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VRMMOの錬金術師  作者: 湖上光広
第一章:ダイブイン
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小話3:老人のクエスト

今まで一番長くなりました。いつもこれくらい書ければいいのに。

その知らせは突然来た。


「さて、〝転移石″は完成したか?」






さて今現在、俺はリアルも含めて人生最大の危機に直面している。


「完全に忘れてた……」


俺の視界に映る時刻アイコン。普段ならデジタル表示だけなのだが、今はデジタル以外にも砂時計があり、刻一刻と砂が落ちていく。

つまりは残り時間と言うわけだ。


「どうするか……」


残り時間は約2日。実際は40時間。


本来なら死刑宣告とも言えるのだが、幸いにも救いが無いわけではない。


最大の難関だった調合方法は偶然にも手に入れている。あの魔族侵攻の際、【上級錬金術】にランクアップした時に手に入れた〝時空辞典″に書かれていたのだ。



転移石・移動アイテム・HR

任意のエリアの噴水に転移できる石。

『〝簡易転移石″×2+〝調合石(ランクR以上)″+〝ハイポーション″×1』


調合石に関しては大量の貯蔵があるので問題ない。


ハイポーションも調合に成功したのがあるので現物はある。最低ランクだったがランク制限はないので助かった。


問題なのは簡易転移石。こればかりは何とかするしかない。

素材はわかっている。入手先もわかっている。必要なのは腕、というより運だろう。


「やるしかないよな」


俺は素材となる転移水を採取するため噴水に向かった。




無事転移水は手に入った。

後は調合だけなんだが……簡易転移石すら上手くいかない。


「マジでどうする?」


魔族侵攻の時は完全に老人任せだった。数が少ないとはいえ用意できた老人との力の差を見せつけられているような気さえする。


しかも魔族侵攻の時と違い、誰も頼ることができない。全て自分の力だけで達成させるしかないのだ。







残り時間が半分になった。未だに簡易転移石は成功していない。


「現実だと朝だな」


いつのまにか徹夜していたようだ。全く疲れを感じないが、これがハイ状態と言うやつだろうか。

しかし、体に異常がきたしているかもしれないので一度ダイブアウトする。


「あれ?」


俺が部屋を出ると同時に空が部屋から出てきた。今日は平日なので服装は当然制服だが、俺は寝巻のままだ。


「寝坊?」


空の疑問のまなざしに答えることなく、キッチンに向かい手早く朝食を作る。

炊かれていたご飯をよそい、昨日残りモノを並べ、目玉焼きを作る。以上。


「手抜き」

「うるさい」


冷やかな口調に少し反抗するとご飯を食べる。空も席に着き、食べ始める。


「学校サボるの?」


空はご飯を口に含みながら訊いてくる。おそらく本人は冗談のつもりなのだろう。


「ああ」


ブー


空の口からご飯が散弾銃の弾のように散らばった。


「汚いぞ」

「兄さんのせいでしょうが!」


ティッシュを取り出し、口元を拭く。そして口直しとしてお茶のグラスを手に持つ。


「あと、もしかしたらCWO辞めるかもしれない」


ブ――


今度は火炎放射器のように吹きだした。


「だから汚いぞ」

「なんで!?」


今度は口元を拭かずにテーブル越しに俺に迫る。

俺が例のクエストについて話すと呆れられた。


「確かにアトリエが無くなるのは痛いけど、辞める必要あるの?」


空の言う通り、無くなるのはアトリエだが、俺にとってアトリエは【錬金術】をするうえで欠かせない大切な場所になってしまっている。

実際、共同工房で調合は出来るし、シュリちゃんのように空いてる工房を買うこともできる。


しかし、それは何か違うと俺は思ってしまうのだ。

長年使っていた物、それこそ相棒とも言えるモノの代わりがどこにもないのと同じようなモノだろう。


空も共感はしてくれたが、そこはゲーマーらしく、強い武器があればそれに変えるのは当然のことだと言った。MMOの中には武器をインゴットにして新たな武器を創る方法を搭載したモノのあり、CWOもその機能を搭載しているが、アトリエは武器ではない。


