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改造戦士サンダルガー  作者: 実時 彰良
登場人物
10/15

09.天才科学者「爆弾少女」は悪の組織に入ることにしたよ。

 バベルタワー中野の三階A号室に住む火箸カヤが、部屋から出たのは実に、十一日ぶりだった。


 この引きこもり少女カヤは、今年で十四才だが、中学校には通っていない。


 天才発明家だった両親の遺した莫大な遺産で食いつなぎ、部屋中には、趣味で購入した様々な爆薬と、爆弾の製造方法が書かれた資料が山積みになっている。


 カヤはこれまで、両親がいない寂しさから、日本各地の遊園地や商業施設を爆破させ、警察に何度も何度も補導されたが「新世紀・未成年特別保護法」により、簡単な更正プログラムDVD鑑賞と数週間の自宅謹慎に止まり、謹慎があけては懲りずに爆破を続けたという危ない経歴があった。


 毎回、奇跡的に死傷者が出ていなかったことと、被害に遭った施設に対して、損害賠償と、目玉が飛び出るほどに充分すぎる慰謝料が、彼女の両親の遺産から問題なく賄われていたため、民事訴訟もされず、政府により「日本一危険な未成年者テロリスト」としてマークされるのみで、その後もカヤは自由奔放に振る舞い続けた。


「あちし、核爆発するトコ見てみたい~☆」


 政府や警察がカヤを泳がしている中、これまで人類が成功させたことのない「安価で高エネルギーを発生する、工業的利用も可能とした常温核融合」を父母の遺した埼玉県川口市の研究所で、たったひとり成功させた去年の冬、とうとうカヤは「政府特別措置枠ヒューマン」と認定されてしまった。


「お嬢ちゃんが超人的天才であると政府に認められた以上、もうこれ以上は好き勝手できないよ。新世紀・未成年特別保護法よりも優先される、政府特別措置枠ヒューマン法が、お嬢ちゃんを拘束する権限を発動したからね。でもおじさんたち政府の条件を聞いてくれるなら、お嬢ちゃんのたった一つの趣味までは奪わないさ。どこまでも過激な爆弾を研究したいんだろ?今まで誰も壊したことのないものを壊して自分の存在意義を世間に知らしめるためにさ。まぁ、お嬢ちゃんの技術は、ヒーローの改造技術にも応用できる必要悪ともいえるし、国防上、有益と判断することもできるからね。お嬢ちゃんがウンといって、ここにサインくれれば、暗くて寒い場所に一生閉じ込められずに済むよ」


 条件とは――。


 埼玉から東京都中野区へ引っ越す。中学校に通わなくてOK、あらゆるエネルギー研究の仮説と検証結果を日本政府に提示する、かつ、爆弾の実験は強化金属で覆われた部屋の中および政府が指定する研究施設のみ、自分勝手にむやみやたらに爆破させない、という条件だった。


 条件を呑んだカヤは「政府指定地域」である中野区にあるこのアパートへ引っ越してきた。それが今年の春。



 とうもろこしのヒゲに似た金髪を左右の頭頂部で縛り、囚人を連想させる横シマ模様のパジャマを着たカヤは、アパートの階段を降りてすぐにある集合ポストで止まった。


「ポストからはみ出てるわ、これ☆」


 集合ポストの脇にはゴミ箱があり、不要なチラシを捨てることができる。カヤは、十一日分のチラシやダイレクトメールを、ポストの前でバッサバッサと仕分けしはじめた。


「なんじゃ、こ~れ☆なんじゃ、こ~れ☆」


 そばかすだらけの頬を膨らますカヤの手元に、二枚のチラシが残った。


 一枚目は「バベルタワー中野の親睦会開催!政府特別措置枠ヒューマンどうし仲良くなろう♪異世界人、異星人、イカした能力者のみんな♪管理人の改造戦士サンダルガーも来ますよ♪」とあったが、日程はとうに過ぎている。


 このチラシに早めに気づいたとしても、参加しなかっただろうが、このアパートには他にどんな住人が住んでるのだろうか、と一瞬、気になった。だがそれは、たった一瞬だけのことで、カヤはそのチラシをゴミ箱に投げ入れた。


 そして二枚目のチラシ。「悪の組織アンジャスダイは君たちの才能を求めている!給料は歩合制、今なら即、幹部候補になれます」というものだった。


「悪の組織かぁ☆なんか楽しそ☆でも政府のやつらに監視されてるから堂々と面接には行けないなぁ☆」


 そう思いながらも、カヤは「悪の組織アンジャスダイ」へ電話をかけた。



 数時間後、カヤは悪の組織アンジャスダイの戦闘員が運転するバンに押し込められ「偽装誘拐」された。


「うえ~ん☆誰か助けて~☆」


 わざとらしく叫んでみたが、政府の回し者たちが追ってくる様子がないところを見ると、自分は二十四時間監視されているわけではないらしいと分かった。なんて杜撰な監視体制。


