第四話:追加される目的
《で、どうすればいいと思う?》
《わざわざチャットまでして訊くことか?》
思いのほかいい感じに決まったらしく、努は昼休みが終わる時間になっても復活しなかったので、そのまま保健室に運んだ。
さすがにやりすぎたので謝ろうと思っていたが、その気持ちはきれいさっぱり消えた。
《と言っても、本人に直接聞く以外の選択肢はないと思うが?》
そう、俺がどんだけ言おうと決めるのはシュリちゃんだ。
その一方でシュリちゃんは専属の話を受けないだろうと思っている。
これは以前俺と冗談で話していた専属契約の話とは関係なく、現状を考えての判断だ。
昔ならともかく、今のシュリちゃんは自身の工房を持っている。しかも、その工房は俺のように偶然手に入れたわけではなく、シュリちゃん自身が選んで購入したモノだ。
その工房を捨てて別の工房に行くわけがないと思っているのだ。
そこまで考えて一つの考えにたどり着く。
《なあ、ライン》
《なんだ?》
《お前、最近シュリちゃんに会った?》
もしかしたらと思って訊いた質問。それに対するラインの答えは俺が予想していた答えだった。
《いや、イベントの後は一度も会いに行ってない。 エリアボスやら第2エリアの探索やらギルドの強化やらで忙しいからな》
《それでも武器の手入れとかあるだろ?》
《ドロップで剣があったらそれを使ってるから問題ない。予備の剣は第2エリアで買ったし》
決定。ラインはここしばらくシュリちゃんと会っていない。つまり、最近のシュリちゃんの動向を知らない。
《ライン、気を強く持て》
《は? いきなりどうした?》
《今からお前にある真実を伝える》
もしかしたらしばらくは立ち直れないかもしれないと思い、もう一度《気を強く持て》と念を押す。
《心の準備は出来たか?》
《ああ。 何なんだよ一体?》
《いいかよく聞け》
一拍間を置く。 なぜかチャット越しなのにラインが緊張しているのが分かる。
《シュリちゃんの露店はもう無い》
まずはジャブ。これで理解できるようならまだ傷が浅く済むだろう。
《……why?》
どうやらジャブだけですでにノックアウト寸前らしい。だがまだ完全には理解していないようなので俺は追撃を与える。
《言っとくが、鍛冶師じゃなくなったとかCWOを辞めたわけじゃないからな。 そこは勘違いするなよ》
《そ、そっか》
俺の言葉に安堵したような声を出すライン。しかしそれはフェイント。本命は次のストレート!
《シュリちゃんはすでに自分の工房を持ってる》
《――》
声無き悲鳴が聞こえてくるが俺はとどめのアッパーを繰り出す。
《そしてその工房はシュリちゃん自身が選んだ工房だからそこから他の工房に移ることはまずありえない》
《―――――――》
判定。ラインK.O.
《せめて安らかに眠れ》
俺はそう言ってチャットを切った。
その後、アーシェから『ラインが突然引きこもりになったんだけど何か知ってる?』とメールが届いたので先ほどの話を説明し、『後はよろしく』と付け足しといた。
そしてルーチェで不足しているアイテムの調合の続きをすることにした。
結局しばらくの間ラインは立ち直らず、久しぶりに外に出てきたら「ちょっと殺ってくる」と言って疾走。そのまま第2エリアのモンスターを笑いながら蹂躙し始めたらしい。その様子は他のプレイヤーにも目撃され、掲示板で『ブレイズのギルマスがダークサイドに堕ちた!?』と言われるようになった。
まあ、俺にはどうでもいいことだということで無視して調合を進めた。
そんなある日、とうとう【上級錬金術】がLv10になり、念願の〝上級錬金術教本″を獲得できた。さっそく読んでみるが、すぐに読めたのは6つのアイテムの中で2つだけ。
「〝ミドルマジックポーション″に……〝ポイズンボトル″?」
〝ミドルマジックポーション″はまだいい。マジックポーションの強化版だろう。
問題は〝ポイズンボトル″。
「名前からしてそういう代物か?」
確認のため素材を見てみると『〝(ランクUC以上の)毒草″×5+〝調合水″×1+〝ガラス砂″×3』と書かれている。
「〝ガラス砂″は聞いたこと無いな」
こういうときは掲示板だ。アイテム関連の掲示板を見ているとそれらしき物の情報があった。
『そう言えばさ、きらきら光る砂浜の噂知ってる?』
『ああ、獣人族エリアのフィールド“ワイルドストリート”のどこかにあるって言うアレ?』
『あのフィールド何でもあるからね。森も山も谷も川も。海はまだ見つかってないけど』
『まあ“獣人”って言ってもいろんな種類いるからな』
『話を戻して、“光る砂浜”は確かに存在するらしい。 ソースはNPC』
『獣人、もふもふしたいなぁ』
『NPCが言うなら間違いないな』
『もふもふ♪』
『だな。 NPCは間違ったことは言わん』
『もっふ♪もっふ♪』
『それにしてもCWOのNPCって他のMMOに比べてもすごいよね』
『も♪ ふ♪ も♪ ふ♪』
『もふもふ勢うるせー!』
『よそでやれ!』
『もふもふは正義―!』
『イエーイ!』
『キャホー!』
『だめだこりゃ』
『処置無しだな』
『……盛り上がってるところすいませんが、自分獣人ですがそこまでもふもふじゃないですよ?』
『(T_T)』
『(T_T)』
『(T_T)』
『(T_T)』
『(T_T)』
『(T_T)』
『(T_T)』
『どんだけいるんだよ……』
途中おかしいことになっているが、光る砂浜か。もしかしたらそこなら採取できるかもしれない。
「とりあえず、アップデートを待ちますか」
おそらくそこに入るにはアップデートが終わるのを待つしかないのだろうと思われる。しかも、まだ正確な場所が判明していないようなのでアップデートが終わるまで獣人族エリアで情報収集に励むのもいいかもしれないな。
「さて、新たな目的ができたところで、今日の納品分は……」
マリルさんたち売り子の皆さんには閉店した後に店の在庫を確認してもらい、補充分をコミュで教えてもらっている。
最近はギルド関連に行動が偏っているので売り上げが落ちているが、個人的には十分なほど売れているので問題ない。そもそも店の経営で食べていくわけでもないしな。
「ん? “アランジアイス×50”? あぁ、ティニアさんか」
いくつか種類を出したアイスだが、ティニアさんは初めて食べたアランジアイスがお気に入りで、客以外にも遊女の皆さんへの差し入れに出しているそうだ。
「氷はまだあるからさっそく調合しちゃいますか」
どうやら今日はボムよりもアイスを調合する日になりそうだ。
今日は少し短いですが切りがいいのでここまで。




