第二十二話(番外編):ミス・ブルー
地中から現れた毛虫もどきは一度私に視線を向けるも、そのまま地中に帰った。どうやらこの毛虫が穴を掘っている張本人、いや虫みたい。
と言うことは、時間が経つごとに地中にはたくさんの道が増えるということになるのかな。一見合流が難しくなったように思えるが、すぐ近くにいるのに道が無くて会えない事態も考えるとメリットデメリット両方を含んでいるということなのだろう。
まあ、普段後衛担当の人が前衛担当と戦闘になった時、近づかれれば一般的な後衛担当はそのまま終わりだからね。私たちクラスになるとそこそこ接近戦も鍛えてるけど。
さて考えるのはここまでにして、私も試合に参加しようと思い、今できたばかりの穴の中へと飛び込んだ。
洞窟ダンジョンのような場所と聞いていたので覚悟はしていたが、確かに道が多い。降りてきた私の視界にはすでに5個の横穴が空いており、どこに進むべきか悩んでしまう。
その時、私宛にリンクが届いた。
《カリンです。今どこですか?》
《何とか地中には入れましたが、どこかと言われるとどこ? としか返せません》
向こうもそれを思ったのか少し反応が遅かった。
《了解しました。私も今のところ一人のままですが、他の4人はそれぞれ二人一組で行動しているそうです》
《……ちなみに、エリさんは誰と?》
《サヤです》
なんと、セラフィム対抗メンバーの筆頭とその補佐なの!?
《まずくないですか?》
《いつもなら問題がありますが、今回はお互い的同士なので問題はありません》
そう言えばそうでした。
《とりあえず、このまま進みます。【索敵】スキルがあるので大丈夫だとは思います》
《了解しました》
リンクを切り、【索敵】を自身が警戒できる最大範囲で展開する。普段は自分の周り5m圏内が発動範囲だが、今の私は10m圏内を確認している。
【策敵】は発動中MPを消費するのであまり多様はしたくないがどこから敵が現れるか分からないので、出し惜しみはしない。Lvが上がればMP消費量を軽減できる能力が付与されると噂されているので早く覚えたいな。
策敵結果、付近には敵も味方も含め誰の反応も無かったので、とりあえず一番近かった右の横穴を進むことにした。
穴を進むことしばらくして【索敵】に反応があった。
通常は何かがいるだけしかわからないが、レベルを上げていくと敵・味方の識別や一度遭遇したことのあるモンスターなら名前が表示されることになる。ただし、そのモンスターの名前を知っている必要があるけど。そのため、先ほどの毛虫は“何かがいる”程度しかわからなかったのだ。
【索敵】反応は敵を意味する赤色。アポリアさん以外のメンバーは会ったことはないが、情報として知っていたので、先ほど対面した時にすでに必要な条件は満たしている。そのため、赤色の反応の上に名前が表示されているのだが、それを確認した瞬間翼を広げて後方へ逃げた。
(セラフィム№.2のミオさん! 今の私じゃ勝てない!)
ミオ。それはアバターネームであり本名らしい。
種族は兄さんと同じ妖精族で、魔法使いとしてはセラフィム最強。さらに【水属性中級】と【氷属性中級】の攻撃魔法をメインとし、得意魔法は広域殲滅系。こんな狭い空間で放たれたらそれこそ反撃する暇もなく瞬殺される。
幸いこちらのほうがスピードがあるから逃げ切れる……はずだった。
疑問を感じたのは肌。心なしかさっきより肌寒く感じ始めている。
冷や汗のせいかと思ったが、よく見れば洞窟を構成する土の壁が少しずつ白くなっていく。
(【氷属性】の魔法!? でも効果が全く分からない!)
考えても仕方が無いのでそのまま飛翔し続ける。
その後方から音が聞こえてきた。前方がしばらくまっすぐになったので振り向くと、視界の先には拳大の水玉があった。
(〔アクアブリット!?〕)
【水属性初級】アクアブリット。文字通り水の玉を作成し、弾丸のように相手に飛ばす攻撃魔法。水属性に限らず、各属性の最初の魔法攻撃はこのブリットだ。だからこそ使えてもおかしくない。
しかし、その数がおかしい。本来なら作れて二つなのに、視界の先には最低でも五つの水玉がこっちに飛来してくる。
どうする!? と考えていると急に頭に激痛が走った。
今いる場所が洞窟であることを忘れ、さらにアクアブリットに気を取られて土壁に激突したのだ。ついでに当たった場所は石が多かったので結構痛かった。
そのおかげで急降下し、アクアブリットをかわすことに成功するのだが。
「おもしろ~い。そんな方法で避けるなんて~」
痛む頭を押さえ、起き上がりながら振り向くとそこにはさらに数を増やした水玉を浮かべているミオさんがいた。
水色のブラウスと少し濃い青のスカートという魔法服に先端が氷の結晶のような形をしている青い杖。
ミオさんには有名な別名、つまり二つ名がある。“ミス・ブルー”。水と氷の魔法を得意とすることや全身を青系統でコーディネートすることから付けられた二つ名。
ちなみに、私は“シスター・エンジェル”。実は別の二つ名があったのだが、兄さんが有名になり、その妹ということで誰かがこの二つ名を言いだし、それが定着した。
なお、兄さんの二つ名は定まっていない。候補自体はあるのだが、どれも納得がいかないらしいと『二つ名審議会』という掲示板に参加している栞ちゃんから聞いたことがある。
まあ、どれもが女性に付ける二つ名なのは個人的に大爆笑したが。
さて、現実逃避するのはここまでのようだ。
ミオさんが私の弓の射程内に入ったのを確認し、【長弓】のアクト〔マジックアロー〕を放つ。これは通常の矢ではなくMPを消費して生み出した魔法の矢を放つアクトだ。矢を矢筒から出す必要が無く構えられる速攻性と貫通力の高さで多くの弓使いが愛用するアクトだ。矢のコストも減らせるしね。
しかし、その攻撃はミオさんの前に展開された氷の壁に防がれた。【氷属性中級】〔アイスウォール〕。その防御は【土属性中級】〔アースウォール〕に次ぐ性能だ。
だが、それは私にとって好都合だった。氷の壁を目の前で展開したのなら今私は見えないはず。この瞬間にすぐ近くの横穴に逃げられればと思ったが、動いた瞬間私の目の前をアクアブリットが襲ってくる。自動攻撃なんて無いはずなのにどうやって!?
