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改造戦士サンダルガー  作者: 実時 彰良
登場人物
11/15

10.暗殺者は、悪の組織のトップ「アンジャス総統」の命を狙う。

 ここ連日どしゃぶりだった。ようやく平和の訪れた雨上がりの空を、窓から眺める。


 南の島の海面のような、真っ青な空。まるでCGかと思うほど完璧な虹が架かっている。モーニングコーヒーを啜りながら、窓とカーテンを閉めると、天井から垂れる、ぶつ切れの蜘蛛の糸が視界に入った。


 視線を落とす。そこには、窓枠に付着した水滴で溺れる小さな蜘蛛がいた。


 多田羅(たたら)正和(まさかず)は、繊細な指先で瀕死の蜘蛛を掬い上げ、壁へと移した。這うようにして蜘蛛は天井へ避難してゆく。


「おれがいつか地獄へ堕ちたら、蜘蛛の糸を垂らしてくれよ」


 多田羅は薄く笑った。目元の涼しい、豊かな黒髪をオールバックにした美青年だが、実年齢は見た目よりも三割増しの三十代後半だった。


 日本政府お抱えの「暗殺者」である多田羅が「バベルタワー中野」の一階D号室へ引っ越してきて、もうすぐ二週間が経つ。


 外務省の國分に「親睦会」に参加してくれ、と懇願されたが断った。日本政府から仕事を得ている今は、いわば国家公務員として表の肩書きを得ているものの、元々はならず者の人殺しに過ぎない多田羅は、人に顔を憶えられる、人と関わることを極端に嫌った。


 それに――。


 バベルタワー中野の住人たちは、日本政府の切り札であり、悩みの種でもある諸刃の剣「政府特別措置枠ヒューマン」である。


 もしも彼らが暴走した際、日本政府の手に負えなくなった彼らに手を下すのは、多田羅の仕事である。今までそんなケースは数える程しかなかったが、もしもターゲットに情が移ってしまい、殺せなくなってしまっては商売あがったりである。


 人殺しは人殺しらしく、ひっそり大人しく日陰で生きていくのが一番だ。


 多田羅は天井の蜘蛛を見つめながら、煙草に火をつけた。



 その日の午後、数ヶ月ぶりの仕事の着信が入った。


 発信者は、もちろん日本政府の役人。


 これまでに国家の安全保障を揺るがすテロリストや、宗教団体教祖、時には悪の組織幹部の暗殺を依頼されたこともあった。ヒーローの仕事が、只の人間である多田羅に回されるほど、腕を買われているのは間違いない。


 依頼金は一度につき、五千万から一億。


 毎月の給与とは別に大金が支払われる。国家の機密費扱いなので課税されず、多田羅の口座には、手付かずの数億円が眠っている。


 多田羅はコーヒーカップをステンレス製のテーブルに置いたあと、スマホを操作し通話が始まった。


「おお、久しぶりだな。元気かね?今回は君に、悪の組織アンジャスダイのアンジャス総統を暗殺してほしいんだが。彼の組織の幹部には恐ろしい能力者たちがいて、政府は出が出せん。ヒーローも苦戦してる。まぁ、詳細はファックスで送るよ。それでは、決行時にまた連絡をくれ」


 役人は用件だけ言うと、多田羅の声も聞かずに一方的に通話を切った。


 ファクシミリが機械音を立てて、B5サイズの紙を何枚か吐き出す。通しナンバー順で資料をホッチキスで留める。


 本来なら、ファックスやメールの類で暗殺依頼など言語道断だった。まさに国家権力の傲慢。大義名分のある殺人なら堂々と指示できるということらしい。


 多田羅は今回のターゲットの名前と写真を確認した。


 ターゲット名は、新興・悪の組織アンジャスダイ総統――、アンジャス・チテイジ。


 推定年齢百三十四歳。地底に移り住んだネアンデルタール人で、今年の春より地上への侵攻を開始。レスキュー戦闘隊イレブンナインズの奮闘で、組織幹部全員、多数の戦闘員が地底王国へ敗走。


