第五十八話:侵攻
議論が出なかった日から二日後、すなわちCWOではもうすぐ一週間が経過しようとしているが、なんとこの期間どのエリアからも魔族の目撃情報が出てこなかったのだ。
当然毎回目撃情報があるわけではないのだが、それがここまで長期間無かったのは初めてだ。
「里のほうでも全然目撃されてないの。 おかしいよね?」
ここは以前集まった『水仙』の一室。そう、あの『悲劇の部屋』(俺命名)だ。まあ、悲劇と言っても誰も死んでるわけではないが。……むしろ『雷撃フライパンの部屋』か?
ティニアさんが〝生命の甘露″を注いでくれる。この味にももう慣れてしまったな。
金持ちが最高級の食事を平然と食べるってこういう感覚なのだろう。だって効果が【MP回復・大】ってどう考えても最高級品なはずだし。
「スプライトの現状を見て徹底したとか?」
アリアさんの意見も間違いではないと言えない。フレイムボム入りの籠の数は二十を超え、いざという時のためにと住民への説明やフレイムボムを使った戦闘訓練も密かに行っている。
魔法を使わないその利便性に住民たちは【錬金術】への印象をいい方向に変えていると聞いた時は思わずにやけてしまった。やったぜ老人!……そういやいまだに名前知らないや。
あとは本命と言われている竜人族エリアのあまりのプレイヤーの多さに魔族側も攻めるのを諦めたという可能性もある。
しかし、どれも憶測にすぎず、今できることは万全の準備を整えることだろう。
というわけで、俺はその準備に取り掛かることにした。
これまでのようにボムの調合ではない。なんと新しい本への挑戦である。
最初に読んでみた〝職人の心得″はいろんな金属の塊、すなわちインゴット系が載っていたが、今の俺には必要ないとして途中まで読んで終わった。そもそも鉱石なんて採取してないから作れない。
一方〝中級錬金術教本″は表紙がポーションだからそれ関連かと思いきや、載っていたアイテム7個のうち、ポーションは〝ハイポーション″と〝マジックポーション″の2種類。ハイポーション″はポーションのさらなる強化版、マジックポーションはMP回復薬だ。
【調薬】持ちのプイレヤーがすでにMP回復アイテムを販売しているが現状これ一種類しかないため値段が高い。そのせいで今までMP回復は時間経過に頼るしかなかったが、これに成功すれば調合がもっとできるようになると喜んだ。
そして残りの5つはなんと攻撃アイテム。そのうちの一つ、最初に見たのは〝フレイムボム″だった。
「こんなところにあったとは」
さらには『炎粉』についても書かれており、これによって更なる強化ができるかもと思ったが、今の興味は新しいアイテムに向けられている。
「さて、他はどんな感じかな」
気を取り直した俺は2つ目の攻撃アイテムを見て、その調合を行うことにした。
素材は『〝調合水″×2+〝水(ランクR以上)″×1+〝調合石″×3』だ。
水は清水を使用すれば品質は問題ないだろう。手順通り窯の中に入れかき混ぜ、いつものように光り出す。
完成したそれは手のひらサイズで雪の結晶の形をしていた。
「成功かな?」
成果を確認したところ、間違いなく成功していた。
〝スノープリズム″・攻撃アイテム・UC
相手に当たると小規模な吹雪を30秒間発生させる
HP‐50
効力:B
フレイムボム同様相手にぶつけることで発動する攻撃アイテムだ。
HP‐の値は低いが、このアイテムは効果時間が長いのでうまくいけば結構ダメージを与えられるだろう。
教本では効果時間が10秒だったのでこのアイテムの効力は継続時間に作用しているのだろう。初のBなのはどう考えても清水のおかげだ。さすがはランクHR。聖樹様ありがたや~。
残り3個のうち、現状試せるのは2つ。残りの1つは例の『???』だったので今は保留だ。攻撃アイテムであると決まったわけではないからで、今は戦力の強化に専念しようと思ったからだ。
ちなみにどちらも調合に成功し、それぞれ名前は〝レインティア″と〝ライジンディスク″だった。
〝レインティア″は上空に投げると雨雲を発生させ、雨を降らせるアイテムだ。
これだけだと攻撃アイテムとは思えないが、実はこの雨、雨粒がとても固く、例えるならば上空から散弾銃を撃たれているような状態になり、ダメージを与えるだけでなく相手をその場に立ち止らせることもできる。
なお、レインという名が付いてるだけあって相手を濡らす効果もある。
スノープリズムと似ているがあれは効果が発動した場所を中心に広がるのでまた別の用途なのだろう。ちなみに、スノープリズムに相手を凍らせる効果はない。
もう一つの〝ライジンディスク″は雷の力を込めた円形状の盤を地面に設置しておくとそれを踏んだ相手の上空から雷が落ちてくるという仕組みだ。簡単に言えば罠だな。
設置型故にこれまでの攻撃アイテムと比べると攻撃範囲が狭いが、その分威力は効力EでもHP-150と群を抜いている。10%の確率で【麻痺】にもできるらしい。
範囲が狭いのが欠点だが。
この二つの調合方法は『〝調合水″×2+〝水(ランクR以上)″×1+〝麻痺粉″×3+〝調合石″×1』と『〝調合水″×2+〝麻痺粉″×3+〝調合石″×3』だ。
どちらも〝麻痺草″を粉末状にした〝麻痺粉″を使用するため、安全性を考えこの二つを調合するときはグローブをしている。
このグローブはアリアさんの雑貨屋で購入した。〝麻痺粉″について聞きに行った時に一緒に勧められたのだ。道具扱いなのか、装備欄ではなくアクセサリー枠に入っている。
〝麻痺粉″は大量に吸ってしまえば当然麻痺するので使ってる時点で少々怖いが、さらに恐ろしいがこの二つの組み合わせだ。
当たり前のことだが水は電気をよく通す。純水なら絶縁体となるが、レインティアの水はそうではないらしい。
そのため、〝ライジンディスク″の手前で〝レインティア″を相手に投げた場合、相手はずぶ濡れ状態のまま雷の餌食になる。その結果どうなるかは説明するまでもない。
事実、教本にも“この活用は控えるように”と注意書きがあったのだから。しかし相手は魔族。遠慮などしていられない。
調合が終わり、ティニアさんからコミュが届いたので『水仙』に向かう。いつもの定時連絡だ。
新しい攻撃アイテムについて説明し、他には新しい情報は無かったので退出しようとしたらチャットが届いた。しかもオープンのほうだ。
「なんだ?」
オープンチャットは何かのイベントが起きた時にプレイヤーたちが情報を交換するために使われる。ここ最近は掲示板と同じように魔族目撃情報用として活躍している。
「え~と内容は、っ!」
その内容を見て思わず手に持っていたグラスを落としてしまう。
その音に気づいた三人が俺に視線を向けるも俺はチャットの内容に目を通したままだった。
「アルケさん?」
やがて聞こえてきたティニアさんの声でやっと三人を見つめ、俺はチャットの内容を三人に告げた。
「今運営、いや神から通達がありました。魔族がドワーフ族のエリアに侵攻し、転移噴水が封印されたとのことです」
チャットの主は運営。内容は『緊急イベント【魔族侵攻】が開始されました』というモノだった。
最後アルケが「通達」と言ったのは誤字ではありません。アルケにとってはオープンチャットからの通達なのでそのまま表現しただけです。




