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空に消えた星くず達へ  作者: 中村なっちゃん
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 昼休み。

 明は食堂で雅紀と一緒に昼食を食べていた。

「は? ピストルの撃ち方? お前、この間からそればっかりだな」

 雅紀は行儀悪くいすに立てひざをついて座り、四本目にもなるホットドックを食べていた。正面に座っている明をめんどくさそうに見る。

 明はカレーを食べ終えた皿の上にスプーンを放った。

 カラーン。

「そればっかりって、仕方ないだろ。撃てないんだから。撃てないと、今日の戦いのときに死ぬかもしれないんだし」

 まさに、生死に関わる問題というやつだった。たとえ今日は辛うじて生き残れたとしても、撃てなければどの道、そう長くは生きられないだろう。

 そんな明の心配をよそに雅紀は軽く、考えるようにテーブルにひじをついた。

「でも、どうもピストルが撃てなかったのはお前だけじゃなかったみたいだぜ。一年生全体の中に一割はいる」

「えっ、そうなんだ」

「でもその一割の半数は二回目の戦いで命を落としている」

「………」

 うちのチームは戦闘演習も入れて今日が二回目の戦闘となる。基本的に戦いは一チーム一週間に一度となっているのだ。

「しかし明、そういうことは俺より伊森先輩に聞けよ。俺なんかよりもよっぽどわかってると思うけど」

「うーん……」

 明は腕を組んで、背もたれにもたれかかりながらうなった。

 それは確かに、その通りだ。雅紀の言う通りだとは思う。けれど……少しだけ伊森先輩に会うのが怖いような気がした。察しのいいあの人に、心の中を見透かされることをびびっているだけなのかもしれないが。

「けれどもまぁ、それ以前に最近、全然伊森先輩と会わないんだよなぁ。廊下とかでもすれ違わないし、こういう食堂とかでも全然見かけないじゃん?」

 明は両手を広げた。お手上げ、というように。

 雅紀はちょっとだらしなく口を開けた。

「あぁー……そっか」

「えっ、いや、ちょっと待った。お前、何か知ってるのか?」

「えっ? 知ってるとは言ってないけど?」

「そういう態度だっただろ、今。で、どっちなんだよ。何か知ってるのか?」

「知っていると言えば知っている。これでも情報通なもので。知ろうと思わなくても情報が入って来ちゃうんだよなぁ」

 雅紀は得意げに鼻を高くする。

「前置きはいいからさっさと言えよ」

 明は軽くテーブルを叩いて催促した。

 雅紀はやれやれ、と首を振ってから話し始める。

「じゃあ言うけど、どうも伊森先輩は今、妹さんのことで忙しいらしい」

「妹?」

 意外だった。いや、確かにお兄さんっぽくはあるのだが、あんな優しい人が自分の妹をこんな学校に入れることが何というか、考えられない。

「妹がいたんだ……」

 そしてその事実にも普通に驚いた。

「俺らと同じ一年の二組にな。伊森有音(いもりありね)っていうらしい」

「へぇー」

 二組というと裕一と同じクラスだ。あいつは知っていたのだろうか? まぁ知っていたところで、言わなかったりもするんだろうけどなぁ。あいつの場合。

 雅紀はコーラの入ったコップを掴むとゴクゴクと飲み、それを飲み干した。

「あ~、ぷはっ。でも、どんな奴かは全然知らないけどな。どうも入学式以降、学校には全く顔を出していないらしい」

「えっ、それって大丈夫なのか? 風邪とか……」

 脳裏にはすぐに、妹の看病に追われる伊森先輩の姿が浮かんだ。きっとあの人のことだから妹を大切にしているのだろう。そしてそれに忙しくて、学校でも姿を見かけないのだろう。

 本気でそう思ったのだが、雅紀はそれをあっさりと否定した。

「いや、それはないな。生徒が風邪とか病気になった場合には、学校の外から医者が来ることになっている。けれど今のところその形跡はない。誰も病気にはなってないってことだ」

