01.人類七十億人を救った少年
「君のような華奢な少年が…あの、改造戦士サンダルガーだったのか」
デスクを挟んだ先には、メサイアコーポレーションの重役たち。
口を開いたのは、代表取締役の正田だった。
「はい」
今年、十七になる少年は俯きながらその言葉を肯定する。
名を、霆雷丸と言う。小刻みに震える少女のような風貌に、クセの強い赤毛が特徴であった。
「必殺技はいくつあるのかね」
「電気ショックパンチ、感電キック、雷電アタック、電光石火エネルギー弾…他にも電流系の技をいろいろ」
正田の値踏みするような視線に耐え切れず、雷丸は言い終えたあと唾を飲み込んだ。膝の擦り切れたジーンズに黒のポロシャツ、からし色のスカーフが面接会場にそぐわないが、ヒーロー以外の社会経験のなさ故、本人にその自覚はなかった。
「にしても、まだ高校生じゃないか。ご苦労だったね…ええと、あの悪の組織の名前…何だったかね」
「悪の組織ババイヤバンです」
「そうだ、そうだ。あの凶悪極まりない悪の組織…ババイヤバンから、人類七十億を守ってくれて、人類代表として感謝している」
正田が相好を崩す。
「あ、いえ」
自らの功績を讃えられ、雷丸も微笑した。
雷丸の円らな目の下から、ふっくらした両頬にかけて左右一本ずつ、痣のような、刺青のような、奇妙な二本のラインが伸びているのは、彼が改造戦士である印だった。
「だが…君も知る通り…この百年間、なぜか毎年、春になると新しい悪の組織が現れる。それに伴い、ヒーローも入れ替えしなければならないわけだが…」
正田が口ごもる。
「…通常、ヒーローは一年で任期終了だ。なぜ二年連続でヒーローをやりたいのだね?」
正田はデスクの上にある資料「レスキュー戦闘隊イレブンナインズ」の企画書に視線を落としながら言った。
「借金があって…」
「ふむ。二百五十に及ぶ器物損壊、うち二百三十六回が、政府の閣議決定による出動要請が出る前の戦闘によるものらしいね。これでは国から保障が出ないのも当然だな」
俯く雷丸を窘めるつもりはない。だが、正田は厳然たる社会のルールを少年に諭すように言った。
「被害者が出る一方で、政府の出動要請を待ってられなかったんです」
「実に素晴らしい。法よりも人命優先という事だね」
正田は鼻を鳴らす。左右に座る重役たちも深く頷いた。
「…だが、それは今回、うちの会社が募集する五人組戦闘隊としては致命的だ。何より協調性が求められる現場になるからね…それに…」
資料をめくる音。
そこには候補者たちの小さな写真が、簡単なPRとともにカラー印刷されていた。雷丸の宣伝写真に比べ、他の者たちは売り出し中のアイドルのように明るい笑顔で収まっている。
「他の候補者は皆、有機改造による戦士たちだ。君のように…その、何と言うかだな…機械による改造戦士と言うのは…機能も、変身後のヴィジュアルにしても、カラーにそぐわないのだよ。…知ってのとおり、ヒーローは国防費だけではやっていけない。グッズ収益…玩具やソーセージなどの売り上げが、開発費や活動費用に充てられる」
正田の言葉に嘘はない。強化改造を繰り返す悪の組織の怪人たちの進化は目まぐるしく、ヒーローがさらなる戦闘力を手に入れるには、また圧倒的勝利を華麗に収める為には、身体改造、武器開発、製造などが必須となり、国防費だけでは賄いきれないのが現状だった。
「ところで、君が前に所属していたヒーロー派遣会社は…」
「岩清水機械研究所です」
雷丸が、ぼそっと言った。
「そうそう、岩清水さんね。数十年間、政府お抱えのヒーロー製作所であり、派遣会社だった岩清水さん。あの会社は、改造方針といい、ヒーローのデザインといい、常に昔気質だったからね…まぁ、時代にそぐわないと言うか、それが災いして、政府も今期からうちに乗り換えたわけだが…あ、いやいや失礼…」
「ぼくは不合格でしょうか」
ふむ、と正田は顎に手を充て、考える仕草をした。
「どこかの企業の警備や、芸能人のボディガードとして働く選択肢はないのかね?たしかに普通の仕事では、この額の借金を返すのは困難だろうが…両親のいない君は、まず当面の生活費を稼いで、学業にも励みつつ、地道にコツコツ借金返済を考えていくべきだと私は思うがね…。一年間、世界の平和を守ったんだ。これからは自分の為だけに生きてほしいと思う…これは私の個人的意見だがね」