 当初の見立てでは、悪の組織ランクはBマイナス。


 現在、戦闘員五名と、新幹部二人で活動を再開。これによりSランクへ急浮上。


 新幹部に就任したのは「バベルタワー中野」二階C号室住人の二階堂舞二。同じく三階A号室の火箸カヤ。現在、二人とも行方不明で、アンジャス総統と行動を供にしていると思われる。いずれも拉致監禁による洗脳教育によって組織への参加が疑われる。


 二階堂舞二の生い立ち、特殊能力「嘘八百」については………火箸カヤの生い立ち、天才的頭脳については………


 彼らのプロフィールに目を通しながら、多田羅は冷めかけたコーヒーを啜った。


「これは手ごわいな」


 どんな「嘘」も百回言うことで「真実」へと変える少年、二階堂舞二。


 アンジャス総統の暗殺成功後、もし彼に「アンジャス総統を殺した犯人は、死ぬ」などと百回いわれたら、多田羅の命が危なくなる。かといってターゲットではない二階堂を殺害することはできないし、もし彼が過去に「自分を誰かが殺した場合、そいつは死ぬ」と百回、言っていた場合、やはり多田羅は死ぬこととなる。


 日本政府は、二階堂舞二がこれまで何度「嘘八百」を発動したのか正確には把握していないとのことだった。


 彼の能力を警戒し、アンジャス総統の殺害は狙撃ではなく、病死か事故死、その他、自然死に見える方法で行わなければならない。今回、多田羅の相棒の狙撃銃「バレットM82」の出番はなさそうだった。


 そして天才発明少女、火箸カヤ。


 天才発明家の両親の元に生まれ、彼らが事故死したあと、独学で爆弾の製造方法を学びあらゆる建物を爆破した。「新世紀・未成年特別保護法」に守られ、簡単な更正プログラムDVD鑑賞と数週間の自宅謹慎生活のみの賞罰を受けただけで、本格的な精神疾患の治療などを受けた形跡はない。


 多田羅は「新世紀・未成年特別保護法」という悪法に懐疑的だった。


 それは、青少年の犯罪に対する寛容と保護を訴えたもので、ざっくりいえば「人が死んでいない場合の犯罪」においては、凶悪な破壊行為であろうが、暴力行為(被害者の示談が成立した場合のみ)であろうが、十八才以下の子供は、法によって裁かれるべきではなく、愛と慈しみをもって見守ろうというめちゃくちゃな法律だった。


 法案成立には、三十年前に活躍したヒーロー「暴走ライダーブラックDX」の活躍と、彼が国会へ進出した経緯がある。


 暴走ライダーブラックDXは、悪の組織シャコウタカイから、全人類を救ったあと「自分は子供の頃、三十六回補導され、少年院にもいた」と世界に向けて告白をはじめた。


 不良少年のレッテルを貼られ、更正したくても悪の道に染まるしかなかったこと、悪の組織に改造までされたが、寸前で思いとどまり正義のヒーローとして生きていくことを決意したこと。


 そして、すべての罪を犯した未成年は、犯罪者ではなく、犯罪者にされていくのだ、と実存主義の観点から「未成年犯罪者ゼロ運動」を呼びかけ始めた。


 救世主の嘆願に日本国民の心は揺り動かされ、数年後、彼の尽力で「新世紀・未成年特別保護法」が成立、現在に至る。


 ちなみに「感情よりも、法律がまず先にあるべきだ。日本は法治国家から人治国家に成り下がってしまった」と一部の政治評論家は揶揄したが、当の本人、暴走ライダーブラックDXは、多くの国民からの支持を得た結果、与党国会議員として防衛大臣の座にふんぞり返り、ヒーローのあれこれに関する、国家安全保障の権限を掌握中である。


 ともあれ、火箸カヤ。


「時代が生み出したモンスター娘だな、こりゃ」


 多田羅は火箸カヤの経歴が書かれた紙を見て、苦笑いするしかなかった。


 また、火箸カヤの両親と、一階B号室に住む超能力少女の安東ナツの実父、マッドサイエンティストの安東士郎博士は、その昔ビジネスパートナー関係にあった、と追記されていた。


