第四十二話:忘れていた事実
*8月19日誤字修正:少女が来ているのは⇒着ているのは*
昨日館で見つけた本を【解読】で読み進めていく。
この【解読】は【中級錬金術】にステップアップした時に付いてきたスキルだ。スキルによってはステップアップによって特殊なスキルを覚えるものがあり、それらは“付属スキル”と呼ばれている。
この付属スキルはスキル枠を消費することなく、付属されたスキルがスキル枠から外されると自動的に消え、再びスキル枠に設定すると復活するという、まさしく付属にふさわしい能力を持っている。
この本にタイトルはなく、内容はあの館に住んでいた錬金術師の日記だった。あの転移ポートからみて相当な腕利きだったのだろう。
ラインには「いつかできたら連絡する」と言ったが、アトリエにはすでに『水仙』への魔法陣がある。すなわちティニアさんに聞けばもしかしたらわかるかもしれないが、おそらく今のレベルでは確実に失敗する。
なので日記を読みながら新しい知識を得ようと文章を探っていく。
しかし成果は上がらず単なる暇つぶしで終わるかと思い始めたあたりで、ふと気になる一文を見つけた。
『我が研究は佳境を迎えた。 しかし、私の命は残り少ない。 あとは封印している娘が引き継いでくれるだろう』
「封印している娘か」
あの館にある部屋は一通り調べた。しかし人が封印されているような置物や魔法陣はどこにもなかった。ということはあの館にはまだ秘密があるということだ。
なお、このページからしばらくして日記は途絶えた。
「さて、これはどうするべきかな?」
このことをラインたちに伝えるかどうか考えたが、必ずしも戦闘になるわけではないのでまずは自分で確かめることにした。
開きっぱなしだった塀の間を抜け、館内部を捜索する。しかし変わったところは見つからない。
「館に無いってことは庭か?」
館を出て【識別】を発動させながら庭を歩き回る。
ちなみに、最初に発見した庭に置かれたレア色の宝箱はここの存在を知った他のプレイヤーに開けられ、中身は予想通りトラップだった。開けた瞬間爆発したらしい。情報源は掲示板より。
それ以外には特に何も無かった庭だが、くまなく歩き回る。
「娘って本当の娘なのか、それとも俺の想像通りなのだろうか」
もし想像通りなら一度その姿を見てみたい。錬金術師なら当然だろう。
しばらく庭をくまなく見て回ったが残念ながら何も見つからなかった。
「出直すか」
こうしてなにも収穫が無いまま『始まりの街』に戻った。
せっかくなので『始まりの街』を観光することにする。さすが一番プレイヤーが多いだけあってスプライトよりもにぎやかだった。
街のあちこちで食べ物の屋台が開かれ、なかにはレジャーシートらしきものを広げて武具やアクセサリーを扱っている人もいる。その中の一角、ずいぶん人が集まっている場所があった。
人の流れに沿って俺もその場所に向かった。人ごみの先にあったのは一軒の店、といっても屋台だ。
しかし扱っている物が防具なので、そこそこ実力があるのだろう。でなければ屋台ほどの規模を出すことができないと思ったからだ。
屋台の看板には『シュリ防具店』と書かれている。
近寄ってみると商品として展示されている防具はほぼレアランクで、数点アンコモンが混じっているが、それらはサービス品、すなわち失敗作だ。
しかしこの店に人が集まるのは防具の優秀さだけではない。店主である女性プレイヤーの容姿も関係しているのだ。
鍛冶が得意なのだからおそらくドワーフ族だと思うが、カナデよりも小さく、正真正銘の子供で、その小ささはハンマーを持ったらハンマーの重さでつぶれてしまうのではと思うほどだ。
ドワーフにしては珍しい緑色の長髪を黄色の紐で結んだポニーテルを後ろに流している。
さらに、自作と思われる服を着こなしているが、その服が最大の目玉だった。
(魔法少女?)
