第十三話:ブローケンヴァイン
一度落ち着いたところで今後の話し合いをする。
まあ、知り合ったばかりなのでまだまだお互いのことを知ることからだが。
「あとはガラス砂の確保だな。その前にあの蔓をどうにかが問題か」
「蔓?」
どうやらそのことは知らなかったようで簡単に説明する。
「もしかして、あの蔓が何だか知ってるなんてことは……無いか」
いくらなんでもそれはないだろうと思い、〝スノープリズム″を用意する。こういうのはさっさと解決した方がいい。
「珍しい。ブロケードヴァインなんてまだいたんだ」
「ん?」
はて? 今何か聞き慣れない言葉が聞こえたような?
「ごめん、今なんて?」
「? 『珍しい』?」
「その後」
「『まだいたんだ』?」
「その返しもあるのか」
なんだか新たなツッコミを見つけたが、今はそんなことに関している場合じゃない。
「ブロケードヴァイン?」
「それ! 知ってるの!?」
まさかの展開だ。どんだけ博識なんだよセリムさん!?
「今から七十年くらい前にエルフ族の集落で起こった災害を引き起こした魔物。植物なのに火に強く、切ってもすぐに延びる強い再生能力を持ってる」
「火に強いのか?」
「正確には燃え尽きる前に燃えてる部分を切り離して被害を抑えることができる」
ずいぶん知能があるようだ。これは氷属性攻撃にも同じような対策があるのかもしれない。
というか、さらっと七十年前と言ってたような?
しかしこれ以上の詮索は止めておこう。女性相手にそれは自殺行為だ。
「弱点や討伐方法はあるのか?」
「当時は魔法を使って倒してた」
なるほど、エルフ族らしい解決法だ。
「その魔法って?」
秤から目を離し、その瞳が今日はじめて俺を捕える。
「……なにがおかしい?」
セリムさんの目、いや表情を見て俺の表情が困惑に染まる。
なんとセリムさんは笑っていた。一体どこに笑う要素があるのだろうか?
「だって、相手は、植物なんだよ?」
まだ笑っているせいか口調がどこかおかしいが、それを気にしてる余裕はなかった。
「つまり?」
「火力が足らないなら、増やせばいいだけだよ」
「ようするに、一気に燃やせと?」
「それが確実らしい」
俺は獣人族の街ビーストライドにある一軒の家の中にいた。
「しかし、それは周辺への被害も大きくなる」
「そうだ。特にあの辺りはレッドベリーが豊富な場所だ。迂闊なことはできない」
レッドベリーとは現実のストロベリー、すなわちイチゴのことで獣人が好む高級果物だ。俺も食べたことがあるが、実際よりは甘さが足らないだけで確かにイチゴの味がした。恐ろしき、CWOの味覚エンジン。
ちなみに買って食べた。ルーチェの売り上げからすれば高級果物もなんとか買える。むしろ余裕だったりする。
さて話を戻すが、ここは獣人族NPCの一人の自宅で例のブロケードヴァイン対策の本部だ。なぜ一般宅が本部なのかと言うと、獣人族NPCが未だにブロケードヴァインの存在を隠しているからだ。
アップデートが終わったことで当然ワイルドストリートにも多くのプレイヤーが訪れているが、ブロケードヴァインに至る道は現在俺も過去に遭遇した獣人族NPCの警備隊が警備しているため通れない。
苦情もあったらしいが、アップデートで公開されたエリアがその先ではないと知るとすぐさまそっちに流れて行ったのでNPC VS プレイヤーという最悪の事態は回避できている。
俺はセリムさんから聞いた情報をすぐにファイさんに伝えた。情報の入手手段はフェアリーガードの書庫と言うことにしておいた。この件はミシェルからすでに了承を得ているので問題無し。おかげで今日から発売予定の〝スノープリズム″の大量発注を引き受けることになったが。
そして『詳しい話を聞きたい』とメールが来たので指定されたこの家にやってきた。中にはファイさんの他に獣人族プレイヤーとNPCが数人おり、全員とすでに自己紹介は済ませてある。その際にプレイヤーから「ああ、あの!」と反応があった。
それはいいのだが、なぜ俺に熱い視線を送ってくるのだろうか? 自己紹介で俺は男だと言ったはずだぞ?(見た目女なのでそういうプレイをしていると勘違いされてるだけ)
ちなみに、そのプレイヤーたちは女性プレイヤーに連れて行かれ、ボロボロになって帰ってきた。女性プレイヤー曰く「ちょっとお話をしてきたです♪」だそうだ。
……だからどうして俺が知り合う女性はみんな怖い面を持っているのだろうか? 運営に本気で問い詰めてみようか?