 なぜお前には学校に医者が来たかどうかがわかるんだ、とは思ったが口にしなかった。

「でもだとしたら他にどんな理由があるんだよ」

 明は腑に落ちない風につぶやく。

「まぁ、原因はわかってるけどな。理由がわからないだけで」

 雅紀は意味ありげな顔で、意味深なことをつぶやいた。

 明はもう一度バンッ、とテーブルを叩いた。

「はっきり言えよ。俺がわかるように」

 明は少しだけイライラしていた。

雅紀はそれを面白がるようにほくそ笑む。

「じゃあはっきり言うけど、伊森先輩は入学式の直後に校長室に呼び出されている。そしてその次の日に、校長室の掃除をした奴がこっそり誕生石の入っている、鍵のかかった箱を見たんだよ。その箱は上の部分の三分の一がガラスだから、中に入っている誕生石を見ることができるんだ。すると、一つだけなかったんだとさ。現在は誰も使用していないはずの四月のダイヤモンドがな」

 聞いていた明は目を細めた。

「つまり伊森先輩の妹は十中八九、ダイヤモンドに選ばれてるんだよ」

 雅紀は楽しげにそんな話をした。元々、噂話が大好きなんだろう。それ自体をどうとは別に思わないが、ただ話を聞けば聞くほど、伊森先輩が気がかりに思えてきた。

 今頃、どうしているのだろう。

「まぁ、その妹が休み始めてから、伊森先輩もずっと学校を休んでいるのは確かだな。調べてみると四人だけ、どこのチームにも属していない奴らが存在する。おそらくそいつらがダイヤモンドのチームの奴らなんだろうけれど、普通なら誕生石持ちは一人で七チームくらいを担当するのに、彼女には一チームしか存在しない。変な話だとは思わないか?」

 雅紀の目は鋭かった。わざわざ俺に聞かなくても、何かがあると確信している目だ。

「それは……まだ一年生だから教師たちが気を使って、とか……?」

「バカ言え。あの加神夕霧だって一年だろ? あいつだって四チーム任されているのに、一チームだけなんておかしいだろ」

「四チーム? それはそれで少なくないか?」

 さっきこいつ自身が、一人七チームって言ったよな?

 雅紀はその実情を当然のように知っていて、簡単に説明した。

「あぁ、加神夕霧は一緒のチームになると命がいくつあっても足らないって有名だからな。一年はともかく、もう色々知っている二、三年生があいつのチームに入るのを嫌がるんだよ」

 うわぁ、さすが。

 それは確かに、と納得はするし、同じチームになった人にも同情するけれど、それ以上にぞくっとした。人を平気で見捨てられる加神夕霧……それはちょっといいなぁ。かっこいい。

 雅紀は冷静な目で明を見つめていた。

「にやけてるぞ」

「えぇっ、そんなバカな!」

 明は慌てて口元をおさえる。

「いや、今さら遅ぇよ。俺が言うのも何だが、お前って変な奴だなぁ」

 確かにお前に言われるのはどうかと思う。

 雅紀は半ば呆れるようにため息を吐いた。

「でもお前、どう考えても女の趣味が悪いよなぁ。あんな女のどこがいいの?」

「だから別にそういうわけじゃ……って、そういうお前はどんな女がいいんだよ」

 明は少しだけ顔を赤らめて、いすの上で小さくなっていた。恨みがましく雅紀を見る。

 雅紀はその質問に対して迷いなくはっきりと言った。

「とりあえず胸がでかい子とかかな」

「うわっ、言った! 言い切りやがった! ちょっとわかるけど!」

 明はオーバーリアクションで反応する。

 雅紀はけれど、あっさりと続けて言う。

「そういう意味では加神夕霧はなしだな」

「なっ、バカ! どこ見てるんだよ?!」

 明は思わず言い返した。顔が真っ赤になってしまう。

 っていうかそもそも夕霧は胸が小さかったんだっけ? どういうわけか全然思い出せない。あの鮮やかなオレンジ色の髪と、あの凛とした立ち姿、それに強い眼差し、それしかよく覚えていない。しかしそう考えると案外、胸の大きさとかってどうでもいいんだろうか? いや、っていうかそれ以前に、別に俺はあの子に惚れているわけじゃないんだけど……。

