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改造戦士サンダルガー  作者: 実時 彰良
登場人物
13/15

12.鈍感男は、意図せずして破壊を齎す。

 歌舞伎町のキャバクラ「カタストロフィー」の店内で、ガッハッハと大笑いが響いた。


 平日の午後八時。


 仕事帰りのサラリーマンが多い中、店内の一番奥のソファに、白Tシャツにベレー帽の中年男が座っていた。


「ガッハッハッハ!おれさ、作家なんだわ~!いつかお姉ちゃんたちを作品に登場させてあげるからさ、今のうちにサービスして、して」


 腹が迫り出し、短パンから伸びた足からは、ヒジキのような脛毛が茂っている。


 男の左隣には、どういった関係かは分からないが気の弱そうなオタク青年が座っていて、彼ら二人を囲むようにして、両脇に巻き髪の平凡な顔つきのキャストが水割りをつくっている。


「シャーロックさんはぁ~、どぉんな作品を書いてるのぉん?」


 男――、シャーロックの右隣に座るキャスト、アッコが巻き髪をいじりながら訊いてきた。シャーロックはいい質問だとばかりに満足そうに頷くと、水割りにクチをつける。


「推理だよ、推理、す~い~り!俺さ、人を見る目だけはあるんだわ!だから洞察眼っての?それを基盤にして推理小説を書いてるんだわ!ガハハハ」


「本を何冊か出してるのぉん?」


 アッコは巻き髪をいじりながら訊くが、目は男のほうを向いてない。


「まだ!まだだよ!環境が悪いんだわ!だから俺のほうから選んでるの!!!ガハハハ!!!」


「そうなのぉん?何年くらい書いてるのぉん?」


「ん?二十年だ、ガハハハ。ハタチから書き始めたからな。あ!これじゃ年バレちまうな~俺は二十五歳だぞう~?アッコちゃん」


「今まで何ページくらい書いたのぉん?」


「アッコちゃん!!!」


 シャーロックのツレのオタク青年の左隣――、つまりアッコの反対側に座るキャストのユリが、アッコを窘めた。


「ん?どうしたのぉん、ユリちゃん」


「いいから…」


 シャーロックとは長い付き合いのユリはそれ以上、何も訊くなと言いたいようだった。


「今まで書いたのは、十ページだな!ガハハハハ!載せてるのもホームページ!ガハハハ!!!」


「え!!!二十年で、たった十ペー…」と、そこまで言いかけた時、ユリはアッコの口を塞ぐ。


 だが、シャーロックの言葉は止まらなかった。


「俺のはさ、超大作なんだわ!!!ガハハハ!!!だからさ、じ~っくり、ゆ~っくり書くの!!!おい、ワトソン、お前も酒飲めよ!!!ガハハ」


 シャーロックの左隣の青年――、ワトソンは「あ、はい」と遠慮がちに水割りに口をつける。


「しっかしよぉ、アッコちゃんもユリちゃんもさ、すっごいイイコだよなぁ、ガハハハ!!!」


「え~、なんでぇ?」


「俺はイケてるからともかく、俺のツレのワトソンみたいな野郎を相手にさ、偏見もたずに接客してくれてるんだもんなぁ?ガハハハ!!!」


「ん?」アッコもユリもきょとんとして意味が理解できなかった。


 ホームズはワトソンの肩を愛しそうに抱く。


「なぁ、ワトソン!良かったな!これからも俺のことを兄貴だと思ってくれよな、ワトソン!ガハハハ!!!!お前みたいな気持ちの悪いオタクにさ、偏見を持たずに、友達づきあいできるヤツなんて、そうそういねぇよ!!!!俺さ、優しさにだけは自信があるんだよ。ガハハハ!!!」


