第一話:開店
お~ま~た~せ~し~ま~し~た~二~章~で~す~。(〇~〇~風に言ってみた)
「そういえば、今日だよね?」
「ああ」
空の疑問に簡潔に答える俺。
そう、今日は〝ルーチェ″開店初日。
俺やいつものメンバーは昼休みで弁当を食べていた。もちろん場所は中庭だ。
「まあ、俺達は直接買えるからな。 錬金ポーションとフレイムボム限定になったが」
「しょうがないだろ。 公平を守るためだ」
「それでも助かります。 お店で売る物はどれくらいの威力なんですか?」
訊いてきたのは心ちゃん。彼女たちも使ったことがあるだけにその威力が気になるようだ。
「販売するのは【連続調合】で作れる効力:Cのモノだけ。〝イグナボム″も同様だな。 他の攻撃アイテムはまだ安定供給ができないからまだ売れないな」
他に売るモノは錬金ポーションとアランジアイスなどのアイス系となっている。当然、安定供給の目途が立てば売るモノは随時追加する予定だ。
「それ、大丈夫か? 特にPVの最後に使ってた〝グレンダイム″が一番欲しがるやつ多いんじゃないか?」
確かにそうなる可能性はある。しかしそれにはすでに手を打っておいた。
「店のことを告知する掲示板を作っておいた。 そこですでに説明済みだ」
実際、宣伝も兼ねて掲示板を作っておいた。
その最初に『提供できるのはあくまでこちらの在庫に余裕があるアイテムに限定する』『在庫にも限りがあるので購入制限を設ける』と書いておいた。
当然それに対して「もっと寄越せ!」とか「もったいぶるな!」とかの声もあった。そういうコメントが溜まってきたところで「あまり評判が悪いようなのでやっぱり開店止めます」という一文を追加してみたところ、途端にコメントは消えた。
強引かと思うが、これくらいはしなくてはならない。悪印象を与えるのは良くないが、そういう輩ばかり来られても困る。
「ところで、開店時間っていつなんですか!?」
「落ち着いて、栞ちゃん」
身を乗り出すように体をこちらに向けてくる栞ちゃんとそれを食い止める世羅ちゃん。それでも気になるのかチラチラ俺に目を向ける。
気が付くと全員が俺に注目していた。まあ、気になるのは当然だよな。
「開店時間は……」
俺の言葉に聞き耳を立てる全員。その時、13時を告げるチャイムが鳴った。
「五時間後だ」
ルーチェの営業時間は18時~朝の3時まで。夕方から開店するのは俺が学生だからで、そして朝3時は適当に決めた。まあ、このくらいが翌日に響かない程度の睡眠がとれるギリギリの時間という努の意見を参考にしている。
その本人は授業中ぐっすりなのでどこまで信用していいのか不安だが。
CWOにダイブした俺は店内で最後の準備をしており、現在の時刻は17時55分。
あと5分で開業なのだが外の状況は……あまり説明したくない。
「……はぁ~」
「すごい人ですね、外」
俺のため息に反応してくれたのはマリルさん。
彼女は『水仙』で働く遊女さんなのだが、その地位は低く、本人には失礼な言い方だがわかりやすく言うと下っ端のような存在だ。
なぜ彼女が店の中にいるかと言うと、売り子をお願いしたからだ。
老人やアリアさんのように自宅兼店ならよかったのだが、アトリエと店舗は結構離れている。
そのため、俺も常に店番ができないのでティニアさんに誰か出来る人がいませんかと尋ねたところ彼女を紹介された。
まさか『水仙』の遊女さんが来るとは思わなかったので最初は断ろうとしたが、その理由を聞いて彼女を雇うことにした。
何と彼女、あの老人のお孫さんなのだ。
「父は祖父に反抗して家を出たんです。 そんな父を見て育ったので私も【錬金術】に良い印象が無かったのですが、フレイムボムを見てそのすごさに驚いたのです。 そして祖父が生涯をかけた【錬金術】について理解を深めたいと思ったのです」
理解者が増えるのはうれしいし、老人のお孫さんならなおさら断る理由が無かった。
そういうわけで、彼女に店番をお願いすることになったのだ。
実は、その裏で「『水仙』の宣伝もよろしく」と言われていたことを、このときの俺は知らなかった。
その判断を今となっては後悔している。
「そうだよな。 あの『水仙』に所属する遊女さんなんだよな」
「?」
マリルさんは何のことかわからないという顔をしているが、『水仙』で働く女性が普通レベルの容姿のわけが無い。
マリルさんには開店当日から店番ができるよう事前に何度も店を訪ねてもらったので彼女の存在はとっくに知れ渡っている。一応俺自身が注目されている身なので。