結局、俺が大切な物を守るためにはクエストに成功するほかないのだ。




朝食を終え、俺は再びCWOに帰ってきた。

“帰ってきた”という言葉を使っている自分に驚き、学校をサボってまでクエストに挑む俺自身を見て“もしかしたら俺にもゲーマーの魂があったのかもしれない”なんて思い、少し笑った。


気分を良くした俺は目の前に見える錬金釜に向けて足を動かした。




そこからは何度も調合を繰り返した。

同じように調合しても失敗するのだから、あえて分量を変えてみたり、他の調合をして少しでもレベルを上げる努力をしたりと、おそらくCWOにダイブして一番真剣に調合を繰り返した。


しかし、調合は失敗し、レベルも上がったのはわずかに1。残り時間も5時間を切った。


「どうする!?」


転移水が無くなったので噴水まで補充に行く。多くのプレイヤーが俺の行動を見て「今度は何作ってるんだ?」「というか噴水の水ってアイテムだったのか!?」「回復……いやそれ以外にも用途があるのかも」など様々言葉を交わしているがどうでもいい。

今俺に必要なのは転移石ただ一つ。


(これだけあれば十分だ)


残り時間分は転移水を確保して振り向くとそこには老人がいた。逆光になっているので少し見えづらいが、服装からして間違いないだろう。


「調子は……良くなさそうじゃの」

「ええ」


現実ならひどい顔になっているだろうが、ここはVRMMOの中。状態異常でも起きない限り顔色が変化することは無い。


「どうやら調合方法は知っているようじゃな」


俺が転移水を瓶に詰めているところを見ていたのだろう。

俺は老人に一礼し、その場を去ることにした。


しかし、老人に行く手を阻まれた。


「何か?」

「お前さん、今どこまで鍛えた?」


何を言っているのかわからなかったが、老人と俺との接点は【錬金術】しかない。


「今、【上級錬金術】です」


細かいレベルは言わなかった。まあ、言ったところで老人にはわからないだろうが」


「やはり、そこまではたどり着いたか」


老人は俺に近寄り、腕をつかんだ。そして自分の店へと引き込む。


「あの?」

「儂の家にはあのアトリエに直接つながる転移魔方陣がある。知っておるじゃろ?」


そう言われて思い出す。そういえば、最初にアトリエに行った時は老人の店奥の扉の先に合った魔方陣から転移したことを。


「そこから行けばいい。多少は時間が節約できるじゃろ?」


老人の提案に感謝し、俺達はアトリエに向かった。




アトリエには調合を続ける俺と、椅子に座りその様子を見ている老人がいた。


老人は俺と共に転移魔方陣でアトリエに来て以降、ずっと俺が調合している様子を見ている。

普段なら(一応尊敬しているので)老人に見られることは緊張するのだが、俺の頭の中には“時間が無い!”しかなかった。



そして残り時間が減っていき、とうとう最後の時を迎えようとしている。


(これが最後の調合)


焦りから失敗を連続し、十分数を確保していた転移水も残りはあと1回の調合分しかない。時間的にももう一度補充する余裕はない。


つまり、これが正真正銘最後のチャンス。


転移水を窯に入れようとして、ふと手が止まる。


“このまま入れても失敗するだけだ”


どこからか声が聞こえてくる。その声には聴き覚えがあった。

そう、ゴブリンキングと闘っている時のあの声。


“そうやって何度も失敗したじゃないか”


確かにそうだ。しかし、手順は間違ってない。純水に俺の力が足りないだけだ。


“そうやって諦めるのか?”


……


“あの時は諦めなかっただろ?”


そうだ。あの時も諦めようとして、最後には立ち上がった。


“なら、やることは一つだろ?”