正田は幼子を説得するように、眉尻を下げて問う。
「分かりました」
発言の真意を理解し、雷丸は腰を浮かせた。
「落ち込まないでくれたまえ…実は…これはオフレコだが、君には個人的にも感謝しているんだ…八月に銀座高級デパートが怪人パッパラパーに襲撃された際も、先程聞いたとおり君は政府の制止も聞かず出撃したらしいじゃないか…」
正田の声のトーンが下がった。
「…結果、あの時、私の妻と娘は命を救われた。本当に感謝しているんだ」
「いえ、使命を果たしたまでです。失礼します」
雷丸は一礼し、面接の部屋を後にした。
◆
雷丸が、下宿先の岩清水機械研究所に戻ったのは、夕暮れ時だった。そこは研究所とは名ばかりの製鉄所だった。
「よう、雷丸。面接うまくいったか」
油にまみれた作業服姿の岩清水和機が声をかけてきた。五十代の細面の色黒な男で、オールバックの頭髪や口ひげに白いものが目立つ。
「あ、いやいや、ちょっと待ってな、まだ答えるな。これ見たら休憩だ」
この一年の改造戦士サンダルガーの働きが功を成して、機械兵士の注文が外国や民間警備会社から殺到してるようで、岩清水は忙しなく装甲板のチェックをしていた。
ヒーロー経済効果の恩恵は、翌年に必ず返ってくる。先程の面接でも言及されたように、メサイアコーポレーションが躍起になってヒーロー玩具やソーセージを売り出し、自腹を切ってまでヒーローのパワーアップ開発に勤しむ理由は、そこにあった。
「面接うまくいったよ。でも、おれの方から断るかも」
雷丸は鼻を擦りながら言った。
「どうしてだ」
岩清水は鼻を黒く汚したまま、調整中の機械兵士から離れ、作業代の上でタバコに火をつける。
「先方の社長、岩清水さんの機械改造技術をすごい褒めてたよ。でも五人組のヒーローのうち、おれのように一人だけスペックが高いヒーローがいると、チームとしてのバランスが悪くなるんだってさ。だから…おれみたいに最強機械ヒーローがいると、他の四人のメンツが立たないし、おれの方から断るつもりでいる」
「ふん。嘘が下手なやつだ」
「嘘だとどうして分かるのさ」
「その先方から、さっきウチに連絡が来たんだよ。今回はすいません、とな」
「岩清水さんも人が悪いな。だったら聞くなよ」
雷丸は両手をあげ、溜息をついた。岩清水は軽口を叩ける数少ない友人であり、家族だった。
「悪い、悪い。だが、次の瞬間には俺に感謝することになるぞ」
岩清水がタバコを空き缶に押し付ける。
「どういう意味だい」
「吉報だよ、吉報」
岩清水の目は輝いていた。
以前、改造戦士サンダルガーのパワードスーツに、新開発した必殺技をインストールする時よくこの表情になっていたものだ。
「メサイアコーポレーションの社長さん、お前に家族を救われたんだって?心底、感謝してたぜ。そんでもって、なんとか力になってやりたいと、お前宛に仕事を回してくれたんだ」
「どんな仕事さ」
「あるワケアリ物件のアパートがあるそうな。そこの管理人を一年勤めてくれるなら、借金の倍額の報酬を前金で払うそうだ。よほど信頼されるんだな」
岩清水は二本目のタバコに火をつける。
「ワケあり?ば、ば、ば、倍額?」
「異世界からの難民など世界を滅ぼしかねない要注意人物たちを一箇所に集めたアパートだそうだ。彼らが向こうの世界に帰るのがちょうど一年後なんだとさ」
「へぇ」
「リストやるよ。読んでおけ」
雷丸は、岩清水から渡された資料を手に取った。
「記憶喪失の魔王。それを追いかけてきた勇者。魔法少女。超能力少女。宇宙人。その他いろいろ…これは…」
「どうする?やるか。先方さんは今夜中に答えがほしいようだ。ちなみにおれはマージンなど一切受け取らないぜ。報酬は全額お前に渡してやってくれと言ったさ。その年であんだけの借金背負わせるのは、おれとしても居心地が悪いんだ」
「もちろん、やります!やらせてください!」
雷丸は言った。今日一番の溌剌とした声だった。