 なんと安東士郎博士は、火箸カヤの両親によって会社を完全に乗っ取られ、行き場を失ったところを日本政府の「特殊能力開発研究」に拾われたという。晩年の彼は、火箸夫妻を見返すため、それはそれは一心不乱に研究に打ち込んだらしい。だが、その行き過ぎた人体実験で多数の死者が続出。責任を取らされた彼は、研究所を追われた。そして「超能力研究」の集大成を娘の安東ナツの身体に遺し、この世を去ったというが…。


「きな臭いな」


 転がる思考。暗殺者の習性、危機を察知する能力。


 日本政府は信用ならない。自分のような暗殺者を雇うところもそうだが、奴らは世界の覇権を握る為に秘密裏に汚いことにも手を出していた。


 安東士郎博士が、火箸夫妻に追放されたのも、日本政府が彼を拾ったのも。また、彼が娘に最大の研究結果を遺したのも。この国の黒幕が暗躍しているようにしか思えなかった。


 だが、そんなことは関係ない。さらに転がる思考。暗殺者の習性その二、適応力、順応力、理解力。


 国家とは得てして策謀を巡らせ、国益を優先するものだ。悪の組織の勃興、そしてヒーロー誕生以前の、近隣諸国や米合衆国への弱腰外交を海外から嘲笑われていた過去に決別すべく、日本政府はありとあらゆる利権を行使し、常に新世界の中心となり得なければならない。


 日本政府が、こうして表と裏でいろいろ動いてるからこそ、自分たちは莫大な利益の恩恵を受けているのではないか。


 多田羅は尤もらしいことを、国家の代弁者として妄想してみる。しかし実際の彼に、政治的思想など欠片もない。


 転がり続ける思考。暗殺者の習性その三、実現性のある事柄について推量する力。


「だが…もしも、もしも海外から莫大な依頼金が舞い込めば、このおれが日本政府重鎮の頭を狙撃することだってあり得るかもしれない」


 いや。やはりそれは絶対あり得ないか…と、妄想といえ多田羅は自らの思慮の浅さに苦笑した。


 そんなことをすれば無敵のヒーローを派遣し、地の果てまで追いかけてきて死刑台に載せられるに違いないからだ。


 日本政府御用達(こっか)暗殺者(いぬ)でいるのが一番だと、結論が出たとき…さらに、もう一転がり。


「そういえば、悪の組織の誕生も…異世界との亀裂発生も、ここ日本でしか見られない。まるで世界中に向けてヒーローの存在意義を保持するかのように、常に日本が脅威の渦の中心にある…やはり日本政府は…」


 多田羅は首を振る。


 自分が考えるのは暗殺とターゲットのことだけだ。それ以外はどうでもいい。探偵に再就職するわけでもないのだから。


 思考が転がっても、首を転がすわけにはいかない。ホールに収まったゴルフボールに疑念を抱いてはいけない。


 多田羅はコーヒーに口をつける。すっかりそれは冷えていた。



 数時間後――。


 日本政府の偵察衛星によって、アンジャス総統の居場所が特定され、多田羅へと伝えられた。



 新宿歌舞伎町の区役所通りにある喫茶店のウェイターとして、多田羅はいた。日本政府の口利きで店側の協力は取り付けてある。


 まだ夕方というには明るい時間帯で、客の入りは八分くらい。客層は学生や主婦たち。打ち合わせするサラリーマンもいた。談笑や嬌声でほどよく賑わっている。


 そこそこ広々した店内の奥の席で、ちょうど一時間前から、悪の組織アンジャスダイのアンジャス総統が、優雅にコーヒーを何杯も啜っていた。


 それは白髪に髑髏の仮面をした、金の外套(マント)の大柄な男。髑髏をあしらった杖はテーブルに立てかけてある。


 ここ歌舞伎町では頭の沸いた連中が少なくない。仮装趣味の大男も、その範疇だ。アンジャス総統のような身なりの者が店や街に紛れてようが、よほどの暇人以外は気にも留めない。


