第九話:ハイフェアリーの里
「はぅ~」
泣き止んだアリサさんは顔を真っ赤に染め俺の後ろを歩いている。
心配してくれたのはうれしいが、こういう状況は何を言ったらいいかわからないので俺も無言のまま歩いている。
そんな二人とは対照的に先導する女性はとてもご機嫌だ。
初めこそ転移魔法陣により俺が気を失ったことを申し訳なさそうだったが、今は時々振り返ってはアリサさんを見て微笑んでおり、それを見られていることに気づいているアリサさんはさらに恥ずかしがるというサイクルが永遠と続いている。まるで娘と母親のようだ。
というか、結局この女性は一体誰なんだろう?
そんなことを考えながら歩いていると前方から声が聞こえてくる。どうやら一人や二人ではなく、結構人がいるようだ。
木々が開けた先、そこには想像通り多くの人がいた。
話している人、笑っている人、魔法をぶつけ合う人々……お互い笑いながらやってるので多分問題ない。
「あ、おかえりなさいませ」
近くにいた男性が女性を見て頭を下げる。すると女性に気づいた多くの人々が「おかえりなさいませ!」と声を上げ、頭を下げている。
……もしかしたらとは思っていたが、やはりこの女性はハイフェアリーの中でも特別な存在なのだろう。
そして、ここがハイフェアリーたちの里。見た感じはこれと言ってなにか特徴があるわけではない。精々、スプライトが住める街になるよう人の手によって作られた場所に対し、里は自然と共存するかのように人の手が加えられた場所が見えないくらいだろうか。
「おや?」
先ほど頭を下げた男性が、頭を上げた途端に視界に映った俺を見つめる。
警戒されるかと思ったが、すぐさま笑顔を見せてくれた。
「アルケ様ですね。ようこそおいでくださいました」
こうして俺は今まで謎に包まれた場所、“ハイフェアリーの里”に足を踏み入れた。
「しかし、これと言って特徴は無いんですね」
それが里を見学させてもらった感想だった。
もちろん、住まいが巨大な木にできた大きな洞だったように自然と共存しているのはすごいと思うが、アニメとかで見かける感じなのでそこまで感動は無い。
「そうでしょうね。魔力が強いだけで、我々が妖精族なのは変わりありませんから」
そう言ってお茶? が入ったカップを置く女性。当然あの時の女性だ。
飲んでみると爽やかな香りとすっとのどを通るのどごし。清水もすごかったが、このお茶らしき飲み物も負けていない。
「これは何なのですか?」
「ダリルと呼ばれているこの付近で採れる葉から作ったお茶です。我々も良く飲むのですよ」
そう言ってカップを傾ける女性。その仕草一つ一つが洗練されており、なぜだがここが高級レストランのような緊張した雰囲気に包まれる。
実際は巨大な木の洞の中だが、置かれている物は木製のテーブルや本棚とかで、光属性の魔力石が放つ柔らかな照明など、どちらかと言うと落ち着くはずの空間なのに。
どうやらここは女性の家、と言うより自室なのだろう。
「ところで、ここではみんなこのような洞に住んでいるのですか?」
そう訊くと「ええ、そうですよ」と答える女性。
実はこの木、正確にはこの樹は聖樹ほどではないが聖なるモノらしく、その加護や恩恵を求めてここに住むらしい。正式な名があるそうだが、彼らはこの樹を“巨大樹”と呼んでいる。
「となると、家とかは?」
「あるにはありますが、やはりここに帰ってきてしまいますね」
一応、部屋自体は洞の入口から少し離れているので外から覗き見されることはない。
しかし、今この部屋の外には大勢のハイフェアリーたちがいるのは間違いだろう。
当然原因は俺、ではなくこの女性の部屋に他者が入ったからだ。
ここまで言えば女性が誰だかはある程度想像できるだろう。
「では、改めてご挨拶を」
女性は手にしたカップを置き、姿勢を正す。俺も同様に姿勢を正すと女性は見る者を魅了させるような微笑みを見せた。
「ようこそ、ハイフェアリーの里へ。この里の長、パロンと申します」
その後、パロンさんと簡単な自己紹介をしてからこの里についていろいろ教えてもらった。
まず、ハイフェアリーの里は一つではなく、聖なる力を秘めた巨大樹がある場所に複数あるらしい。
なお正確な数は教えられないとのこと。これは数少ない巨大樹を守るためでもあるらしい。
ちなみに、俺が巨大樹の一部を切り取るなど何か良くないことを考えていた場合、あの魔方陣はその効果を発動しない罠があったらしい。
ついでに、気絶したこととそれは全く無関係であることも教えてくれた。その際は顔を真っ赤にしたアリサさんを思い出したのかクスクス笑っていた。
なお「話を聞いて私が巨大樹の一部を切り取ろうするとは考えなかったのですか?」と訊いたら「その瞬間、私たちが総出で攻撃します♪」と言った。
顔は笑っているが目はまるでテレビで見た尋問する警察官のように鋭かったのでブンブンと音がするくらい首を振った。
何か俺の周辺、実は怖い人多くないか? アリアさんやら、アーシェやら。
