第六十六話:デーモン
エリアボスとはそのエリアの最終ボスのことで、このボスを倒せば次のエリアに進める、いわば次のエリアへ進む最後の試練だ。
エリア2が解放されたことはアップデートで知らされていたが、突発イベントのせいでエリア2に到達したプレイヤーは未だおらず、エリアボスの情報もまだ出回っていなかったので、βでエリアボスだったデーモンの存在も半信半疑の状態だった。
それが今、目の前にいた。
3メートルは超えていると思われる巨体。基本は骨だけの体だが、腕や足には肉が付いている(それでも骨が見えているが)。
右手には大人5人分ほどの大きさの戦斧を、左手にも巨大な盾を持っている。
しかも努から聞いていたデーモンよりも大きい。つまり、こいつはこのイベント専用のボスなんだろう。
「……」
その姿に俺は圧倒されていた。
俺だけでない、この場にいるほとんどのプレイヤーは同じ状態だった。
「ボケっとするな! くるぞ!」
その中でもブレイズのメンバー、特にラインは動じず、すぐさま戦闘を開始した。この辺はすでにデーモンとの戦闘を経験したラインやそれ相応の経験を積んだプレイヤーと一般プレイヤーの差だろう。
その姿を見てドワーフ族たちも戦おうとするが、そもそも彼らは戦闘には向いていない。なので一か所に固まって守りやすくしてもらった。
どちらかというと俺もそっちなので、攻撃には加わらず援護に専念することにする。
攻撃アイテムという攻撃手段はあるが俺の防御力では二回ダメージを受けたら終わりだ。実際、先ほどの肩の攻撃で残りHPは3割を切っている。
さらに味方が密集している状態だとそもそも攻撃アイテムは使えない。ダメージを食らわないのは発動者だけなので、周囲にいる味方にはダメージを与えてしまうのだ。
ブレイズは散開し、ライン・ムルルが近接、ロウが二人を守りつつタゲ取り、アーシェ・スバルがそれぞれ魔法と弓で遠距離、そしてカナデちゃんが援護というスタイルだ。
フィールドボスなら主力メンバーがそろっている今のブレイズならば何とか倒せる可能性がある。しかし相手はイベントボスだ。
以前努から聞いた話ではβ版ではエリアボスに挑む時はレイド、すなわち複数のパーティーを組んで戦ったと聞いている。
CWOではパーティーは六人が限度だが、レイドには限度がない。その分、レイドが小さいほど獲得できるアイテムの量や質が上がるシステムだ。
βでは初めてのエリアボス戦では合計十パーティーで挑んで勝ったそうだ。その後もβプレイヤーは検証を続け、最小のレイドでも三パーティーが必要だった(その頃には十分すぎるほどLvが上がっていたということも含めてらしいが)。
そんな相手と同等、もしくはそれ以上強い存在に実質7人のプレイヤーだけで戦わなくてはならない。
可能ならばドワーフ族たちだけでも逃がしたいが、デーモンが登場したと同時に結界らしきものが現れ出入り口を封じてしまった。
つまり、ここから脱出するにはデーモンに殺されるか、デーモンを倒すかの二択しかないのだ。もちろん、殺されたらドワーフ族が救出できないのでどの道倒すしかない!