 今日は悪の組織のオフ日なのだろうか。将軍マイジーや、悪の天才科学者カヤヤン博士、戦闘員たちの姿はなく、アンジャス総統は堂々と喫茶店の客に溶け込んでいた。


「これからお替りするであろう四杯目のコーヒーに最新型の毒物を混入し、アンジャス総統がそれを飲み終えた三十分以内に店じまいをしよう。そうすればヤツは自宅か、どこかの街中で心不全での突然死として処理される。ヤツが死ねば悪の組織は自然消滅するだろう…毒殺での暗殺はあまり好きではないがこれが最善策だ」


 平和ボケした店内で、世界征服を狙う男の暗殺計画を反芻する。失敗は許されない。アンジャス総統は地底人だ。地底人は毒に敏感か、毒に耐性はないか。そもそもうまく毒入りコーヒーを運べるか。


 ベテラン暗殺者とて、仕事の前は緊張する。得意とする狙撃ならまだしも、今回はキャリアの中で数度しか遂行したことのない毒殺だ。多田羅は知らず知らずに汗をかいていた。


「それマジなの~???あはは!!!」


 店内で若い主婦たちのバカ騒ぎする声。多田羅は頭を抱えたくなった。


 多田羅は調理場からアンジャス総統を盗み見て、毒物の確認をした。アンジャス総統がコーヒーカップを四十五度の角度で持ち上げた。残りはもう少ないという証だった。


 多田羅のポケットに着信音。ベストに前掛けは店のものを拝借していたがスラックスは自前だった。汗で湿った右前ポケットをまさぐりスマホを取り出す。


 メールの差出人は、日本政府の役人からだった。


「店内で、多少の死傷者が出ても構わない。武器の使用や手段は任せる。何よりもアンジャス総統の暗殺を最優先してくれ。ヤツが二階堂舞二や火箸カヤらと組んで今よりもっと力をつければ、レスキュー戦闘隊イレブンナインズでさえ歯が立たなくなるだろう。世界平和のためだ」


「店内で、多少の死傷者が出ても構わない…だと?」


 冗談じゃない。多田羅はスマホの電源を切った。


 暗殺において誰かを巻き込み、死なせることはプロ失格であり、それではただの殺人者と同じだ。美しく、迅速に、街をすり抜ける風のようにしなやかにターゲットを殺す。これが多田羅のやり方だった。


「ターゲット以外は、誰も死なせないさ」


 多田羅は、舌で乾いた唇をなぞった。


「すいませ~ん、コーヒー…」


 アンジャス総統が右手をあげる。それは本日、四杯目のコーヒーお替りの注文だった。


「はい、今おもちします」


 多田羅を本物の店員だと思い込み、アンジャス総統が髑髏の仮面の下で目を細め、お辞儀をする。世界征服を企んでるにしては、やけに親しみのあるヤツ。多田羅はそう思った。



 コーヒカップの中で黒い沼へとサラサラと吸い込まれる毒の粉。かき混ぜてやがてそれは跡形なく消えた。アンジャス総統を地獄へ落とす「毒入りコーヒー」の完成。


 多田羅が、アンジャス総統にコーヒーを運ぼうとした、その時。


 店の自動ドアが開き、奇妙なファッションセンスをした複数の男たちが入ってきた。


「この喫茶店は、我らガーゴリン教徒が乗っ取ったぁぁぁぁぁ!!!きさまら神に命を差し出せぇぇぇぇぇ!!!」


 パラララララララララララララララララララララララララララララ…


 男たちによる突然の発砲、連射される数十発の弾丸。


 小気味良い音に合わせて、店内の壁、シャンデリア、テーブル、その上にあった皿やグラスが破壊されてゆく。


「きゃあああ!!!」


 悲鳴、焦燥、絶叫。


 AK-47――、通称カラシニコフの長いバナナ型弾倉を装填しなおす男の背後で、別の男たちが発砲を繰り返す。継続されたパララララ…パララララ…パララララ…という軽妙な音。弾丸は、そこかしこの器物を食い荒らす。


