悩み相談をしているだけですよ。それより詳細を」


 勇は低い声で言った。向こうで國分の咳払いが聞こえ、数秒してから話が再開された。


「そうですね、失礼。まずは状況確認からいきましょうか。あなたもご存知の通り、圧倒的戦闘力を誇る異世界人…記憶喪失の魔王さんを、どこで保護するかが日本政府の重要課題でした。というわけで急ごしらえの住み家として、高円寺のシェルターに隔離をしましたが、あれで防げるのはこの世界における核爆弾程度…魔王さんが隔離されていることに気づき、頑丈な壁を壊し逃亡すれば元も子もない…」


「でしょうね」


 だからこそ、このおれがいるんだろうが、という言葉を飲み込んだ。


「そういった状況を避けるためにも、政府としては、心もとないシェルターに彼を隔離しておくより、いっそのこと自由な体裁で泳がせておいて、いざ彼が記憶を取り戻し暴走した際に、封じ込めらる戦闘力をもった人物を、身近な監視役としてつけることにしたわけです。そしてその適任者が今日の夕方、ようやく見つかり、無事、魔王さんは、あなたや他の異世界人の方々が集められた政府指定の特別アパート、バベルタワー中野へ入居完了…といった流れになります」


「魔王を封じ込められる戦闘力…?またまた、ご冗談を」


 勇は、國分の言う「適任者」という表現に引っかかった。


「少なくとも彼ならば、魔王を取り逃がすようなことはないでしょう。命ある限り敵に喰らいつく性格ですからね」


「いやぁ、國分さんも痛いトコつくなぁ」


 通話越しに愛想笑いを浮かべつつ舌打ちを堪えた。國分は、魔王を仕留めそこなった勇を戦力的に信用していないのだ。


「彼の名は改造戦士サンダルガー。ここ百年で三本の指にはいる最強のヒーローといわれています」


 國分は語気を強めて言い放つ。


「失礼ですが、どれほどのものでしょう。この惑星の軍事力はネットで調べましたけども…」


 勇は鼻を鳴らした。


「度重なる悪の組織の勃興、襲撃によってこの国は表向きにできない軍事力を研究、保持してきました…改造戦士サンダルガーは、時代遅れの機械改造戦士と呼ばれていますが、純粋な戦闘力は、あなたと同等か…それ以上といえます」


「おもしろい冗談をいいますね。私、こう見えても強いんですよ」


 勇はテーブルの上のおしぼりを左手でつまむと、天井に放り投げた。


「明日、バベルタワー中野、十二室の住民と、管理人改造戦士サンダルガーによる親睦会があるのは、さきほどメールでもお伝えしましたが、いざとなった時に共闘できるよう、彼とあなたには協力関係になっていただきたい」


「分かりました。楽しみですね」


 勇は、落下するおしぼりに焔属性の魔法をかけ、一瞬で灰にした。燃えカスだけがパラパラとテーブルに散る。


「魔王さんの記憶を刺激しない為にも、あなたには人工皮膚マスクを着用していただきます。彼が記憶を取り戻さない限り、一年後あちらの世界へあなたたちが帰還されるまで、一切の交戦をせず、あくまで監視役に徹していただく約束はお守りくださいね」


 國分は念を押すように言った。


「大丈夫です。私としてもこの美しい東京が、一気に死の街になるのは避けたい」


 勇は建前を述べる。


「ご理解、感謝します。それでは」


 通話が途切れる。勇は、無機質な模様の待ち受け画面に戻ったスマホをソファに放り投げた。


「魔法もない世界が偉そうに。このおれと同等かそれ以上だと…気に入らないな…改造戦士サンダルガー……」


 勇は、アパート自室の押入れにある、勇者の剣が無性に恋しくなった。

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