そう、やることは一つ。


『俺たちが信じてきた錬金術を信じるだけだ!』




再びの邂逅の後、しばし目をつむり、精神を集中させる。

こんな行為、調合には必要ない。

しかし、今の俺には必要だった。


目をつむり、焦っていた心を落ち着かせる。

そして信じる。きっとできると。


目を開き、錬金釜と対峙する。

転移水を入れ、かき混ぜる。

色が混ざり合ってきたところで調合石を入れる。


後は反応を待つだけ。


慎重に、丁寧に、一回かき混ぜることに成功を信じながら続けていく。

その様子を、まるで幼稚園か何かの遊戯会をビデオカメラで録画している親のような目で老人が見ていることに俺は気づかなかった。




かき混ぜ続け、ようやく待望の反応があった。

しかし、ここで油断できない。ここまでは順調でも最後の最後まで慎重にかき混ぜ続ける。


そして窯が光り出す。その光を見て俺は確信した。……成功を。


光が収まると俺の視界には調合に成功したウィンドウが現れた。ついに簡易転移石は完成した。

そして残り時間が0になった。




「どうやら間に合わなかったようじゃの」


老人の声が聞こえてくる。俺はそれに振り向くことができなかった。

悔しくて。情けなくて。

この体たらくでは、せっかく光の意味を持つ言葉を店の看板にしてくれた老人を失望させただろうと。


「しかし、半分は達成されておる」

「はんぶん?」


老人の言葉に振り向くと老人の指が俺の背後、ウィンドウを指していた。


「儂には見えんが、簡易転移石の調合には成功したのじゃろ?」

「……ええ」


確かに簡易転移石はできた。しかし、クエスト攻略に必要なのは転移石だ。


「この場合は神に祈るしかないの」

「かみ?」


その瞬間、俺の視界にウィンドウが現れた。


そこには『特殊クエスト“アトリエ”に失敗しました』と記されている。


しかし、それだけ。


俺は今もアトリエの中にいるし、老人も俺をアトリエから出そうとはしない。


「今儂に神託が降りた」

「神託ですか?」


その言葉が引き金になったのか、俺にも神託が降りた。俺の場合新たにウィンドウが表示されたと言うのが他正しいが。


そこには『“調合水×∞”が消失しました。“本棚の収納数×∞”が消失しました』などいくつかの機能が消失した事実が記されている。


「どうやら、簡易転移石が調合できたことで、アトリエという場所の消失だけは防げたようじゃの。その代わり、他の効果は失われたようじゃが」


老人の言葉を聞き、俺は錬金釜を覗いてみるとそこには液体があった。しかし、調合水の色ではない。


試しに手に取ってみると“ただの水”と表記された。ランクもCで、一般的な水がそこには溜まっていた。


「これで、お主は最低限の設備だけで今後やっていくことになったというわけじゃな。まあ、道具や効果はおいおい追加できるから元通りにすることもできるじゃろう」


つまり、クエストに失敗し、アトリエはただの一般的な【錬金術】用の工房に成り下がったと言うことか。


「上等ですよ」


しかし、言い換えればたったそれだけだ。


「むしろ、俺にとってはよりふさわしい工房です」


チートまでとはいかないがこれまで楽をしていた物が無くなったのは痛い。しかし、その分求められるのは俺自身の錬金術師としての腕前だ。


「これからが、俺の本当のスタートになるかもな」


そんな俺を老人は親のような眼で見つめてきた。しかし、その眼は先ほどの心配そうな目とは違い、暖かく見守るような眼であったことを俺は知らない。







「よかったんですか?」

「何が?」

「本来、一人のプレイヤーに加担するのは良くないですよ。と言うかダメですよ」

「確かに、本来はダメだ。俺でも認めない」

「なら……」

「しかし、彼によって一部とはいえ我が子のように作ったNPCたちが我々の想定外の動きをした。しかも自発的にだ」

「それは、そうですが……」

「いくら高度なAIだろうが、彼らがプログラムであることは変わらない。それは誰にも覆せない。それでも、私はそれを覆したかった。だからこそ、AIの研究に没頭し、こうして自我とも言えるまで成長させてきた。

しかし、私にはそれが限界だった。どうしても“プログラム”という枠組みを超えられなかった。だからこそ、その枠に捕らわれず、彼らを進化させてくれた彼への、言うならば恩返しなのだよ、これは」

「……実にいい話ですが、当然バレますよ? もしかしたら降格されるかもしれない」

「その程度で済むのならいいさ。子供のために何かしたのだから後悔はない」

そう言って、男はタバコを吸いに部屋から出て行った。

実は、魔族侵攻の時にアルケが転移石を調合し、それを使ってドワーフ族エリアに転移するはずでした。

しかし、【アトリエ】の話を投稿した際に、“アトリエの錬金釜、調合水使い放題はおかしくない?”と友人に言われ、急遽話を書き換えましたためクエストの話が遅くなりました。

感想に書いてくれた方々にも返事ができずに申し訳ありません。



次から二章の話になります。

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