第七話:アップデートに向けて
本日の更新により、投票を締め切ります。結果は早いうちにお伝えします。
店番をしておよそ30分後、ようやくファイさんが目を覚ましたようで控室から出てきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。思った以上に痛かった以外は」
未だに後頭部をさするファイさん。どうやらあの椅子は思ったよりも頑丈なモノのようだ。もしかしたら迎撃用の武器として使えるかもしれないと考えた俺もどうやら少し疲れているようだ。……あるいは思いのほかショックが大きかったのかもしれない。
「それで、どうしますか?」
一応クララさんがいるので“何を”どうするかは直接言わない。
それでもニュアンスは通じたようでファイさんは考えるそぶりをした。
「実は、私の一存じゃ決められないの。決まったらまた連絡するからそれでいいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
俺の回答に「助かるわ」と言ってお互いにフレンド登録を交わし、ファイさんは店を出て行った。
「結局何の話だったんですか?」
ファイさんが出て行ってからしばらくしてクララさんが尋ねてきた。当然答えられることではないのだが、看病までしてもらったのに何も言わないのは失礼かなと思い、少しだけ教えることにする。
「この前の魔族侵攻、覚えてますか?」
「ええ。と言ってもそういうことがあったとしか聞いていませんが」
「はい。そしてご存じのように、その時の様子が我々の世界の神によって我々の世界の住民に伝わっておりまして、その時に使ったアイテムを売ってくれないかと言う相談です」
俺の言葉に「またですか?」という顔をするクララさん。
実際、掲示板で『販売する攻撃アイテムはボムだけ』と伝えておいたのに、それ以外のアイテムを求める客は多かった。
当然ながら誰にも売ってない。そもそも売れるほどの量はない。
【錬金術】の情報開示や第二弾の発売によって最近はほとんどいなくなったが、それでもファイさんのように求めてくる客は後を絶たない。
そういう意味ではファイさんに協力を約束したのは異例と言えるだろう。まあ、その先にある光る砂浜に用があるからという理由があるが。
「そう言えば、今度新しいアイテムを置くって聞いてますけど?」
「うん。もうすこし先になるけど」
クララさんが言う新しいアイテムとは〝スノープリズム″のことだ。
実はやろうと思えば〝スノープリズム″は開店当初から販売させることは可能だった。
調合方法の『〝調合水″×2+〝水(ランクR以上)″×1+〝調合石″×3』の中で一番重要な〝水″は清水があるので解決。
調合水も窯の中からは消えたが調合自体は簡単だし、調合石は常に在庫を用意してある。
それなのに今まで店に置かなかったのは、“【錬金術】の攻撃アイテムはすぐに作れる”と思われたくなかったのと、俺の自由時間を確保するためだ。
実際、開店当初はアトリエから出られないほど調合の日々だったし、程度の差はあるが今でも全てのアイテムを補充しなくてはいけない状況だ。
そのため、一度落ち着くまでは〝スノープリズム″を販売しないようにしていたのだ。
一応アップデートが終わると新規プレイヤーが参加するので、それと同時に販売を開始する予定だ。
そうすれば【錬金術】持ちのプレイヤーが増え、俺の負担が減ることを内心では考えている。調合方法も〝中級錬金術教本″に書かれていると言えば問題なし。
まあ情報を与えすぎな気がするが、それで俺が自由に錬金術を楽しめる時間が増えるのだから問題ないだろう。
「今度はどんなアイテムなんですか?」
「え~と」
興味津々なクララさんに簡単に説明する。
そんな感じで厄介なことに巻き込まれながらも、穏やかな一日だった。
「……なはずだったのに」
「あはは……」
「ん?」
アトリエに戻った俺はそこで待ち構えていたエルジュにお願いと言う名の拉致を決行され、現在鳥人族フィールド“嵐の空”にいる。
なお、嵐の空と言っても空を飛んで進むわけではなく、空中に不可視な道があり、そこを通って先に進むフィールドだ。不可視といってもきちんと端には樹海にもあったような見えない壁が常にあり、転落することなどない。
周りが青い空と雲のため、まるで空中歩行しているような雰囲気を味わえるとあって、モンスターが出ない入り口付近ではデートしているプレイヤーを見ることも多い。
俺が今いるのはその入り口から歩いて20分程度離れた場所で、俺の他にここにいるのはエルジュとリボンの二人。スワンとシオリンは別のヴァルキリーのメンバーと行動中だ。