 ホームズはさらに愛しそうにワトソンの肩を抱き、揺すった。ワトソンは「あ、はい」と苦笑いを浮かべる。


「ん~でもね。もし偏見がなかったら、偏見がどうとか、そんなことをイチイチ言わないんじゃないのぉん?それにぃ~、シャーロックさん自身がワトソンくんに偏見があるからこそ、あえて傍に置いて、優しい自分を演出してるんじゃないのぉん?偽善者っていうかぁ…ワトソンくんに偏見があるのはぁ、私たちじゃなくて、ホームズさん自身だと思うよぉん?っていうか、二十年で十ページしか作品を書いてないのも、ホームズさん自身に作家としての自信がないからじゃないのぉん?自信がない作家志望の人って、なんだかんだ理由をつけて、作品の発表をもったいぶるよね。それで青い鳥を探すようにして環境の責任にするよね。おまけに自分を肯定してくれる気の弱い人を傍に置いて優越にひたるよね。女の子の世界にはよくあることだけど、男同士でもそういうのあるんだねぇ~、うふふ」


「アッコちゃん!!!!!!!!あんた何言ってるの!!!!」


 ユリがアッコの口を塞ぐ。アッコは「え?どうして」と困惑顔だった。


 いくら鈍感な男でも自分を否定されたことには敏感だった。ホームズの顔に不機嫌の色が浮かぶ。


「なんかよぉ~。アッコとかいう女、つまらねぇや…。おい!ボーイ!もっと気持ちのいい女つれこい!チェンジだ、チェンジ」


 アッコはボーイに連れて行かれ、代わりにマサコという女が座った。


 ホームズたちと向き合う側のソファには、髑髏の面をした白髪の大男が水割りを飲みながら彼らを見ていた。



「んじゃさ、俺、プロファイリングが得意だからさ。マサコちゃんやユリちゃんのプライベートを推理するよ、推理!!!ガハハハ!!!」


 シャーロックが水割りをガブガブ飲みながら、上機嫌になりながら提案する。


「あ、いつものヤツね…マサコちゃん、ちょっといい?」


 ユリが立ち上がり、マサコに何かを耳打ちする。


「んじゃ、最初、マサコちゃんからで、いいかな?ガハハ!!!マサコちゃんの住まいは~台東区、上野だろ?ガハハハ!!!」


 シャーロックはマサコの肩を抱きながら得意そうに言った。


「え…ちが…じゃなかった、当たり!当たりだよ!!!なんで分かったの?シャーロックさん?」


 マサコは立ち上がって驚愕の表情を浮かべて拍手する。


「マサコちゃん…いや、マサコ!もう呼び捨てにしちゃうぞガハハ!!!マサコの出身は東北だな?訛ってるぞ少し。んで東北からの玄関は上野!はじめて東京で降りた場所は上野!だからさ、上野が東京のすべてに見えたんだろ~?マサコ、お前は惚れっぽい!上野に感動したお前は、上野で住むことにした!違うか?ガハハハ!!!」


「私の生まれは愛知…じゃなかった、そうそう、福島!福島よ!なんで惚れっぽいって分かったの~?超あたり~!!!」


「ガハハハ!!!!プロファイリングだよ、プロファイリング!!!」


 シャーロックの左隣では、ワトソンが泥酔しぐったりしていた。ユリは、これでめんどくさい客、シャーロックの接客に専念ができるとばかりに、シャーロックから目を離さない。


「んじゃ~、次はユリな。お前とはもう長い付き合いだし、このゲームも成立しなくなりつつある。だがしかし、お前の初体験については、ま~だ聞いてねぇぞ。ガハハハ!!!!」


 ユリはワトソンの左隣の席を立つと、シャーロックの前までやってきて、立ちはだかった。


「じゃあ、私の初体験の年齢を当ててみてよ、シャーロックちゃん!!!」


 そしてユリは、左手を自らの腰に当て、右手人差し指をシャーロックに突きつけ、ステレオタイプな「挑戦的」なポーズをした。


「お前はさ~、目を見て話さないタイプだから奥手だろう?俺がデート誘ったのに無視するしよ、ガハハハ!!!俺は二回、無視されたら次に誘うのは一年後って決めてんだ、ガハハハ!!!ユリ、お前は恥ずかしがりやの奥手だろ!!!ガハハハ!!!」