「さて、本題に入りましょうか」
恐怖におびえていたがパロンさんの言葉を訊いて意識を取り戻す。
「アリサから簡単に話は聞いています。そして答えですが、おそらく可能でしょう」
「ほんとですか!?」
アリサさんはあいまいだったが、パロンさんからははっきりとYesの答えをもらった。
「ええ。今は使い手が少なくなりましたが、里を作った頃にはそういう使い方もしましたので」
根拠も頂き、これで一応の計画は立った。後は〝スノープリズム″でも出来るかどうか検証するだけだ。
「それで、私からも質問いいでしょうか?」
「はい?」
少し前とは逆に悦びに心が満ち溢れているとパロンさんが立ちあがり、俺に近づいてきた。
実はパロンさん、リアルも含め俺が知り合った誰よりも胸が大きい。しかも今俺は座っているので、俺の目線がまさに胸の位置なのだ。
今度はドキドキで鼓動が速くなる。そんな俺を無視してパロンさんはさらに接近してくる。
俺のすぐ横にまで迫り、床に座り、その瞳に俺が映るほど近い位置にいる。
「あ、あの?」
もう少しで唇を重ねられる距離。思わずその唇に意識を向けたのとその唇が動いたのは同時だった。
「私個人の依頼です。このダリルのお茶をアイスとやらに出来ますか?」
「……」
「………」
「…………はい?」
「ですからアイスです! 以前フレイムボムとイグナボムを頂き、他にあれば入手するようにとアリサに指示を出していたのです。結局その後は何も持ってきませんでしたが」
それはそうだろう。他の攻撃アイテムはまだアリサさんやスプライトのみんなは知らないのだから。もうすぐ発売するけど。
「そうしたら先日、あなたがお店を開く際の手伝いのお礼としてアリサが貰ってきたアイスを分けてくれたのです。あれはとても素晴らしいモノでした……」
パロンさんはその時を思い出しているのか蕩けた表情を見せた。この表情、ティニアさんと同じだ。
「わかりました。それではいくつか茶葉を頂けますか?」
「喜んで!」
言うとすぐに茶葉が入った袋を差し出すパロンさん。あらかじめ用意しているところ見るとどうあっても依頼を受けさせる気だったのだろう。
まさかと思うが表のハイフェアリーたちもパロンさんを心配しているのではなく、アイス目当てなんて言わないよな?……アリサさんだけはあり得そうだが。
受け取った袋の中から茶葉を一掴み取り出し、【識別】を発動させる。
ダリルの茶葉・食用アイテム・R
妖精族エリアにのみ生える高級茶葉。
そのまま食べることはできない。
高級茶葉って、どういうことだ?
「すいません、この茶葉ってあまり数が採れないのですか?」
「???」
「すいません、それは言葉にしないでください」
さらにバイオリンでも弾きだしたら俺は全力で阻止するだろう。キャラクター的には個人的に好きな部類に入るのだが。
「そういえば、鑑定能力を持っているのでしたね。ご心配なく。この付近でしか採れないだけでそこまで貴重品ではありませんので」
すいませんが、それは大丈夫と言えません。この付近でしか採れないと言うことは普通の市場にはまず出回らないモノじゃないですか。
「それに、アイスを作っていただけるのならいくらでも採ってくれて構いませんので」
「……必要な量だけで十分です」
その後、帰る時には来る時と同じように転移魔法陣で帰ったのだが、その場所はアトリエの魔法陣。もしかしてと思って魔法陣を発動させると転移先に『ハイフェアリーの里』が加わっていた。
とりあえず、便利になったことはいいことだと思い、お湯を沸かしてテーポットに茶葉を入れてダリル茶を作る。ティーポットはお馴染みアリアさんの雑貨屋から購入しました。
でもカップは置いて無く、あるのは湯呑みたいなやつだけ。もしからしたら形がティーポットに似ているだけで、実は急須だったのかもしれない。
そのお茶を冷まし、アランジアイスの要領で調合した結果、何とか成功。
アランジと違い液体だから分量の調整に少してこずった。でもこの感覚なら他のジュース系でも出来るかも知れないな。【料理】で制作されたモノを使えば追加化効果も出るはずだし。
なお、ダリルアイスはディッシャーを使ったような丸い形だった。皿が無かったので今度アリアさんの雑貨屋で買うとしよう。
多分だけど、このアイスと交換と言えば大量にくれると思うし。
一応、十個ほどお茶とアイスを作ってからダイブアウトした。
(補足)
ダリル茶・食用アイテム・R
ダリルの茶葉から作ったお茶。妖精族にとって上流階級のステータスとも言える一杯。
空腹回復度+10%
ダリルアイス・食用アイテム・R
ダリル茶を使った贅沢なアイス。
空腹回復度+12%
妖精族=アイス大好き種族になってしまった。後悔はしていない。だっておいしいんだもん。
*一応補足*
本文中の“ディッシャー”とは、アイスクリームショップで店員がアイスを丸い形にくり抜くときに使っている銀色の道具のことです。名前を知らない人もいるかと思い、念のため書いておきました。