 悲鳴、焦燥、絶叫。テーブルの下に隠れ耳を塞ぎ、そのうち誰も叫ばなくなった。時よ過ぎてくれ、と言わんばかりに。


 銃を構えた男たちは、全部で五名。


 誰も彼もが、頭に黄色のスカーフを巻き、これまたシンボルなのか、黄色のTシャツに黄色のズボン。足の先まで黄色いペンキを塗りたくった、元々は白と思しきスニーカーで統一していて、何かの「思想」「信条」を、視線を投げかけるすべての者へ主張してくる。


 ガーゴリン教徒。彼らはそう言っていた。


 世界を創造したとされる「絶対神ガーゴリン」を信仰するガーゴリン教徒は、世界で三十億人。カトリック、プロテスタントという主流の他に、原理主義者といった過激派テロを繰り返している連中がいる。彼らは「絶対神」のシンボルである黄色に固執し、それは近い将来、原理主義者によって齎される「再創造」の象徴であると喧伝する。


 多田羅は床に伏せながら、こんな日に限って銃を携帯していない不運を呪う。


「カネ、カネ、カネ、カネ、カネ…贅沢ばかりの資本主義の奴隷ども!!!悔い改めろ、こらぁ!!!」


 男たちが怒鳴る。発砲は一時中断していた。


「これから警察やマスコミの前で、お前らを処刑してやる!!!絶対神ガーゴリンさま万歳!!!」


 テーブルに隠れた客たちの中には怪我をしてる者もいたが、死者や致命傷を負っている者はいないようだった。


 喫茶店のガラス越しの道路には野次馬や警官隊、カメラを回したマスコミ報道陣が駆けつけていた。事件が起こってせいぜい、五、六分。おそらく店に入る前に男たちが犯行声明文を出しておいたのだろう。とはいえ、さすがは東京の新宿、歌舞伎町。成り行きを見守る多田羅は溜飲を下げた。


 そしてガラス越しに見覚えある中年男。


 それは「アンジャス総統暗殺」を命じた日本政府の役人だった。騒動を知り、駆けつけたにしては早すぎる。多田羅が無事にアンジャス総統を暗殺完了したか見極めるべく、おそらく近場からこの喫茶店を監視していたのではないか。多田羅はそう考えた。


 目が合う。役人は頷いた。アクシデントはあったが、アンジャス総統を暗殺せよという意味だ。毒入りコーヒーはどこだ?床にこぼれ、カップは割れていた。まいった。どうやって暗殺を遂行すべきか。テロリストたちからカラシニコフを奪い、アンジャス総統を射殺するか。


 いや、ヘタに動くと客の命まで危うい。多田羅は臍を噛んだ。


「アンジャス総統が、さっきの流れ弾で死んでくれたら一番よかったのかもな」


 多田羅は伏せながらも左斜め、アンジャス総統の座っていた席に目をやる。アンジャス総統は、他の客同様にテーブルの下に身を隠していた。


「悪の組織のトップとて、命が惜しいか」


 小ばかにして笑った。だが、アンジャス総統はテーブルの下から這い出てきた。怯えた表情ではない。何を考えているのか、何をするつもりか見当がつかないまま、多田羅は成り行きを見守る。


「君たち、むやみな殺傷はやめなさい」


 天井に届きそうな頭頂部。三メートルほどの巨躯。


 アンジャス総統は、五名のガーゴリン教・原理主義テロリストの前に立ちはだかった。髑髏の仮面に金の外套(マント)、長い白髪。髑髏をあしらった杖は禍々しい凶器に見える。パっと見、どちらが人殺しか分からない。


「なんだてめぇ、こらぁ!!!偉そうに説教するんじゃねぇ!!!おれらは絶対神ガーゴリンさまの使徒なんだぞ!!!神は不死身なんだ!!!おれらは全人類を悔い改めさせ、神とともに永遠の命を得るんだ、こらぁ!!!」