驚愕する私を、アイスウォールを解除したミオさんはいたずらが成功した子供のような顔で見ていた。
「おどろいた~?」
「ええ、驚きました。よろしければご教授願いたいくらいですよ」
当然教えてくれるわけがないと思っていると「いいよ~」と返事。……この人、思考もどこかのんびりすぎない?
「周りを見ればすぐにわかるから~」
その言葉に従い周りを見ると土が凍っていた。そしてそこには私が映っている。
「【氷属性上級】〔ミラーダスト〕だよ~。氷が張ってる場所限定で氷の表面に鏡のような加工ができるんだよ~」
成程そんなアクトもあるのか。でも、それは周りに氷の壁とかを創る必要がある。今回は洞窟を一時的に凍らせているみたいだけど、それでも結構なMPを消費するはず。でもミオさんには焦っている様子が見えないからMPにはまだ余裕があるのか、もしくは誤魔化しているのか。
「すごいアクトですね。でもいいんですか? かなりMPを消費しそうですけど」
「問題ないよ~。私のMPじゃないから~」
「……もしかして、その杖も関係してますか?」
「すご~い。よくわかったね~」
最悪だ。ここにきて私の知らない情報が出てくるなんて。これじゃ、迂闊に動けない。
「この杖はね~、魔法少女の鍛冶職人さんに創ってもらった特注品なんだよ~」
魔法少女の鍛冶職人と言えば噂のシュリちゃんって人だよね。というか、あの人魔武具なんて創れるの!?
「でも、それ以上にあの錬金術師のお姉さんには感謝、感謝だよ~」
「錬金術の、おねえさん?」
ちょっと待って。それって、まさか兄さん?
「この杖の先端の雪の結晶なんだけど~、これってこの間発売された〝スノープリズム″っていうアイテムなんだ~。だから周りを凍らせるのはお手軽なんだよ~」
確かに〝スノープリズム″は吹雪を発生させるアイテムだから凍らせることはできると兄さんも言っていたけど、なんで兄さんが私の邪魔をするのよ~!
「そう言えば、エルジュちゃんはあの錬金術のお姉さんの妹さんなんだよね~」
「ええ、そうですが?」
「なら、コレの強化版って無いのかな~? もうすこし性能があるとさらに便利なんだけど~」
名前を覚えてもらっていたのは正直うれしい。それより、兄さんがルーチェで販売しているアイテムは〔連続調合〕で創ったモノで、性能は劣化しているみたいだから当然より性能が高いモノはあるだろう。
「そうですね。あると思いますよ?」
「ホント~? なら今度訊いてみてよ~」
「いいですよ。交換条件にここから逃がしてもらえませんか?」
ダメもとで訊いてみる。同時に用意しておいた魔法を唱える準備も終わった。
「……ダ~メ♪」
その言葉が引き金となり、待機していたアクアブリットが私目がけて飛来してきた。
*別視点*
「シュリちゃん?」
「なんでしょうか?」
「あれって、シュリちゃんが創った杖なのかな?」
「半分正解です。杖自体は他の職人さんですが、あの杖を【合成】させたのは私です」
「……今後大変じゃない?」
「他に試そうとする人は少ないとおもいますから……むしろアルケさんの方が在庫大丈夫ですか?」
「まあ、そう簡単には分からないだろうと思う。エルジュは気づいたぽいけど、向こうの音声はこっちには聞こえないから……大丈夫だよな?」
「あの~、さっきから何のお話をしてるんですか」
「「こっちのことなので気にしないでください」」
今現在ピンチになってるエルジュではなく、相手のミオという人を見てひそひそ話し始めたアルケとシュリ。それを不思議そうに見つめているカナデちゃんだった。
ルーチェは着実に【錬金術】の有用性に貢献しております。




