第五十三話:意外な使い方
*8月17日誤字修正:他社⇒他者(指摘してくださった多くの方、ありがとうございます)*
「お待ちしていました」
『水仙』にたどりつくと転移した先でティニアさんは待っていてくれた。もしかして長いこと待たせてしまったのだろうか?
「いえ、少し前に来たところですから」
「まだ何も言ってありませんが?」
「これでも【読心術】も鍛えていますから。ちなみに唇ではなく、心のほうですが」
そんなスキルもあるのか。おおかた邪な考えを持つ客用なのだろう。さすが遊女。
「さて、こんなところでお話もなんですので、よかったら私の部屋に行きませんか?」
「それは大変うれしいお誘いですが、自分のような一般市民がおじゃましていいのですか?」
「普段ならご遠慮してもらうところですが、アリサの恩人です。 一般の方と同じ扱いはできません」
そういうわけで、俺たちはティニアさんの私室に移動した。
……アリアさんへの言い訳は後で考えよう。大丈夫、本人の許可が下りてるんだ。殺されることはない………………はずだよな?
「こちらになります」
ティニアさんの私室は『水仙』の地下にあった。普通なら最上階にあるのではと思ったが、『水仙』に存在する部屋はほぼお客様用の部屋らしく、例外は台所や貯蔵庫くらいらしい。そのため、『水仙』の遊女は全員地下に創られた部屋で生活しているとのことだった。
「意外に狭いんですね」
見た感じ、部屋の規模は大体十畳くらいだ。最高級の遊女である『花魁』の部屋にしては小さめに感じるが、先程も説明されたように『水仙』は”お客様”に重点を置いているので、それ以外は大したことないと言う。
なお、最低ランク(それでも他の店では高級ランクに該当すると思われる)の遊女は六畳程度の広さしかないらしい。
「まあ、私たちは体と衣装、そしていくつかのお香さえあれば仕事はできますから」
妖精族は他の種族と比べても容姿が良い。
β時代から『彼女にするなら妖精族!』と言われ、実は人間族の次にプレイヤーの人数が多いのが妖精族なのだ。その次がエルフ族なので、CWOではいかに男性プレイヤーが多いかがわかるだろう。
まあ、女性でゲーマーってあまり見ないしな。……あ、空たちがいた。
「ちなみに、今アルケさんが立っている後ろの棚が衣装ケースなんですよ」
「これが!?」
花魁なのだからたくさんの服があるのかと思いきや、その衣装ケースはせいぜい10着程度しか入らない程度の大きさだ。さすがにそれは嘘だろう。
「私は“紅”が好きなのですが、紅の塗料は希少なので服自体が少ないのですよ。そのせいか紅が私のカラーとなっていますが」
そういえば、NPC妖精族で赤は着ている人はいても、ティニアさんのような紅を着ている人は見たことが無い。
ちなみに、今目の前にいるティニアさんも紅の着物を着ているが、絢爛な模様等は無く、髪飾りもそこまで目立つモノではないので、今は私用状態に近いものなのだろう。
「ということは、ここにある服は結構高価なものになるのですか?」
「そうですね。全部合わせると……幾らになるのかしら?」
「知らないんですか?」
「貰いモノも入っていますから」
納得。というか貰いモノで希少な紅って、やはり『花魁』の名は伊達ではない。
「さあ、お水をどうぞ」
カップに注がれた水をいただく。……以前飲んだ〝生命の甘露″じゃないのか、コレ?
「いいんですか、こんなものを出しても?」
「? ただの水ですよ?」
ちらりとステータスを見てもMP回復の表記は出ていない。
元々MPは全く減っていなかったが、アイテムを使用すれば満タンでも回復表記はログとして出るシステムになっている。
試しに【識別】を発動させると、確かに“水”だった。
〝清水″・食糧アイテム・HR
聖樹の枝によって清められた水。
空腹回復度+15%
「さすが最高の店……」
水にしても普通の水ではなかった。というか、水一杯で回復度+15%ってありえないだろ! 確かパン一個でも+5%だぞ!
