第三十八話:水仙のティニア
*8月12日修正:第三十八・五話に合わせて最後の分を変更しました*
*8月19日誤字修正:憧れをいただいていたそうだ⇒憧れを抱いていたそうだ*
部屋に無理矢理押し込まれた素材を【鑑定】を使用して選別していく。しかし次から次へと素材が運ばれてくるので全く減ってる気配がしない。
「すまない。 ほんとにすまない」
俺が選別した素材をミシェルが部屋に置かれた籠に入れていく。本来ならアイテムポーチに入れて持って帰るつもりだったがあまりにも多すぎたため何か容れ物はないかと尋ねたところ、例のティニアさんから頂いたものだ。
どれほど入るのか試しに【鑑定】した結果、その表示に焦ることになった。
〝聖樹の樹籠″・収納アイテム・Sp
妖精族の誇り、加護の恩恵の源たる聖樹の枝から編まれた籠。
許容量99(同名でも1アイテムと数える)。破損・破壊無効化保護。
そんな籠を“すぐ使うモノ”“品質が高いモノ”“ゴミ”に分けられるよう三つも用意してくれた。すぐさま別の物をお願いしたが、これが一番ランクが低い入れ物らしい。
(さすがは最高の店ということか)
選別中に気になってミシェルに訊いたのだが、この『水仙』は遊郭街の最も奥にある店で、遊女一人三十分遊ぶだけで最低でも10万セル。前にオウルさんのところで見たランクレアの最高級防具フルセットが一万セルだったので、ここの高級度合いは俺のような庶民では想像できない。それゆえに、最高“級”ではなく“最高の店”と認識するようにした。
「さて、少し休憩だ」
MPが尽きてしまったので休憩を宣言する。ミシェルも疲れた声を上げていた。
「失礼します。 冷たい物をお持ちしました」
そのタイミングで襖が開けられる。そこには先ほどのように廊下に膝を付け、頭を下げているティニアさん。
その横には氷が詰まった桶の中に入れられた瓶とグラスが二つ。透明な瓶の中には蒼い液体が入っていた。
「美味しい……」
グラスに注がれたそれを一口口に運ぶとまるで口の中が洗浄されているようなさわやかな味わいにフルーツの香り。しかもMPが一気に満タンになった。
「これは〝生命の甘露″と呼ばれるものです」
驚いた俺にティニアさんが説明してくれる。これまた聖樹関連で、聖樹により清められた雨露を集めたモノ。その効果は精神力、すなわち【MP回復・大】。これもランクはSpだ。
これですらランクSpだと、一体Ldのアイテムってどれほどのモノなのか気になってしまう。
「よければ一本お持ち帰りしますか?」
「いえ、結構です!」
本音を言えばとても欲しいが、そんなものを持ち歩きたくないし、アトリエに置いておいてもいつかは見つかる。
俺は【錬金術】を楽しみたいだけだ! これ以上の面倒はごめんだ!