 また、運転席にいる「キィィ」しか言わない黒タイツの男たちに何か話しかけても「給与面や待遇については、アンジャス総統および将軍マイジー様とお話ください」と書かれたホワイトボードを見せてくるだけだった。


「口座に三兆円くらい残ってるし、給料とか別にいらないんだけど☆」


 バンは数時間後、栃木県某所の山中にある廃墟で停車した。これより「悪の組織アンジャスダイ」の面接がはじまる。



 そこは、もともと町工場か何かだったのか――、ある程度の広さはあるものの、壁には夥しいスプレーの落書きがあり、窓はどこもすべて割られ、建築資材とおぼしき鉄屑や腐敗した木材が長年にわたって不法投棄されている、そんな廃墟だった。


 髑髏の仮面をした「アンジャス総統」と、ぽっちゃりオカッパ頭の「将軍マイジー」が座る面接用デスクの上には、カヤの履歴書と、最新作の発明品――「どこからどうみてもただの空き缶にしか見えない爆弾(威力は地球の半分を破壊するレベル)」「ハナクソを弾丸にできるオートマチックピストル」「蟻に装着させる偵察用小型カメラ」「ゴキブリ型暗殺ロボ」などが置かれている。


「これを全部、君ひとりで作ったのか…どんな構造なのか見当もつかないほど、現実世界にはありえない、超スペシャルな発明品ばかりではないか…」


 アンジャス総統が、右手と左手を自らの髑髏の仮面の前で交差させ、それぞれの左耳と右耳をつかむ仕草をして驚いた。これは地底人なりの驚愕のポーズ。


「うん☆こんな発明品、一部にすぎないよ☆あちし、一応…気象学、生気象学、気候学、古気候学、大気化学、大気電気学、環境学、環境化学、地球化学、生物地球化学、古生物学、化石学、微化石学、花粉学、古生態学、海洋学、海洋化学、生物海洋学、海洋物理学、海洋地質学、水文学、陸水学 、湖沼学、水文地質学、雪氷学、地質学 、地史学、第四紀学、堆積学、層序学、構造地質学、プレートテクトニクス、岩石学、鉱物学、宝石学、鉱床学、結晶学、洞穴学、火山学、地震学、土壌学、地磁気学、古地磁気学、地球物理学、地球流体力学、地球電磁気学、宇宙空間物理学、絶対年代、測地学、地理学、自然地理学、生物地理学、地域地理学、地形学、気候地形学、地球情報学、地図学、分子動力学、電気化学、生物物理化学、熱化学、放射化学、有機化学、有機合成化学、有機金属化学、ケミカルバイオロジー、コンビナトリアルケミストリー、生物有機化学、天然物化学、無機化学、生物無機化学、錯体化学、分析化学、機器分析化学、高分子化学、超分子化学、生化学、合成化学、理論化学 、量子化学、計算化学、ケモインフォマティクス、医薬品化学、宇宙化学、化学工学、石油化学、界面化学、核化学、環境化学、固体化学、光化学、神経化学、大気化学、地球化学、生物地球化学、農芸化学、溶液化学、立体化学、体系学、分類学、表形分類学、分岐学、系統学、分子系統学、進化生物学、生物物理学、理論生物学、構造生物学、細胞生物学、発生生物学、発生学、分子生物学、分子ウイルス学、エピジェネティクス、遺伝学、分子遺伝学、光遺伝学、集団遺伝学、逆遺伝学、ゲノミクス、構造ゲノミクス、微生物学、寄生虫学、真菌学、ウイルス学、植物学 、藻類学、地衣類学、民族植物学、植物生理学、植物病理学…その他の分野において、独学で博士号を取得しているよ☆」


 カヤは歌うように言った。


「ななななんと…カヤくん。君はなぜ、悪の組織アンジャスダイに入りたいのだね…それだけの頭脳があれば明るい未来もあるだろうに」


 アンジャス総統は驚愕のポーズのまま訊ねた。たしかに経歴詐称でないなら、カヤは大天才ということになる。これほどの人材を逃してなるものかと、隣に座った幹部――、将軍マイジーも、カヤの履歴書を見ながら呻る。


「存在証明をするためだよ☆」


「存在証明?」


「生きるって行為は、時間をかけて、自分の存在を証明していくことだと思うの☆なりたいものになる…なりたいものを探す…誰かに愛されたい…結婚して子供がほしい…仕事のプロジェクトを成功させる…お店の売り上げをあげてみせる…無償で社会に貢献したい…誰も見つけたことのない星を探す…世界の不思議を科学で証明する☆方向は人それぞれ、試みの難易度に差異はあれど、これってみんな自分の存在を証明したいって欲求が原動力になってるわけ☆あちしの場合、自分の存在を破壊行為や発明で社会にアピールしていきたいと思ってるんだぁ☆それが正義であれ、悪であれ、他人にはできない規模のミラクルを起こしてみたいの☆余談だけどさ、あちしが以前、政府に頼まれて魔界の物質ダーク・コフィンを基にドロドロゼリー砲を発明したのもね、正義のためじゃなく存在証明のためなのよ☆あちしはね、ただ、ただ世界中がビックリするのを見てみたい☆そう考えてるよ☆」