聞いてみると聖樹の枝をツボの中に入れ、浄化したモノらしいので帰りにオウルの店に寄って空いてる壺があるか聞いてみよう。さすがに今回はちゃんとお金を払って買おう。もらってばかりだからな。
その後、軽く雑談する。その際に〝茹でた薬草″のことを話してみると大変驚かれた。
妖精族にとって薬草は水洗いしてそのまま食べるのが定番のようなのでわざわざ湯搔きなどしないようだ。
その後、この話はティニアさんを通じてフェアリートレードに伝わり、香草パンなどの名物の味がさらに良くなったらしい。味? 食べてないのでわかりません。
それに一番貢献したのはなんとアリアさん。薬剤師なら当然かと思ったが、実は薬草を使った料理作りが趣味らしく、その腕を活かしたらしい。……それでいいのか薬剤師?
一時間ほど話してからアトリエに戻ることにした。そして帰り際にティニアさんからフレンド申請が届いた時は思わず大声をあげてしまった。
後で運営に聞いてみたところ『好感度が高いとNPCとフレンドになれる』と簡潔な答えが返ってきた。情報を公開してみようかと思ったが『なお、これは隠しパラメーターなので他者には伝えないでほしい』と書いてあったので止めた。
……しかし追加の理由に『これ以上プレイヤーがナンパ行為に走るのを防ぐため』と書かれていたのには呆れてしまった。どれだけいるんだよナンパしたプレイヤー。
当然申請を承諾し、魔法陣で帰る予定だったがアリアさんの店にも寄ってアリアさんからも申請してもらい、そして壺をもらった時にオウルも登録した。ミシェルは残念ながら会うことができなかった。
なお、清水の件でオウルに事情を説明するととても大きな壺をくれた。お金はいらないというのでさすがにそれはどうかと思ったが、その代わり清水を分けてほしいと言ってきた。
詳しくは秘密ということだが、鍛冶する上で清水はとても役立つらしい。
オウルにはさんざんお世話になっているから「それくらいならお安い御用だ」と言って了承した。
アトリエに戻った俺はさっそく壺に水を溜め、その中に〝聖樹の枝″を入れた。傷つかないよう、ティニアさんから頂いた網の中に入れてある。この網も普通ならそれなりに高価なものらしいが【識別】は使っていない。使ってその価値を知ったら使えなくなるかもしれないからな。
浄化には(CWO時間で)丸一日かかるというのでしばらくはこのまま放置しておく。
「さて、どうするかな?」
すこし時間が空いてしまったが、すでに外は暗くなっている。夜時間に出歩くのはまだ厳しいし、今から新しい本を解読しても時間的にそろそろ夕食なので中途半端になってしまう。
「こんなことならもう少しティニアさんと話しておけばよかったな」
そう思い、思わず『暇になったのでもう少し話せませんか?』とコミュを送ってしまった。
「何やってんだ俺」
自分の行動がナンパに似ていると感じ、思わず笑ってしまう。しばらくしてティニアさんから返事が届く。
「『いい機会なので、よかったら来てください』?」
いい機会とはどういうことだろうか?
まあ、悪いことにはならないだろうと思って『分かりました』と連絡し、再び『水仙』に転移する。
魔方陣の先で待っていた遊女に連れられ、今度は最上階に向かう。
「失礼します。アルケ様をお連れしました」
「御苦労様、入ってきてちょうだい」
ティニアさんの声だがいつもと口調が違う。初めて会った『花魁』の時を思い出し、もしかしたら他にも人がいるかもしれないと緊張し始めた。
襖が開かれ、いざ部屋に入ると、そこにいたのは三人の美女。
襖近くにいたのはティニアさん。初めて会った時の着物を着ており、やはり『花魁』仕様なのだと理解する。
テーブルを挟んでティニアさんの対面にいたのはなぜかアリアさん。しかも見たことが無い黄緑色のドレスに身を包み、首元にはネックレス、腕にはブレスレットといつもは着用していないアクセサリーで飾っている。どのアクセサリーも銀色に輝き、それがいつもは隠れている白い肌と合ってより輝いて見える。
最後の三人目、アリアさんの隣に座っているのはこれまで会ったことが無い女性。
三人の中で誰よりも髪が長いようで、座っている状態では群青色の髪が床に広がるほど長い。瞳も紫に輝き、青というよりは蒼いドレスを着ている。アクセサリーとかは無いが、どこか気品を感じる。
ふとその女性と隣に座るアリアさんと見比べてみると、どこか似ているように見える。もしかしてこの人……
「お会いするのは初めてですね」
その女性は立ちあがり、俺に一礼する。群青色の髪が、動きに合わせて揺れる。さらに髪に付随している小さな光の球たちがその動きに合わせて動いている。
「アリアの妹で、ハイフェアリーのアリサと申します」