「しかし、どうしてここまで配慮していただけるのですか? いくら警備隊と関わりがあるからといってさすがに不自然です」
この『水仙』は遊郭最高の店であると同時にスプライトの商業関係を取り仕切る〝フェアリートレード″の本拠地なのだ(その取締役がティニアさんのため)。それゆえに〝フェアリーガード″と連携しているのはわかるが、俺個人がこれほど優遇されるのはどう考えてもおかしい。
「それは、あなたがアリサの恩人だとアリア姉様から聞いたからです」
「アリア……姉さま?」
アリアさんの妹はハイフェアリーのアリサさんだけでは? そう思った俺にティニアさんは説明してくれた。
なんでもティニアさんとアリサさんは幼い頃からの親友で、ティニアさんはアリアさんに憧れを抱いていたそうだ。そして石化したアリサさんやそれを解決した俺のことをアリアさんからのコミュで知ったらしい。
いつか恩返しがしたいと思っていたティニアさんにフェアリーガードから協力要請が入る。フレイムボムの効果は確かに期待できるが、全く知らない他人に『水仙』に入られることに初めは難色を示していたが、独自で調べた結果俺が関わっていること知ると全面協力することにした、ということだ。
その独自の情報網については教えてくれなかった。というか訊けなかった。
「ホント、どこで縁が結ばれるかわからないものだな。どこでも」
現実でも、CWOでも縁は大事だ。仲良くすれば困っている時に助け合えるし、より楽しくなる。
そう考えると俺プレイヤーの知り合いって現実の知人しかいないんだなということに至り寂しくなる。
「もう少し、フィールドにも出てみるか……」
出会いを求めるならやはりフィールドだろう。しかしまたしても俺の予定は覆されることになる。
「それで、フレイムボムは供給できそうか?」
「あ」
ミシェルの一言で本来の目的を思い出す。冷や汗が流れ、ミシェルからは咎めるような視線を感じた。
「さすがにアトリエに戻らないと検証できない。 ここでは調合できないし」
速攻で考えた言い訳だが一応正論らしきことを語るとミシェルも「そうか、そうだな」とグラスを傾けた。あぶねぇ、すっかり忘れてた。
「ところで」
一難去ってまた一難。俺はそれを身を以て実感することになった。
……正直に言えば気づいていたのだが知らぬふりをしていたのだ。はい、現実逃避です。
「先ほどからまだ増えているのですが……」
ティニアさんが困った顔で背後を指さす。俺達が休憩中も休みなく運ばれる素材たち。正直、こんなに採取して大丈夫なのかと思うが、責任は警備隊に取ってもらおう。
もう一杯、グラスを傾けた俺とミシェルはお互い目を合わせる。
「やるか」
「ああ」
さあ、いつ終わるか誰も知らない闘いの、第二ラウンドの開幕だ。
結果一日では終わらず、すべての素材を選別するのに(現実時間で)一週間かかった。
俺はこの世界の住人ではないので全ての時間を選定には使用できないことや、俺がダイブアウトして再びダイブインする間にも素材は運び込まれていくのだ。
そのため、三日目あたりからティニアさんや【鑑定】を習得している遊女の方々にも協力を依頼し、一時期は終わりが見えた。
しかし他の警備隊員からすれば普段見ることすらできない美女と共に過ごしている俺への嫉妬が燃え上がり、さらに素材を持ち込んできた。
まあ、それによりさらに彼女たちと過ごす時間が増えたので、結果的に彼らは自業自得だと言える、のか?
選別結果は5割が使用する分、2割ランクが高いので保管する分、残り3割がゴミとなった。まあ、ゴミも研究材料として有効活用するわけだが。
しかも、しばらく滞在したことで水仙に所属する遊女全員と会ったことになり、【遊郭『水仙』の主】なんて称号を手に入れた。これにより、ある出来事が発生していた。
なんと俺のアトリエに新たな部屋が建設された。部屋は二畳分の広さしかないが床一面に描かれた魔方陣は、なんと『水仙』へ一瞬で転移できる魔方陣だった。
しかもこの魔方陣、今回のような【~の主】と名が付く称号を手に入れれば転移できる場所も増えるというおまけつき。
嬉しいことはうれしいが、これがあることでまた面倒事に巻きこまれるのだろうともはやあきらめの境地にたどりつつあった。
ついでに証として『水仙』の紋章が刻まれた指輪も頂いた。
「なんなら左手の薬指にしますか?」という質問には全力で首を振った。それでも指輪の存在は目立ち、勝手に話が広まってしまった。そのせいで多くの女性プレイヤーから指輪の出現方法を問われることになり、本来ならうれしいはずの『多くの女性から追いかけられる』という経験を味わった。
そのお味は『滝のような汗と女性の欲望にまみれた恐怖の味』でした。
……俺の平穏な錬金術師生活はいつ訪れるのだろうか。