戦闘開始から十分くらいだろうか。なんとか全員生き残っているが、戦況は絶望的だった。
「あれだけ攻撃してやっと四分の一?」
アーシェの言葉通り、デーモンのHPバーはようやく25%減ったくらいだ。
対してこっちだが、アーシェはそろそろ〝生命の甘露″が無くなりそうだし、スバルも矢の数を気にし始め、ライン・ムルル・ロウに至っては〝生命の甘露″だけでなく〝ポーション″系も残り所持数が厳しくなっている。
カナデちゃんも自分のMPバーを気にし始めている。
すなわち、この中で唯一そこまで被害が出てないのは俺だけだ。アイテムの残りは少ないのは同じだが。
(だからって俺の力じゃ)
俺自身の力は論外。一方で攻撃アイテムはダメージを与えられるが、それにはデーモンに近づく必要がある。
そうなれば、アイテムを使う前に死ぬ確率の方が高い。
現状で一番有効な攻撃手段は“威力の高いフレイムボムをラインとムルルに持たして攻撃させる”ことだが、彼らは前衛で戦うことでデーモンの意識をドワーフ族からそらしてくれている。
プレゼントウィンドウという手段もあるが、この状況では視界を悪化することになってしまう。そのため、彼らにフレイムボムを渡すためには手渡し以外なく、やはり俺が近付かなくてはならない。
「どうするか」
威力の高い〝ライジンディスク″を投げながら考える。ライジンディスクの位置はパーティーメンバーなら誰でも見えるようになっているので、ラインとムルルがうまく誘導してダメージを与えることには成功している。
一応フレイムボムも投げてはいるのだが、あの盾で爆発も爆風も遮られ満足のいくダメージを与えられていない。
「せめてあの盾を破壊できれば!」
スバルの声が響く。そう、現状一番やっかいなのは威力の高い攻撃が盾で防がれているからだ。さらに魔法対抗力も高いのか魔法関連もあまり通じていない。逆を言えばあれさえ破壊できれば勝機は見えてくる。
敵が使う武器にも耐久値があるため、対人型のモンスターへの有効打として武器破壊は浸透している。
しかし、盾ばかりに攻撃していれば相手のHPはいつまでも減らないし、耐久値は表示されないのでいつ破壊できるかわからない。
そのため、現状は7:3の割合でデーモン本体と盾に攻撃を当てている。
「くそ!」
そんなとき、さらに悪い展開を迎えてしまう。
ラインが〔アクト〕で盾に攻撃したが、その際大剣の切先がデーモンの盾にめり込み、刀身が半分に折れてしまったのだ。
砕け散っていないので【完全破壊】ではなく【部分破壊】だろう。すぐさま予備の剣に変えたが、当然威力は落ちる。おそらくムルルの鉤爪もそこまで持たないだろうし、二人を守っているロウの盾も限界が近いかもしれない。
遠距離組は耐久値の心配はないが、アーシェの場合MPが、スバルの場合矢が無くなってしまえばそれで終わりだ。
そうなると、やはり俺の攻撃アイテムが勝敗を左右することになる。
(こうなれば自滅覚悟で特攻するしかない!)
そう考えて、踏み出そうとした瞬間、背後から声が聞こえてきた。
「アルケさん!」
声の主はシュリちゃん。すると俺の目の前にプレゼントウィンドウが表示された。
「この状況で一体何を……!」
そこに記されていた名前は〝翡翠の盾″。
〝翡翠の盾″・盾・R
インゴット〝翡翠″から創られた盾。翡翠の特性である軽さが活かされている。
「それは一つしかありません! 私にできるのはこれが精一杯です!」
シュリちゃんが大声を上げる。なんと集団の中でじっとしていると思いきや彼女は製造をしていた。
確かにここは魔族がエルフ族を攻める武器や防具を創らせるための場所だ。それを逆手に取ったシュリちゃんのせめてもの援護だった。
俺は急いでロウにチャットを繋げるが応答してくれない。
他に盾を使える人間はいないのでロウに与えるしかないのだがこっちに気づく暇すら無いようだ。
「……まてよ?」
俺は急いで“あること”を確認する。そして覚悟を決める。
俺は【杖】スキルを控えにし、新たに保留ウィンドウから選択したスキルをメインにいれる。
「いくぞ!」
メインに入れた【盾】スキルで〝翡翠の盾″を左手に装備し、俺はデーモンめがけて駆け出した。
【盾】スキル無しでも盾を持つことはできますが、装備することはできませんし、アクトも使えないので盾を使うには【盾】スキルが必須となっています。
実はこの展開のためにアルケには皮鎧を装備させていました。
初めは錬金術師の防具は錬金服かローブを考えたのですが、それじゃつまらないと考えていると“アイテムを握りしめて敵に突撃する”光景が頭に浮かびました。
そこから『防御手段が必要』⇒『盾の装備を追加』⇒『盾を装備してもおかしくならないよう鎧が必要』⇒『動きやすい皮鎧をメイン防具』という流れになったのです。
*『デーモン弱くない?』と思った方もいるかもしれませんが、このデーモンは牢獄エリアに突入したプレイヤーの数によってその強さが変動する仕様となっています。イベントボス限定の仕様でエリアボスの強さは一定です*




