第三十六話(番外編):警備隊定例会議
妖精族警備隊、正式名称『フェアリーガード』は月に二回定例会議を行う。これは月の中頃と最終日に行われ、六つある警備隊がそれぞれの巡回で得た内容を公開し、知識の共有を図るためだ。
ちなみに、このCWOは1年=12ヵ月で、1月=30日(毎月)と設定されている。
いつものように一番隊から順に発表が始まる。ここしばらくの主な話題は外からの客人に関するモノばかりだったが、最近は聖樹に至る道でゴブリンキングが発生したため、そこに関する話題もしくは目撃情報の交換が主なテーマとなっている。
「……以上、二番隊からの報告です」
そう言って席に着いたのは二番隊隊長のケーファだ。妖精族の中では珍しいランス使いで警備隊随一の防御力を誇る。ランスの腕も一流でその活躍は他の隊長たちも一目置き、次期警備隊総合隊長は彼ではないかと噂する隊員も多い。
「ご苦労。次は三番隊か」
「はい」
今の総合隊長に声をかけられ、立ち上がる三番隊隊長リオン。彼も妖精族の中では珍しい大剣の使い手だ。どちらも妖精族として珍しい武器使いのため、『剣戟のリオンと攻守のケーファ』と称される。
一方、総合隊長もその実力は確かだが、誰もその実力を知らない。なぜなら彼は警備隊から総合隊長になったわけではなく、以前の総合隊長が推薦した外部からの妖精だった。
さらにいつもフードを深くかぶっているため、その素顔も誰も知らない。
それでもかつての総合隊長を倒し、今の地位を認めさせた実力者だ。
二番隊同様三番隊も変わりない報告を行う。隊長が「以上です」と言い、席に座る。そのまま四番隊に進もうとした流れにある人物が待ったをかける。副隊長のミシェルだ。
「恐れながら、ご報告したいことがあります」
いくつかの視線が彼に向けられるが特に強いのが隣に座る三番隊隊長のリオンだ。彼は部下であるミシェルのことをケーファ以上に信頼していた。その彼が自分に何の報告も無くこのようなことをしたことが信じられないのだ。
「隊長、お伝えできなくて申し訳ありません。しかしそれだけ秘匿な情報なのです」
その一言で疑惑の視線を送るのをやめるリオン。全員の視線が一旦落ち着いたのを確認したミシェルはフレイムボムを取り出した。
「それは?」
訊いてきたのは六番隊隊長エイミ。隊長陣の中では紅一点でありながら魔法の実力は誰よりも強い。その彼女だからこそ、発する微量の魔力に気づいたのだろう。
「これは〝フレイムボム″という私の知り合いの客人が創ったモノです」
“客人”の言葉を聞いて視線がさらに強くなる。
彼らの中にはフェアリーガードの隊長陣に匹敵する、もしくはそれ以上の実力者がいることを知っているので、さらに興味を増したのだろう。うまく釣れたと内心ほくそ笑みながらミシェルが説明を続ける。
「エイミ隊長が反応したように、これはただの赤い物体ではありません。これには今後フェアリーガードの戦力を高める効果が期待できます」
餌に気づいたところで、さらに“戦力を高める”という動きを加える。もはやすべての視線がフレイムボムに集中していることを確認したミシェルは「かかった!」と勝利を確信していた。
「……そこまで言うのなら、それにはどういう効果があるというのだ」
そこに響く総合隊長の声。やはりこの方だけは簡単にかからないかと確信した勝利の網に穴があることを再確認し、その穴を埋めていく。
「まず、これはいまだかつて存在しなかった“攻撃アイテム”です」
「「「「「!!」」」」」
“攻撃アイテム”と聞いて前のめりでフレイムボムを見つめる各隊長および副隊長たち。彼らはすでに網にかかり逃げるのを諦めている。しかしその群れの長はまだ抵抗を見せている。
「その効果は『当たった相手の体力を一定量削る』というものです」
この世界の住人、すなわちNPCには【HP】という概念が無いので『HP-50』と言われてもピンとこないので事前にアルケがこう説明していた。ここで重要になるのは“一定量”という言葉。
「それは実際どれほどの威力なの?」
再びセリアから質問が上がるが、これもすでにアルケから聞いていた。
「ロックアントならこれ一つで、通常のゴブリンなら3個もあれば十分だと聞いています」
これはアルケが自分で試した結果と、ラインから聞いた情報だった。
実は〝キュアポーション(灰色)″を調合する際に使用したロックアントが防御力に優れていると聞いていたアルケはフレイムボムのテスト相手に選んでいた。その結果、一撃でロックアントは爆散。その際に爆発で大量のロックアントに追われることになったらしい。
そして他の対象に試そうとした時に、ラインが報酬としてもらったフレイムボムをあっさり使ってしまったのだ。ちなみに、その後「データ集めに貢献してやったのでもう1個くれ」と言ってきたラインをアルケはグーで殴っている。
そのことについても説明したところで、もはや話しているミシェルと総合隊長以外の参加メンバーは言葉を放つことなく、フレイムボムに釘付けになっている。