ヴァルキリーではギルドの拡張と同じくらい個々の育成に力を入れており、以前話題になった隠しエリア捜索に力を入れているらしい。
なんでも育成がうまいメンバーが何人かいるらしく、そのためエルジュのようにある程度力があるメンバーは後輩の育成よりも捜索を担当されている。
「で、隠しエリアを捜索するのはわかるが、なぜ俺を誘った?」
「だって、全然見つからないんだよ? ならここは第三者の力を借りるのが一番!」
言ってることは間違っていないが、それならゲーム知識豊富なラインを呼べと思う。エルジュもそれを考えていたのか、俺がそう言う前に口を開いた。
「こういうときは全く知識のない部外者的な人の方が違和感を感じやすいんだよ! それに兄さんは実績があるから問題なし!」
「実績ならラインにもあるぞ?」
未だに謎が残る例の館。そういえばあそこにももう一度行ってみたいな。
「エルジュ、この近辺には特に何も無さそうだよ」
「よし、なら次のポイントへGO!」
「……付き合うしかないか」
結局その日はダイブアウトするまで嵐の空を探索することになったが、成果は出なかった。
「それは災難だったな」
「他人事のように言いやがって」
「他人事だからな」
昼休み、今日はいつものメンツが勢ぞろいで中庭に集合している。
「もうすぐアップデートね。今度はどうなるのかしら」
「注目は何と言っても新武器! 個人的希望は弓よりも射程が長い銃の登場!」
「それは無いんじゃないかな……」
後輩三人組は来たるアップデートの話で盛り上がっている。エルジュやラインもたまに加わるも、俺は参加しない。
「何でそう消極的かな、お前は?」
「いや、俺へのメリットが無い」
フィールドのさらに奥が解放され、新しい素材が増えることは知っているが、残念ながらそこで戦うだけの力はない。
俺個人の力では無理でも、攻撃アイテムを駆使すれば可能かもしれない。
しかし数が足りないから販売できないと言ってる攻撃アイテムを使用してれば当然「売ってくれ!」というプレイヤーが増えるかもしれない。
俺個人なら問題なく調合できるが希望する全プレイヤーに渡るだけの量となると考えたくもない。
「そういうわけで、俺としてはさっさとアップデート終われという意見しか賛同できないな」
アップデートのせいで麻痺草やガラス砂が手に入らないのだ。正直、俺にとって今回のアップデートは単なる妨害でしかない。
ガラス砂に関してはもしかしたらアップデートは別の件かもしれないが。
「まあ、お前にとってはそうかもしれないが、新イベントには多少興味ないのか?」
努が言う新イベントとはプレイヤー同士のバトル、いわゆるPVPだ。第2エリアの街には今は入れないコロッセウムみたいな場所があり、そこで行われることになっている。
新規参加者のお手本、もしくは各ギルドの宣伝的な感じだ。
なぜギルドの宣伝なのかと言うとこのPVPの“P”はプレイヤーではなく、“パーティー”なのだ。さらに、他のギルドと連携して一つのパーティーにすることも可能なので、場合によってはトップギルドにも勝てるかもしれないと話題を呼んでいる。
ちなみに、優勝候補は当然ながらブレイズ。その話をするとラインは首を横に振った。
「実は今回のPVPに俺やアーシェたちのような主戦力勢は参加しない方針なんだ」
「え!? なんで!?」
努の発言に一番驚いたのは空。どうやら戦う気満々だったらしい。
「こう言うと自慢かもしれないが、正直俺たちが参加すれば優勝確実とまでは言えないが上位には入れると思う」
「謙遜しても自慢にしか聞こえないぞ」
俺が突っ込むも努は無視。
「そうすると『ブレイズ=強いギルド』というイメージが余計に強くなっちまう。すでに参加しているプレイヤーには例のPVやボス攻略ですでにそのイメージがあるから今さらかもしれないが、それを新規参加者にも与えることになる。するとギルド新規加入者が0になるかもしれないだろ?」
努の言い分に納得する全員。確かに強すぎるところには初心者は入りにくいよな。ただでさえ、加入条件に“ラインに4割のダメージを与える”がある……
「そう言えば、加入条件変えないのか?」
「なんで?」
「いや、今のお前に勝てる新規プレイヤーいないだろ?」
俺の指摘にラインは固まり、その手に持っていたカツサンドが地面に落ちる。さては何も考えてなかったなこいつ。
「……どうすればいいと思う?」
「ブレイズで相談しろ」
いつもながら何かあったら俺に頼るのは止めてほしいと思いながらも、どうしたらいいか考えてしまう俺だった。




