第六話:用件
重なった声の持ち主は以前樹海で会ったファイさんだった。
俺同様ファイさんも驚いていたがすぐに立ち直り、「ここじゃ話しにくいからどこか話せる場所はない?」と訊いてきた。
どうやら目的は俺、正確には俺に関するモノだろう。まあ、さっきの会話からすでに予想はできているが。
話せる場所と聞いて、俺はルーチェの奥にある控室に案内した。
開店する前は俺も店番をしてマリルさんと交代で休憩に入る予定だったので作っておいたのだが、俺は調合に専念することになってしまったので、今では売り子さんたち専用の控室になっている。
なので実はこの部屋に入るのは初めてなのだ。
「いい趣味ね」
ファイさんは部屋の飾りや小物を見て評価している。飾りはアリアさんアリサさん姉妹が開店前に買ってきてくれた物で、小物はマリルさんやクララさん、クラリスさんの私物だ。あとで皆に伝えておこう。
「それで、どういうご用件ですか?」
個人的には数少ないプレイヤーの知り合い(そう呼べるほど仲良くはないが)なのでいろいろ話を訊いてみたいが、今はルーチェ店主とお客様なので意識を切り替える。
「そうね。まず訊きたいんだけど、売っているアイテムは店内にあるモノだけ?」
その質問はさんざん訊かれてきたのですぐさま答える。
「ええ。当店で販売している物は店内のショーケースになるモノだけです」
「じゃあ、品切れになってるボムは明日には販売出来るの?」
「本来なら明日からですが、今手持ちに明日販売分があるのでお売りできまよ」
すると少し考え込むファイさん。そして再び俺を見つめる。その眼は先ほどまでとは違って見えた。
「では、例のPVに映っていたアイテムはいつごろ発売するの?」
内心でため息をつく。その質問も同様に訊かれてきたので、それもいつものように答える。
「今のところ未定です。素材や私自身の【錬金術】のレベルにも関係してくるので」
ここまでの流れだと次の質問は二つに絞られる。
一つは「なら素材を採ってくるから作ってくれ」という内容。答えは当然No。
理由に関しては「素材があっても必ずしも成功するわけではない」と言えば大抵の人は納得してくれる。それでも納得してくれない人はどうにかして説得するか出禁にするかのどっちかだ。
売ってるアイテムは【錬金術】があれば作れるアイテムであり、今こうして売っているのは『PVで取り上げられたから』と『プレイヤーが【錬金術】を習得できず、作れるのが現状俺しかいないから』だ。
まあ、第二弾の発売が決まってからは強引なプレイヤーは消えつつある。おそらく新規参加者の中から【錬金術】持ちを獲得する方向に変えたのだろう。
二つ目は「そのレベル到達まではどれくらい?」という内容。これに関しては答えることができない。
なぜなら、俺自身がそれを把握してないからだ。
正直、俺は“錬金術を楽しめればそれでいい”という考えでCWOにダイブしている。だから『フレイムボム一個調合することで経験値が~入る』ということを検証していないのだ。そのため、あと何個調合すればレベルが上がるとかまったくわからないため、答えることができないのだ。
そのどちらでも答えられるよう準備していると、ファイさんの口が動いた。
「なら、例の吹雪を発生させるアイテムは植物の成長を遅らせる、もしくは枯らすことができる?」
…………
っは! 全く想定外の質問だったのでしばらく頭が働かなかった。
「……どうだろう。 そのような性能実験は試したことが無い」
実際、攻撃アイテムがどういう効果か試す時は樹海の誰もいないところ(薬草の畑よりさらに先のところとか)でやったし、使ったのも例のイベントの時に魔族やモンスター相手に使用しただけで植物に使った経験はない。
「なら試してみない? 当然必要な素材はこちらで用意するし、それとは別にお礼もするわ」
どうやら向こうとしてはボムよりも〝スノープリズム″が必要なようだ。
すでに〝中級錬金術教本″のことは掲示板に載せてあるので今更情報を秘匿するつもりはないが、必要な素材を教えたのでは教本のことを公開した意味が無い。
「しかし、なぜそんなことを?」
そこで、理由を訊いてみることにした。その理由が人助けなどの正当なものであれば協力してもいいかと思う。当然、こっちで用意した〝スノープリズム″を使わせてもらうが。
「それは……」
「教えられませんか?」
逆にここで答えられない場合は手伝わないし、もしくは協力を強制させようとする場合は抵抗させてもらう。
相手は獣人なので武器を使わない戦闘能力なら俺は相手にならないが、ウィンドウを操作し、アイテムを取り出せれば俺にも勝機はある。
そして抵抗むなしく俺が捕まった場合に備えて、クララさんには〝ライジンディスク″を扉の前に設置させてもらうよう控室に入る前にお願いしておいてある。
ショーケースの裏には万が一に備え〝スノープリズム″と〝ライジンディスク″が置かれており、態度が悪い客には〝スノープリズム″で相手の動きを封じ、〝ライジンディスク″で攻撃するよう売り子の三人には教えてある。
本来街中ではダメージを受けないが、以前俺が【気絶】状態になったように効果は受ける。
この〝ライジンディスク″は通常よりも麻痺草を多く使用しており、そのため【麻痺】になる確率が高くなっている。
当然100%ではないが、それだけあれば外で巡回しているフェアリーガードに助けを求めることができる。
本来なら俺が助けに行くべきなのだが俺は常にダイブしていなので無理だし、今回のように俺が捕まる場合は当然無理だ。
さて、できれば手荒なことをせずこのまま立ち去るか、理由を説明してもらいたいが、果たしてどうなることやら。
それからけっこう時間が経った。と言っても体感時間でそう感じるだけで実際は十分にも満たない時間だったが。
「……わかったわ」
長き沈黙を破り、ファイさんが口を開く。さて、結論は?