「不死身なら神か…」


 アンジャス総統は、ガーゴリン教・原理主義テロリスト五名の前に歩み寄り、巨躯を弓なりに曲げると、先頭の男が持つカラシニコフの銃口を、自らの左胸に押し付けた。


「なら、私を撃ってみなさい」


「てめぇ!!!イカれてんのかこら!!!」


 意味が理解できなかった。アンジャス総統は何がしたいのか。そしてもし、ヤツが本当にテロリストに殺された場合、暗殺失敗になるのだろうかと多田羅は頭を悩ませる。


 男たちはうろたえた。アンジャス総統は微動だにしない。銃弾が怖くないのか。芝居なのか。


「申し遅れたが私は、悪の組織アンジャスダイの総統…アンジャスだ。私はこの春、地底王国より、世界を征服するためやって来た」


「悪の組織だぁ?てめぇ、だったら、おれらの仕事を邪魔すんじゃねよ、警察でも自衛隊でも、ヒーローでもねぇんだろ???おれらは、こいつら全員をぶっ殺すんだよ!!!神のためにな!!!」


 男たちの威勢はいい。だが、カラシニコフのヒキガネを引く様子はなかった。


「そうはいかない」


 アンジャス総統は、息を深く吸った。


「私は、自分の目の前でだれ一人とて殺させない!!!今日も、明日も、明後日もだ!!!なぜなら、この地上はいずれ私の所有物となる運命であり、その世界に住まう七十億の人類は、私の財産だからだ!!!私は、偉大なる世界征服者アンジャス総統だ!!!!!!」


 耳を劈く怒号。鼓膜が破けそうだった。ガラス越しの連中も目を剥いて驚いている。


「てめぇ」


 男たちはたじろいだ。


 多田羅は床に伏したまま、日本政府の役人が送ってきたメールの内容を思い出す。


(店内で、多少の死傷者が出ても構わない…アンジャス総統の暗殺を最優先してくれ…世界平和のためだ)


 一方、アンジャス総統の先ほどの言葉。


(私は、私の目の前で、たった一人の人間とて殺させない!!!)


「どっちが悪者だよ…ったく…」


 床に伏せたままの多田羅は、溜息を押し殺す。一方、アンジャス総統は、巨躯を弓なりに曲げたままテロリストに微笑みかけていた。


「いいから撃ちなさい」


 微笑をやめない。挑発だ。


「てめぇ!!!!」


 とうとうキャパを超えたのか。先頭のテロリストが至近距離で、ヒキガネを引いた。


 パラララララララララララララララララララララララララララララ…


 カラシニコフが火を噴く。フルオート射撃。


 金色の外套(マント)を突き抜け、三十発の弾丸が容赦なく身体を貫く。アンジャス総統は衝撃で吹っ飛んだ。飛び散る紫色の血液。


「なんてことだ!!!」


 驚愕する多田羅。店内の客。そしてガラス越しのマスコミ報道陣。カメラは無情な殺害現場を全世界に中継している。警察が怒号を飛ばす。


 三メートルの巨体は、紫の血溜まりをつくりはじめた。


 そして。


 アンジャス総統は目を見開き、むくっと起き上がった。三十ほど穴の開いた箇所はブクブクと泡立ち傷が塞がってゆく。


「はい、生き返ったよ」


「なんだ、お前…」


 男たちが震え始める。


「私はアンジャス総統。でも不死身だから、君らの定義では神かな?さぁ、銃を捨てなさい。これは神からの言葉だ」


「そんな…、あなたが…あなたが…神でしたか」


「ああ、そうだ。名前はガーゴリンではなく、アンジャスだがね。これからは考えを改めなさい」


 男たちは銃を捨て、アンジャス総統に跪いた。神に赦しを乞うかのように。


 テロリストたちは警察官に引っ張られていく。


 アンジャス総統は悪の組織のトップだが、ヒーロー法の第九条によって警察は管轄外のため、その場に残された。


 そして、ガラスの向こうにいるマスコミ報道陣に一言。


「テレビの前の君も、悪の組織アンジャスダイに入らないか!?世界を変えたいならぜひ!!!詳しくはウェブで検索!!!」


 アンジャス総統は会計を済ませ店を出て行った。報道陣は彼を囲み、思想や主張を根掘り葉掘り聞きだそうとする。いいPRタイムだった。


「殺せないぜ…。あんな大物をよ…」


 多田羅は床に伏したまま、苦笑いしかできなかった。ガラスの向こうにいた政府の役人は、そんな彼の様子を見て腹を立てて帰っていった。

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