つまり、マリルさん目当ての人間も店に集まっており、さらに掲示板でも話題になっていたようでその数は数えるのが馬鹿らしくなるほどだ。
……その際に『美人女性錬金術師と美人お姉さん売り子が経営! まさに夢の競演!』なんていう書き込みがあったがスルーした。突っ込む気にもならなかったし。
正直、「トラブルが発生したので今日の開店は延期します」と言って逃げたいのが今の心境だ。
そして迎えた開店時間。
カウンターとポーションやフレイムボムなどを飾っているショーケース(オウルに言ったら作ってくれた)くらいしかない店舗の中は人であふれる。
「ボムください!」「こっちはポーションも!」「アイスが私を呼んでいる!」
「邪魔だどけ!」「なんだと!」「マリルさ~ん! 付き合ってくれ~!」「「「誰だ抜け駆けしようとした奴!?」」」
店内はもはや大混乱。念のため救援を要請しておいたミシェルたちフェアリーガードの協力によりなんとかその日は乗り越えたが、三日分用意しておいた在庫はその日で6割が消えてしまった。
《というわけで、絶賛調合中で忙しい中何の用事だ?》
翌日放課後すぐさまCWOにダイブし、無くなった在庫の補充に専念する。作ったアイテムは外で待機しているフェアリーガードの隊員たちの手によってすぐさまルーチェへと運ばれていく。
そんな最中にラインからリンクチャットが届いた。
《実は、そんなお前に折り入ってお願いがあるんだが……》
忙しくて機嫌が悪い俺の声を聞いたせいか、ラインの声にいつもの陽気さが無かったが、一応用件を聞いてみることにした。
《今度、CWOが追加販売されるの知ってるよな?》
《ああ》
《で、ムルルやロウの知り合いがもしかしたらダイブするかもしれないんだ》
可能性の話をしているのは確実に確保できると決まったわけではないからだ。
あまりにも有名になってしまったせいで、商品を確実に確保できる保証が店舗側にも無いとこの前ニュースで報道されていたし。
《それで? それと俺にどういう関係がある?》
未だに話が見えない。【連続調合】でフレイムボムを作り終え、外にいる隊員に渡し、次の調合に取り掛かる。
《実は、そいつらに【錬金術】の……》
《パス》
《指導をって、え?》
《悪いが、そういう話は全部断ってるんだ》
俺をパーティーやギルドに入れようとした者は多いが、同じように俺に【錬金術】を教えてほしいと言うプレイヤーも多かった。
しかし、俺は一切の指導をしないと決めていた。それは面倒だとか、レシピを独占したいとかそういうわけではない。
単に、【錬金術】に本当に熱心になれる人以外は指導したくないだけだ。
俺も老人ほどではないが、錬金術を馬鹿にされてきた人間だ。だからこそ、俺は『便利なモノ』程度の考えで錬金術を考えている輩に錬金術を教えたくないのだ。
俺のわがままと思ってもらっても構わない。それでも、これだけは曲げるわけにはいかないのだ。
それを伝えるとラインは理解してくれたようで、《なら、こっちで頑張ってみるよ》と言ってチャットは終わった。
「さて、続き続き」
チャット中も止めていなかったため、次のフレイムボムが完成し、また調合に取り掛かる。
開店してから現実世界で三日が経過し、店のほうもだいぶ落ち着いてきた。
ボムのほうも評判が良く、今のところは順調だ。
そのせいでたまに品切れになる時があるので、それを何とかするのが今のところの課題だ。
実はそれとは別に新たな問題が発生している。それはマリルさんだ。
実は彼女、今日まで一度も休まず店番をしてくれている。
現実ではわずか三日だが、これをCWO時間に換算すると三倍の九日となってしまう。
本人は「接客の勉強にもなるので気にしないでください」と言ってくれているが、本来の遊女の仕事が全くできないのでは意味が無い。
そこで、ティニアさんに交代要員をお願いしたところ、なんと二人も呼んでくれた。
彼女たちはマリルさんと同じ時期に入った同僚で、姉妹のクララとクラリス。
マリルさんほど【錬金術】に深い思いがあるわけではないのだが、見習い時代から仲が良く、マリルさんのためならと引き受けてくれたらしい。
簡単に内容を説明し、三人交代で店番をお願いすることになった。
そのせいで、またしても余計な客が増えたが、俺に内緒で『水仙』の宣伝もしていた効果が出始め、本業の遊女のほうも前より好調だとアランジアイスを納品するために『水仙』に寄った時、ティニアさんがこっそり教えてくれた。
こんな感じでルーチェの営業は順調に走り始めた。