話を戻そう。
「それなら前にフィアさんが言っていた作戦も?」
「残念だけど周りの被害を考えると実行は難しいわね」
〝スノープリズム″は広範囲タイプの攻撃アイテムなので、周りに被害を出さないようにする作戦には不向きだ。
せっかく用意したのに無駄になってしまったな。
「ごめんなさい」
「別にいいですよ。あって困るモノではないので」
さすがにルーチェで売ることはできないが俺個人で使うには十分な性能を持っている。
「しかし、そうするとどうするんですか?」
獣人族なので魔法はあまり得意ではない。そもそも周りに被害を与えたらだめだから広範囲攻撃全般は却下。
となれば、手は一つしかないようだ。
ブローケンヴァインの前に集まったのは獣人族エリアでも屈指の実力者NPCとファイさんたちのように今回の件に協力しているプレイヤーたち総勢23名。
彼らがリレーのようにダメージを与えていき、再生する暇を与えず一気に攻撃する、文字通り強行策だ。接近戦に優れた獣人族なら可能かもしれないが、果たして?
「次は無いと思え! 一気に行くぞ!」
「「「オウ!!」」」
気合の入った声と共にNPCたちの体が変化する。ある者は爪が伸び、ある者は牙が生えてくる。
これこそ獣人族の<ソウル>、獣化だ。武器が使えなくなるが己の身体能力を限界以上に引き出す力。持続時間が短いという短所はあるが、その力はステータス的に上の竜人族すら上回る。
さらに武器を使わない【拳】や【蹴り】スキルはそのまま使えるので、獣人族プレイヤーの中には武器を一切装備しない格闘家スタイルと呼ばれるプレイヤーも多い。実際、ファイさんも武器を装備していないみたいだし。
隊長? と思われるNPCが咆哮と共に突撃。そのすぐ後を大勢の獣人族たちが続く。
そこから始まるラッシュ。切り取られた蔓の切れ端が舞い、やがて光の粒子となって消える。
そして、新たな蔓が伸び、また切り取られていく。
俺はその様子を少し離れたところから見ていた。
俺のプレイスタイルはアイテムによる攻撃なので接近戦は向いていない。というわけで外から見て状況を確認しているところだ。今のところは特に問題ない。
「ほんとにいたんだ」
「あれ? セリムさん?」
振り向いた先にいたセリムさんがこっちに近づいてくる。
ついでにその手には何か持っている。
「それは?」
「この付近で生えてる草の根。もしかしたら必要かもしれないと思ったから」
どういうことだろうか? そんな風に考えているとまたしても声が聞こえてきた。
「おい! こんなの聞いてないぞ!?」
「モンスターだってのは言ってただろうが!」
「だからってこれはないだろ!?」
どうやら獣人族たちになにかあったようだ。急いで近づくと蔓だけだったはずのブローケンヴァインに巨大な目が現われており、蔓を鞭のように操って攻撃していた。
「セリムさん?」
思わずセリムさんに尋ねる。あんな情報は貰ってませんよ? という意味を視線に込めて。
「モンスターだとは言ったはずだけど?」
「だからってアレは想像できませんよ」
そう、確かにブローケンヴァインと言う名のモンスターであることは教えてもらった。しかしそれだけだ。それだけで、どうやってアレを想像できるだろうか?
「まったく気持ち悪いわね!」
近くにいた獣人族プレイヤーの女性が声を上げながら飛来してきた蔓を切り裂く。
現状を確認。おそらくは中心部と言えばいいのか、蔓が密集しているところに巨大な目が現われたのだ。目の大きさは直径一メートル前後あると思われるほどデカイ。
そしてそれが現われることによってブローケンヴァインの名前とHPバーが表示された。つまり、これからが本番ということだ。
ブローケンヴァインは蔓を使って攻撃しているので接近するのが難しく、さらにいくら蔓を攻撃してもHPバーはまったく減っていない。やはりあの目を攻撃する必要があるのだろう。
本来なら弓なり魔法なり遠距離攻撃が出来る面々が後方から攻撃し、飛来してくる蔓を前衛が切り裂くという手段をとるのだが、現在ここにいるのは獣化した獣人族と俺+セリムさんのみ。
こうなれば俺も攻撃に参加したいが周囲への状況を考えると迂闊に攻撃が出来ない。
「さて、どうする」
今手持ちには今まで作った攻撃アイテムが揃っている。俺自身が戦闘に参加する必要もあると考え、用意しておいたのだ。そこから組み合わせを交えて、有効な手段を模索していく。
(〝グレンダイム″は当然無理として〝スノープリズム″も元より却下。となればボム……いや、それも獣人族たちを巻き込んでしまう。有効範囲が狭い〝レインティア″なら……待てよ、相手は植物だ。雨は勢いを増してしまう可能性もあるか?)
頭の中で議論を交わしながら残る候補が〝ライジンディスク″だけになったとき、セリムさんが俺の服を引っ張っていた。