「しかし明、お前は伊森先輩のことを心配するのもいいけど、それより先にその加神夕霧と一回ちゃんと話してみたらどうなんだ? どうせ話したことないんだろ」

 それを聞いた明は渋い顔をする。

「話す……としてもでも、話しかけるってどうやればいいんだ? 俺、女子とはそんなに会話したことがないんだけど」

「そうだなぁ……」

 雅紀は意外にも、一緒に考えてくれるようだった。ホットドックの袋を丸めたゴミを拳の中に入れて、頭の後ろで腕を組む。

「一目惚れって信じますか? って言ってみ」

「なぁ、それはちょっとどうかと思われないか? ドン引きとかされないか? っていうか惚れてないって」

 明は手を横に振って否定する。

 雅紀は意味深にフッ、と笑った。

 何なんだよ……。

「まぁ、俺にこれ以上のアドバイスはないな。とにかくまずは普通に挨拶して話しかけるのが無難だろう。決まれば膳は急げだ。今から屋上に行けばまだいるんじゃないか? 加神夕霧は毎日屋上で、一人で昼飯を食べているらしいからな」

「なるほど」

 明はうなずいた。雅紀の言葉に乗せられて、その場からすぐに立ち上がる。しかしそれから、改めて雅紀の方を向いた。

「……っていうかお前、そんなことまで知ってるんだな」

「伊達に情報通を名乗ってませんから。でも、伊森兄妹のことは本当によくわからないな。ダイヤモンドに選ばれたことが関係しているのは確かなんだろうけど、それ以外はわからない。まぁ、呪い関係じゃないかとも踏んでいるんだけどな」

 雅紀は確信めいた声でそう言った。

 呪い……誕生石持ちだけが誕生石から受けるという、種類も千差万別な苦しみか。

「そっか……」

 明はつぶやいた。

 今さらながら、裏でコソコソと伊森先輩の噂話を聞いていることに罪悪感が芽生えてきた。

 ちょっと詮索しすぎたかもな……。

 明は少し反省しながら、もうカレーの汚れが完全に固まってしまっているカレー皿を手に持った。

「とりあえず俺、夕霧に会ってみる。何て声をかけるかはまだ考え中だけど、とりあえず話してみないと色々わからないし」

「そうだな、それがいいんじゃないか」

 興味が薄い様子で雅紀はそう言った。実際、夕霧のことはあんまり興味がないのだろう……。

 明は雅紀も当然、一緒に立ち上がるのかと思っていたが、雅紀はいすにどっしりと座ったままで、立つ様子を見せなかった。

 明は少し首を傾げる。

「あれ、お前まだ行かないのか?」

「いや、俺は今から食後の紅茶とデザートだから。付き合う?」

「まだ食うのかよ?!」

 細いわりによく食う奴だった。

 けれど俺にはこの昼休み中に夕霧と話をする、という重大なミッションがあるので雅紀の誘いを断って、雅紀を食堂に置いて行くことにする。だからさっさと食器の返却口に向おうと思ったのだが、ふと立ち止まった。夕霧と伊森先輩でいっぱいだったはずの頭に、まるでワープして来たかのようにポンッと違う顔が現れたのだ。

 雅紀を振り返る。

「そういえば雅紀。お前、裕一がどこにいるか知ってるか?」

 明はもう行ってしまったと思い、携帯に目を落としていた雅紀は、目をぱちくりとしながら顔を上げる。

「裕一? 裕一はー……よくわからないな。……どうも友達は多いみたいだけど。クラス内外問わずに。昼飯もあっちこっちで食べてるから、居場所を特定するのは無理だと思うぞ」

「そっか……」

 明はぼんやりとつぶやいて、何かを考えるように天井を見上げる。

 雅紀はその様子を見逃さなかった。口を開く。

「なぁ明、お前と裕一って何なんだ?」

 明は顔を下げた。雅紀と目を合わせる。

 雅紀はクスッと笑った。

「友達?」

 明は、何も言わずに口を閉じた。ただまじまじと雅紀の顔を見つめる。

 その質問に結局、明は答えなかった。

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