特に例の隠しエリアのゴブリンたちに苦戦している部隊が向ける目は若干ヤバいモノになっている。
「……性能は認めよう。確かに、これがあれば我らはさらに力をつけることができる」
ついには総合隊長も認め、これで勝負には勝った。しかしまだ問題が残っている。
「それでミシェル。 今いくつの在庫がある?」
ようやく言葉を発することができるほど回復したリオンが訊ねてくる。彼の目には「早く寄越せ」という期待の感情が込められていた。
よく見れば他のメンバーも大体同じような目をしている。
「申し訳ありませんが、現状はこれ一つだけです」
その言葉を聞いて落胆するメンバーたち。しかしこれも戦略の一つだった。
「しかし作るのに必要な素材も聞いております。作れる者も今は安定した供給は不可能だと言っていますが、何度も調合すれば安定供給も可能だと証言していました」
それを聞いて歓喜の咆哮を上げるメンバーたち。期待させ、一度下げた後でもう一度上げる。こうすることで相手の心を支配することができる。ここまでの作戦はアルケが考案していた。
(さすがは外からの客人というところか)
ミシェルは歓喜に震えるメンバーを見てそう思った。アルケには言ったものの、実はどう納得させればいいのか考えていなかったのだ。それを見抜いたアルケはかつて自分が行った作戦を伝授していた。
実は高槻光子郎は学級委員としてクラスをまとめる立場を多く経験している。これは単にじゃんけんに弱いからなのだが、その経験から人をまとめる戦法に詳しくなった。今回用いた策もどこかの本で読んだ“興味の変化”を参考にしたものだと言っていた。
正直ミシェルには学級委員やクラスという言葉はよくわからなかったが、こうして成功したのだから良しとしようと自分に言い聞かせた。
「それで、話を続けてもよろしいでしょうか?」
多少落ち着いてきたメンバーに告げるとよく訓練された兵士の様に(実際そうなのだが)一挙乱れず席に座るメンバーたち。
「その素材とは〝魔力石″と〝火薬草″です。 〝火薬草″は皆様も知っているから説明は必要ないでしょう。 しかし高いランクのほうが好ましいようです。 〝魔力石″とは単に魔力が篭もっている石のことです。 皆様ならそれを判別は可能でしょう」
隊長・副隊長に任命されるだけあってここにいる全員が一般の妖精族よりも高い魔力量を持っている。つまり、ここにいる全員が選別できるのだ。
「そんなものでいいのか! なら今巡回中の聖樹様近辺の森で簡単に集まるな!」
真っ先に声を上げたのはケーファ。実は彼、魔法の腕があまり良くない。だからこそランスという接近戦に優れた武器を手にしていた。その彼にとって魔法を使うことなく遠くから攻撃可能なフレイムボムはまさに彼が真に求めていたモノだった。
実は先ほどヤバい視線を一番向けていたのはこのケーファだった。
彼の発言をきっかけにさっそく次の巡回班の中から採取班が結成される話し合いが始まり、何とか約束は守れそうだと安堵するミシェル。その彼に総合隊長が声をかけた。
「しかしミシェル副隊長。さきほど“調合”と言っていたな?」
「!」
安堵の表情が一変して驚愕に変わり、顔色も青くなっていく。今回の作戦で最も注する点は“フレイムボムは誰が作っているのか”である。
ミシェルは「作れる者」としか言わず、名前を口に出していない。それはアルケから「自分が作れることだけは黙っていてくれ」と頼まれているからだ。
先程までの流れでいけば“作る方法も秘匿なので信頼のある自分が交渉・調達の全てを任されること条件にされている”と言えば最後の難関も突破できるはずだった。
しかし不意に出てしまった“調合”という言葉。これは【錬金術】にしか使用しない言葉であるとミシェルは【錬金術】について資料を確認した際に知った。
そのためこれを知る者はいないと思っていた。しかも【錬金術】はずっと見向きもされなかったスキルなのだ。
最近では武器を提供してくれるかのご老人が登場したが、彼からも“攻撃アイテム”の話は一切聞いていない。
まあ、彼ほどの実力ならば確実に作っているだろうが、かつてのこともあって絶対に作ってくれないだろう。
(それをまさか総合隊長がご存じだったとは!)
このままではアルケが作ったことがバレ、直接アルケに注文依頼をする警備隊員が殺到し、最悪スプライトから出て行ってしまうことを恐れたミシェルだったが、総合隊長は笑っていた。
「総合隊長?」
「いやすまない。 まだいたのだな、“源へと至る道”を探求する者が」
「みなもと?」
「今は気にするな。 これ以上は私も口に出さないから安心してくれたまえ」
その後も静かに笑い続ける総合隊長。
なんとかアルケのことは秘密にできそうだが、“源”という言葉の真意を理解できず、いつの間にか採取部隊に入れられリオンに連れて行かれるミシェルだった。
変更点:フレイムボムの威力対象の変更
一つで通常のゴブリンを倒せる⇒通常のゴブリンには3個必要
⇒“ゴブリン”弱すぎない?との指摘があったため




