第五話:妖精族
なんとか初戦闘を切り抜け、その後もワンワンを倒していく。
ワンワンとはあのモンスターの名前らしい。戦利品(この世界ではドロップというらしい)の〝ワンワンの毛″を確認した瞬間に思わず罪悪感を覚えたが、どうやら<殺し>に躊躇するための工夫らしい。
この世界ではいくらモンスターを倒しても罪にならず、むしろ称えられる。そんな感情を現実世界でも引き継がないようにわざとモンスターに可愛らしい名前を付けているらしい。最もこれは最初だけで後になるとゴブリンやオーク、さらにはフェニックスもいるらしい。ゴブリンはともかく、フェニックスはぜひ一度見てみたいものだ。
何回か戦闘を繰り返した俺は一度街へと戻った。ドロップがアイテムポーチ限界に達したので、それを処理するためだ。
「どこに行くんだ?」
「買い取ってくれる店があるからそこに持っていく」
「ギルドみたいのは無いのか?」
「ギルドはプレイヤー専用だよ、兄さん」
大抵の冒険系VRMMOで有名なギルドはこのCWOではプレイヤーしか作れず、クエストは噴水広場の近くに依頼所があり、そこに設置されたボードから受けるらしい。なお受付嬢はいない。
「それを知ったとき、何人かのプレイヤーから苦情が殺到したんだよなぁ」
実際この話は掲示板にも書かれ、改善を求める声がCWO運営に送られたが回答無し。製品版に期待を込めた人たちの希望も儚く散ったらしい。
「噂では実装されるみたいなこともあったんだけどね」
「そううまくはいかないってか?」
「そういうこと」
世間話をしながらラインおすすめの店に到着する。
「この店は〝毛″関連を他よりも高値で引き取ってくれる。よく覚えておけよ」
「それはありがたいが、どうやって調べたんだ?」
「それは内緒だ。誰かが聞き耳立ててるからな」
「ケチ~」
どうやらエルジュはこの店を知らなかったらしい。同じβプレイヤーでもいろいろ違いがあるんだなと思い、店内に入る。
「いらっしゃい。何用かな?」
カウンターにいたのは薄汚れたピンクのシャツと白いエプロンを着た中年のおばさん。
「こいつが持ってきた毛の買い取りをお願いしたい」
ラインが俺の肩を叩きながら要件を言う。おばさんの指示に従い、手に入れた〝ワンワンの毛″をカウンターに置く。
「査定するから少し待ってな」
モンスターから回収したドロップにもランクがあり、こちらはコモン<アンコモン<レア<ハイレア<スーパーレア<ウルトラレア<スペシャル<レジェンドとなっている。
この場合のランクは品質と同じ意味なので、採取したアイテムにも表示される。また生産系スキルで生産したアイテムにもランクが付く。
待っている間暇なので店内を物色してみることにする。
両壁にはさまざまな毛のサンプルが展示され、その下にアルファベットと数字が表示されている。
「この『C-200』ていうのがランクコモン、200セルでいいのか?」
「そういうことだ」
このCWOの貨幣はセルと呼ばれ、何かを販売するときには売価の他にランクも表示されている。数字が値段でその前のアルファベットがランクを表し、先ほどの順だとC<UC<R<HR<SR<UR<Sp<Ldとなっている。
「お待ちどう様。品質はすべてコモン。数は15個で1個100セルだから1500セルになるけどいいかい?」
「ああ、お願いするよ」
NPCの店ではどこも売値の半分が買取価格となっており、高いモノを扱っているところほど儲けがいい。しかし、そういう店ではランクが低いモノは買い取ってくれないということがある。
そういう意味では序盤でこれだけ稼げるここは確かに秘密にしておきたいな。
「さて、この後どうする? 俺は前のギルドメンバーと会う約束があるんだが」
「私も」
「なら、今日はもう解散でいいよ」
二人には事前にβの頃から共に闘っているプレイヤーがいるからあまり付き合えないと聞いていた。
二人と別れ、俺は自分の種族である妖精族のエリアに向かうことにした。
各種族へのエリアは噴水広場から転移する。この噴水に流れている水が各エリアとつながっているという設定らしい。
噴水の前に立ち、ウィンドウを表示する。
左上に新たに表示された転移を選択し、行き先を妖精族のエリアに設定する。
OKに触れ、俺の体を光の粒子が包み込む。
一瞬目の前が光ったかと思った次の瞬間、俺は幻想的な世界にいた。
花があちこちで咲き乱れ、薄い羽を生やした人々が街を歩いている。空の色は変わらないが、建物は木造の物が多く、間違いなく今までいた場所とは違うエリアだった。
「おや、外からのお客さんかい?」
近くにいた男性の妖精が話しかけてくる。妖精と言っても俺とほぼ身長が変わらない。
「ええ。今日からです」
なお、NPCは元からこの世界に住んでいた住民で、俺たちプレイヤーは外、すなわち他の世界からこの世界に移動してきた人々いう認識となっている。
「良かったら都を案内しようか?」
都ってずいぶん古い言い方だが、案内してくれるのならば助かる。
「ええ、ぜひよろしくお願いします」
手を差し出す。すると相手の男性は驚いた表情をした。
「? どうかしましたか?」
「いや、外からの客人は私たちのことを自分たちよりも下だと思っているのか、無礼な対応をする人が多いと聞いていたからね。少し驚いてしまったのだよ」
……なにやってるんだよ他のプレイヤー。
「あれ? そのことを知っていてなぜ俺を案内しようと?」
「簡単に言えば見張りだ。これでも都を守護する警備隊の一員なのさ」
なんだそれ!? もし対応がまずかったらやばかったのでは?
「安心していい。君は親切な対応をしてくれたし、目も濁っていない。危害を加えることはしないと約束するよ」
男性は差し出したままだった俺の手を強く握りながら笑った。
「警備隊三番隊副隊長ミシェルだ。ようこそ、妖精族の都“スプライト”へ!」