 シャーロックの質問にユリは「当たり!」と言うが、目は泳いでいた。おそらく実際は、言われたように奥手ではないのだろう。


「お前の初体験は18才、高3!どうだ!ガハハハ!!!!」


「正解~!!!シャーロックちゃんって観察眼、すっごいね~!」


「え、でもユリさんの初体験は、16才じゃ…」と言いかけたマサコの口を、ユリが塞いだ。


「んじゃさ、初体験の場所を当ててやろうか?俺の観察眼、プロファイリングはダテじゃねぇぞ~??ガハハハ!!!!」


 シャーロックは顎に手を充てる仕草で、ユリの身体中を眺める。


「お前、初体験は体育館だろ?ガハハ!!!膝が汚いなユリ。膝が汚いお前は高校時代、バレー部だった!何度も膝をついてそれが茶色い痣になったんだろ?ガハハハ!!!ガハハハ!!!んで相手はさ、バレー部の顧問の先生!!!どうだ!??ガハハハ!!!」


 ユリの膝はたしかに汚かった。


 だが、ユリがその言葉に腹を立てている様子はない。ユリは両手を口に当てるしぐさをしながら、目に涙を浮かべていた。


「すごい…当たってる…」


 これまでの反応とは明らかに違う。ユリは感動していた。


「あったり前だろ!!!!この店でお前と出会ってもう二年だぞ!!!それくらい分かるわ!!!ガハハハ!!!ってか、毎回当たってるだろ?今回だけの話じゃないだろう?ガハハハ!!!」


「やっと、やっと…当たった…あた…」


 ユリはそう言いながら、急に白目を剥き、グっと立ったまま痙攣しはじめた。


「あた…ぎゅ、あごえっ!!あごひゃきじっ!!!あぎゃあ!!!あぎゃぁ!!!」


 立ったままのユリの身体のあちらこちらの血管が浮かび上がり、ユリはバタバタしながら震え上がり爪先立ちになった。


「ぎょえっぐし、ぎょぼえっぐっぐ、ぎょぼげ!!!!」


 その瞬間。


 パァン…という破裂音とともに、ユリの身体が飛散した。


 夥しい血液がテーブルと床を汚す。皮膚、骨の欠片、内臓、脳漿、が店中のそこかしこに飛び散り、客やキャストたちの身体やテーブル上のグラスの中を真っ赤に染めた。


「きゃあああああ!!!」


 マサコや他のキャストたちの叫びに、ワトソンが飛び上がった。


「うわぁぁあ!!!ま、まさか!!!まさかホームズさん!!!」


 それ以上、ワトソンは何も言わなかった。


 一方ホームズは意識を失い、グッタリとしていた。



「当たらない推理。当たってしまったら、相手が爆発してしまう能力とは、コレか…」


 髑髏の仮面をした白髪で巨躯の男が、ワトソンたちの前に立ちはだかる。


 店内には誰もいない。ボーイや支配人たちは、これを爆弾テロと思い避難し、今ごろ警察に電話していることだろう。


「はじめましてワトソンくん。シャーロックくんは気絶しているが、君と話したいと思っていたから、ちょうどいい。私は悪の組織アンジャスダイの、アンジャス総統だ。政府特別措置枠ヒューマンとしてバベルタワー中野の三階B号室に住むシャーロック家入くんと、その助手のワトソンくん。私は君たちを悪の組織アンジャスダイに勧誘しにきた。外で車を待たせてある。私と一緒に来ないかね?」


 アンジャス総統は金の外套(マント)を優雅に翻し、髑髏があしらわれた杖を彼らに向けた。


「いいいいいい、いきます。とりあえず、ここここを出ないと」


 ワトソンは頷く。


 そしてアンジャス総統は、軽々とシャーロック家入を担ぎ上げ、三者の飲み代である十万をテーブルに置くと、ワトソンと共に悠々と店を出て行った。

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