第六十話:希望と現実
「そっか。その後も情報は無しか」
「ああ」
緊迫状態が続くCWOとうって変わって現実は平穏だ。例えテレビの画面では紛争や内乱の様子を伝えても俺たちの生活には何も影響はないのと同じなのだ。
「こっちも変わらず。 どうにかして転移手段を探しているところ」
「私はLv上げに専念しています」
「私も~」
「わたしもです」
後輩たち、元気が取り柄の栞ちゃんも今日は元気がない。
「それで、エルフ族はどうなったんだ?」
「一人知り合いがいるけど、所詮ガセだろうってそこまで気にしてないみたい。 一応警戒態勢は維持してるらしいけど」
「そっか」
悔しいがこれ以上は俺にはどうすることもできない。
暗い気持ちのまま昼休みは終わり、放課後になるともはや義務のようにCWOにログインした。
「あれ?」
ログインしてアトリエで起きてみるとそこにはアリサさんしかいなかった。
「あ、アルケ。おはよう」
「おはよう、かな? 他のみんなは?」
「提示連絡会だって。みんなそれなりに地位が高いから」
確かに俺にばかりかまってられないか。
「あれ? ミシェルやティニアさんはわかるけど、アリアさんも?」
「アリア姉さんは薬師同士の集まりに行ってる。 多分在庫確認じゃないかな?」
この在庫確認は数だけでなく品質も確認も意味している。時間が経つと痛むのは現実と同じなのだ。
「アリサさんはいいのか?」
「私よりも偉い人が来てるから。 それに、ここに誰もいないのは問題になるからって」
「そうか」
「ごめんね」
アリサさんは謝るが、自分の立ち位置はわかっている。俺はいつも通り巡回中に採取され、アトリエに運び込まれた素材を確認しながら調合を開始する。
「お」
最初のフレイムボムができたところで【中級錬金術】がステップアップ可能になった。どうやら生産職はランクアップに必要な値が少ないようだがさすがに足らなかった。
しかし、同名アイテムを大量に調合したため特別ボーナスが付属され、ぎりぎりステップアップ可能となったので【上級錬金術】にする。
同時に流れるアナウンス。より高度な調合用道具が手に入るとあるが、正直どうでもいい。とりあえず一番多く使う錬金釜にするかと思いながら一覧を見ていくと最後にアイテム名以外の文字があった。
『調合レシピ』
「……え?」
思わず手が伸び、その文字に触れる。すると新たに表示されるリスト。一番上にあったのが〝上級錬金術教本″なのでおそらくはレシピ集なのだろう。一つ一つ確認してくとある一冊の本が目に付いた。
〝時空辞典″
その文字を見た瞬間、迷わずそれを選択していた。転移魔法は他のエリアへの移動魔法。そしてこういう魔法は時とか次元とかそういう類だと以前努から聞いていた。
ならば、もしかしたら、他のエリアへ転移するためのアイテムがあるかもしれない!
そんなかすかな希望に賭け決定ボタンをクリックし、時空辞典を受け取る。そして最初のページに待望の品があった。
〝簡易転移石″・移動アイテム・HR
任意のエリアに転移できる。
一度しか使用できない。
転移先はランダム(効力が高いほど一緒に転移できる人数が増える)。
魔族には独自の転移手段があることは、噴水を経由することなく多くの人に目撃されていることからすでに判明していた。
そして魔族は今エルフ族エリアに向かっているはず。
……となれば手薄な今ならシュリちゃんたちを助けられるかもしれない!
だがそれは“ドワーフ族エリアに転移できたら”の話だ。そしてドワーフ族エリアに転移する手段が無いため、その案は諦めていた。
しかし、その方法が今俺の目の前にあった。残念ながら俺の【錬金術】レベルではこのアイテムは作れない。だが、あの老人なら可能なはずだ。
一気に湧き上がる希望。それは確かに見えた光明だが、大きな問題があった。
それをアリサさんたちが見逃すわけがないのだ。うすうす感じていたが彼女たちは俺の監視もしていると思っている。
実際、アリサさんは先ほど「ここに誰もいないのは問題になる」と言っている。それがなによりの根拠だ。
なぜそこまでするのかもわかっている。ボムを生産できるのが俺しかいないため、俺の行方をしっかり把握している必要があるのだろう。
そしてこれまで一緒に行動しているので必要な素材や調合工程以外のことをすれば何をするつもりなのか聞かれることは間違いない。そこで都合の良い嘘をつけるほど、俺は交渉ごとが上手くない。
俺はどうすればいいかわからず、〝簡易転移石″の文字を見つめ続けていた。