少女が着ているのは端的に見ればピンクを基調としたワンピースタイプの服だ。しかしスカートに小さな白いリボンが大量に飾られ、フリルも散りばめられている。胸元は赤い宝石のようなもので飾っている。
これで武器が杖、いや先端に星がついたスティックとかだったら完璧だが、背中には不釣り合いな大型ハンマーを担いでいる。
プレイヤーたちは商品に視線を向けるも、互いに牽制し合っている。
その様子からここにいるプレイヤーの多くは彼女のファンか何かなのだろう。中には女性もいて、これは単純に彼女が来ている服と同じものが目当てなのか、それともあっち方面なのかはわからない。
彼らの仲間だと思われたくないが、せっかくなので防具を見てみることにする。
俺の〝フェアリーガード正式装備(旧式)″よりも防御力の高い作品がいくつかあり、正直欲しくなるが持ち合わせがとても足りない。
これだけの装備をあんな子供が作ったことに再度驚いていると、視線を感じたので顔を上げる。すると店主である少女が俺のことをじっと見つめていた。
しかしその視線からは異性への興味や関心の感情が感じられない。
「え~と、何か?」
視線に耐えられず、彼女に言葉を発する。
「あ。 ご、ごめんなさい!」
見られていたことに気づいた勢いよく頭を下げる。そのしぐさからやはり子供? と思った。
「ふぅ~。 やはり慣れないよ~。 あ、ごめんなさい、じっと見てちゃって」
「それは構わないけど、何か気になる?」
そう言うと店主の女の子は目をキラキラさせ俺の鎧を指差した。
「その鎧【魔力増強】が描かれてますよね! どこで手に入れたんですか!?」
彼女自体は単なる興味心だったのだろう。しかしその瞬間、店主に注がれていた視線の対象が一斉に俺に向けられた。
(しまったー!!)
相手が小さな女の子であるから忘れていたが、鍛冶師なら【鑑定】を持っていてもおかしくないし、すでに【識別】いやそれ以上になっていても不思議じゃない。
しかし他人のスキルを勝手に暴露するのはマナー違反だ。それを平然と行うということからこの少女がVR制限年齢ぎりぎりの12歳だと断定できる。
VR機器は安全性を確立させるため個人情報の入力が義務付けられている。さらに、その情報の認証させるためのカードの作製は親もしくは親族の賛同も義務付けているため、まず偽証ができない仕組みになっている。そのことから、この女の子はほぼ間違いなく12歳と思われ、しかもこれが初めてのVRMMOなんだろう。
そう考えるとここに並んでいる防具を創ったその腕は本当にすごいな。
……と現実逃避できたのはここまでだった。
「それ本当か!?」
「どこで手に入れた!? 入手条件は!?」
「君、妖精族だよね!? もしかして妖精族専用装備!?」
店に集まっていた、その様子を遠巻きに見ていた、ただ偶然歩いただけ、などのプレイヤーたちの波が俺に襲いかかってきた。
あれから何とか落ち着かせ、事情を説明した。
まず、手に入れたのは妖精族エリアであること、入手条件は隠しエリア発見ボーナス、そして妖精族専用装備にはYESと回答する。
本来は『配信記念サービスクエスト』で獲得したのだが、全員がクエストの恩恵を授かったわけではないので言えなかった。なので隠しエリアの情報を提示したのだ。
話を聞いたプレイヤーたちはそれぞれの種族のエリアへと走って行った。といっても“あの館”以外でエルジュやラインから隠しエリアを発見したという話は聞いてないので、そう簡単には見つからないだろう。
まあ、見つけたところで手に入るのは別のものだ(高ランクの薬草とか)。
それについて追及されたら「初回ボーナスじゃないか?」と答えるつもりだし。
「あの」
一段落ついて落ち着いてきたところで腰あたりをつつかれた。
振り向くとあの少女が恐縮したように立っていた。
『配信記念サービスクエスト』の説明は効果だけで外見の描写は書かれていませんでしたので、だれも気づかなかったという設定です。