 カヤは囚人服のような寝巻きの襟元をごそごそして胸元を掻いた。まだ十四才なので膨らみはないがピンクのブラがチラっと見えた。


「素晴らしい!採用だ!」


 アンジャス総統が立ち上がり、パイプ椅子がうしろに倒れた。将軍マイジーは二枚の舌を出し「そうですね、採用しましょう」と叫ぶ。


「採用!!うれしい☆じゃあ、あちしからのテストするよ☆」


「ん?」


 カヤは、素足のまま履いていた白いラバーソウルの左右の底を、ベリベリと剥がし、二つの小型時限爆弾を取り出した。


「悪の組織アンジャスダイが、あちしに相応しい組織かどうかテスト☆これ、な~んだ☆」


「ばっ、ばく、爆弾」


「今から十秒後に爆発するよ☆この廃墟ぜ~んぶ吹っ飛ぶくらいの爆弾☆爆発したら、あちしも皆も、間違いなく死んじゃうね~☆ふふふ☆どうする~?☆」


 カヤは、二つの時限爆弾のスイッチを押す。


「ええ~い!!!!!!!将軍マイジー!!!嘘八百を発動して何とかしろ」


「無理です。嘘八百は、百回いわないと発動しません…十秒じゃ足りません」


 焦るアンジャス総統に、将軍マイジーは真顔で答えた。


「やむをえん!!!!巨人化!!!!!」


 髑髏の仮面に、冷や汗マークを浮かべたアンジャス総統は、両手を握り締めたポーズで身体中に力を漲らる。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ…!!!!!!!!!」


 白目を剥いたまま、蒸気のように凄まじいエネルギーが発散される。むくむく、むくむく…と二倍、三倍、五倍、十倍にまで膨れ上がる身体。不思議なもので金色のマントや黒いスパッツは破れず、そのまま巨大化していった。


 そして十秒後――。


 眩い光に閉ざされ、白い世界が広がった。神の祝福。無音。音はあとからやってきた。現実。轟音に追いつかんばかりに、凄まじい速度で膨張する灰色の爆炎。貪欲な炎が焔を喰らいつくす。衝撃が広がる。なにも見えなくなった。



 跡形なく消え去った廃墟の跡地。瓦礫の山、立ち込める煙、炎…。


 そこには、体長三十メートルの巨人がいた。


 満身創痍の巨人――、アンジャス総統は、巨大化したとはいえ、爆発をマトモに食らったため、髑髏仮面の一部は欠け、黄金のマントは焼け焦げている。黒いスパッツの所々は破け、紫の流血あり。


 そして、アンジャス総統はよろけながら、大切そうに手の平を広げ、米粒みたいなカヤたちを見下ろす。


「みんな無事だったかい」


 とんでもない声量、巨大スピーカーから漏れ出たような言葉。


「いえ~い☆生きてるよぉ☆」


 将軍マイジー、カヤ、そして四名の戦闘員は、慈愛に満ちた大仏の掌よろしく、巨大化したアンジャス総統の手の中で守られ、あの爆発の中で、奇跡の無傷だった。


「すごーい☆アンジャス総統☆自らを犠牲にしてまで、部下を守れるトップってのは、いい組織の条件だよ☆それでこそ、部下も命を張って悪事ができるってもんだよ☆」


 カヤが、はしゃぐ。


「ふふふ…ワンパク娘め。私はね、末端の戦闘員だろうが、こんなところで一人として失いたくはない。世界征服の祝杯は皆であげたいからな。これで我が悪の組織に入りたくなったかな?今日から君の名は…悪の天才科学者カヤヤン博士だ!!!」


 巨人アンジャス総統が叫ぶ。ここが山中の廃墟でよかった。サイレンの音は聞こえず、ただ大空に声がこだました。


「あの…戦闘員の方、ひとり足りませんよ」


 手の平で将軍マイジーがぼそっと言った。


「キィィ!!!」


 瓦礫の下で戦闘員が「ぼくを忘れないでください!」とホワイトボードで抗議した。



 アンジャス総統は元のサイズに戻り、あやうく死にかけた戦闘員も無事に助け出された。労災は降りないということで、アンジャス総統はせめてもの償いにと、山を下りたところにある小さな薬局から買ってきた湿布で彼に手当てをしている。


 カヤと将軍マイジーは、瓦礫の山に腰をおろし、沈みゆく夕日を見つめていた。


「あ、そうだカヤさん…あなたの履歴書を見てすぐに気づきました。これ最初に言っておきますが…ぼくも政府特別措置枠ヒューマンで、あなたと同じアパート、バベルタワー中野の住人ですよ。二階C号室の二階堂舞二です。改めてよろしく」


 将軍マイジーが手を差し出してきた。


「ふ~ん☆そんなこともあるんだね☆よろしく、舞二お兄ちゃん☆」


 カヤは舌をペロっと出し、握手を交わす。


 悪の組織アンジャスダイは、総勢八名となった。世界征服までの道のりまで、多分…あと少し。

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