「これから話すことは決して誰にも話さないで」
どうやら協力を優先したようだ。しかし、まだ油断はできない。その情報が本物であるかどうか分からないからだ。
……つい最近もあったなこの状況。やはり妖精族と獣人族は仲が悪いのだろうか?
「獣人族のフィールドは知ってる?」
「ワイルドストリートのことか?」
「知ってるなら説明は省くわ。今あそこが先に進めなくなってるのは?」
進めなくなると言うと例の蔓のことだろうか?
「いや、アップデートで各種族のフィールド奥に進めなくなっていることを知ってるくらいだ」
「そう」
ムルルからのメールで知っているがあえて知らないふりをする。こういう駆け引きで必要なのでいかに相手から情報を引き出せるかだ。
「今、ワイルドストリートはアップデート以外の理由で先に進めないの」
「……モンスターか何かか?」
「そうね。アレはモンスターと言っていい存在よ」
ここで新たな情報。ムルルのメールには『蔓の存在はモンスターかもしれない』という内容が書かれていた。そしてその討伐に参加できなかったとも。
つまり『討伐に参加できなかったのではなく、討伐対象=モンスターではなかった』という情報を入手できた。
「『言っていい存在』ということは、実際はモンスターではないと?」
「それに関してはまだ分かってないの。ごめんなさい」
ファイさんの顔を見る限り、嘘を言っているようには見えない。となればこれ以上の情報を得るのは難しいだろう。
しかし、この時点で俺はもう覚悟を決めていた。ここまで来るともう手遅れ、何らかの形で関わることになると思い始めていたからだ。
当然根拠はある。この感覚はアリアさんの依頼を受けた時に似ているのだ。
相手はプレイヤーなのでクエストではないが。
「わかりました。出来る限りは協力しましょう」
「えっ!?」
椅子から立ち上がるほど驚くってことは俺がそう言うのは想定外ってことか?
「なんで驚くんですか?」
「だって、肝心の情報を伝えてないんですよ? それに初対面ではないにしても、あまり交流のない相手にどうして……」
確かに言う通りだ。普通疑いはするもこんなすぐに協力を約束しない。
例外はあまりにお人好しで他人を疑わないタイプや、よく本で見る“俺が何とかしてやるぜ!”的な勇者キャラくらいだろう。
そして俺がそのどちらでもないことはすでにファイさんもわかっているはずだ。
「実は、知り合いに獣人族のプレイヤーがいましてね。蔓のことは既に知っていたのですよ」
なのでこっちも情報を伝える。協力する立場になった以上、最低限の信頼関係は築いておかないとな。
そして、俺がその先にある光る砂浜に用があることも伝えると納得してくれたようだ。
「そうだったんですか……」
俺の言葉に脱力したファイさんはそのまま座ろうとする。それを俺は止めようとしたが遅かった。
Q.勢いよく椅子から立ち上がったら座っていた椅子はどうなる?
A.椅子にもよるが、その反動で倒れる
本来あるべき場所のモノが無く、そのまま仰向けに倒れるファイさん。しかもゴンっと音が聞こえたから倒れた椅子で頭でも打ってるかもしれない。
「どうしました!?」
音が聞こえたのか扉を開けるクララさん。〝ライジンディスク″は扉から二歩先に設置してもらったので雷は落ちない。
先に俺が出た場合だと俺が雷の被害に合うからな。
クララさんの視界に映るのは椅子から立ち上がり状況を確認しようとする俺と想像通り頭をぶつけたのか床に倒れているファイさん。
「え~っと」
どう説明すればいいかわからないが、クララさんは俺に被害が無いことを確認したようで〝ライジンディスク″を解除した。
ちなみに、その方法は“不良品となった調合品を設置した場所に投げる”だ。この〝ライジンディスク″も効力Bであるためデメリットが存在し、それは“設置した場所にわずかでも重みを感じたら発動する”だ。
……正直撃退用ならデメリットどころかメリットじゃないかと思ったので特に気にしていないが。
雷の直撃を受けた不良品は耐久値を失くし、光の粒子となって消えたところでクララさんが入ってきた。
「とりあえず、看病しましょうか?」
「お願いします。店番は俺がするので」
こうして、開店してから初めて店番をすることになった。
来た客からブーイングを受けてショックを受けた……




