第三十五話:ミシェルからの依頼
「悪いな付き合ってもらって」
「遠慮するな。巡回のついでだ」
俺たちはあの隠しエリア入り口周辺にいた。俺“たち”という言葉から分かるように俺以外にもう一人、いやその他大勢がここにいる。
「しかし驚いたぞ。いきなりコミュが届いたときは」
「それは謝る。申し訳なかった」
頭を垂れる俺に気にするなと肩を叩くミシェル。
そう、俺はオウルに聞いた内容から、プレイヤーからNPCにメール、いやコミュを送れるのではと考えアドレス宛に“ミシェル”と入力して『妖精族の隠しエリアに行きたい。一緒に行ってくれないか?』と送ったのだ。
少ししてから返信が届き『明日なら巡回の任務があるから一緒に来るか?』と誘われた。なのでこうしてミシェルが所属するフェアリーガード三番隊と共に隠しエリアに来ている。
「そう言えば、最近はどうなんだ?」
レベルが上がり【鑑定】できる範囲が拡大したので集めた石の中から魔力石を選別しているとミシェルが尋ねてきた。
「まあ、【錬金術】のレベルは着々と上がってるよ。まだまだ駆け出しだけどな」
「そうか」
そう答えたミシェルに別の隊員が報告している。聞こえた範囲では俺たちが採取に来て以降ゴブリンキングはいないがタンクゴブリンやメイジゴブリンは目撃されているらしい。
そのため、ここにはフェアリーガード三番隊の他に四番隊が合同で巡回に当たっている。ちなみに、警備隊は全部で六番まであるみたいだ。
「報告ごくろう。引き続き頼んだ」
「はい!」と答えた隊員は再び奥のほうへと走って行った。
「ずいぶん尊敬されているんだな」
「そのようなことをした覚えはないのだがなぁ」
そうつぶやくミシェルだが、そういう人にこそ人望があるのだろう。正確には彼らは人ではないのだが、まあ同じようなものだろう。
「ちなみに、石を集めているのにはどんな意味があるのだ?」
話題を逸らしたのだろう、ミシェルが早口で訊ねてきた。本来なら教えないことなのだが、ミシェルが〝フェアリーサティファ″と〝フェアリーガード正式装備(旧式)″をくれたおかげで前回の依頼が達成できたので、フレイムストーンそしてフレイムボムのことを説明した。
案の定、【錬金術】でそんなものが作れるとは知らなかったので驚くミシェル。しかしいつの間にか思案顔になっており、決意を込めた瞳で俺を見つめてくる。
「相談だが、それらを警備隊からの依頼という形で発注できないか?」
「言われると思ったから返答を用意しておいた。 現状は無理だ」
ランクが安定しないことや素材の採取に手間がかかるため、一定量を確実にお届けするのは困難だ。
たまに渡すくらいでいいなら引き受けるが、フェアリーガードに所属しているのはミシェルだけではない。彼が一度使えば多くの隊員が俺のところに押しかけるに違いない。
しかし、そんな俺の懸念は次の言葉で覆されることになった。
「ならば材料はこちらで負担する。そして安定してランクが保てるようになれば供給していただけるか? もちろん、安定して作れるようになる前からの協力を保障しよう」
ミシェルによれば、一般の妖精族よりも多少魔力量が高ければ【鑑定】を使わなくても物体に魔力が篭もっているかくらいだれでも見るだけでわかるらしい。そして、いつも巡回で奥近くまで進むので魔力石と火薬草の回収はいつでもできる。
あとはそれをミシェル経由で俺に渡し、俺が調合したモノを再びミシェル経由でフェアリーガードに普及する、という流れにできるらしい。
可能ならば俺も【錬金術】のレベルが上がるし、素材がタダで手に入るなど一石二鳥、いやそれ以上になるがそう簡単に行くものだろうか?
「疑う気持ちはわかる。しかし我らは魔力量の高さゆえに魔法に頼ってしまっている面が強い。実際、メイジコブリンと対峙した時は長い持久戦を強いられてしまった」
同じ実力の魔法使い同士の戦いと考えてみればわかりやすいだろう。しかもメイジコブリンには【魔力抵抗:小】がある。長引けば苦戦するのは間違いなく妖精族だ。
「そういう敵と対峙した時用に護身用の剣はあるが、あくまで護身用だけで切れ味がそんなにいい物ではない」
腰から抜いた短剣を見せてもらう。確かにランクはCと一般的な短剣でしかないし、特殊な能力が付属しているわけでもない。
接近戦を得意とする隊員たちは、以前ミシェルが見せてくれた〝フェルトサーベル″に少し劣る程度が標準装備らしいが、魔法使い系の隊員にそれを扱うだけの技量はないらしい。その分、魔法の精度が高いし、いつも混同パーティーで動いているから剣を使う機会が無かったのだろう。
「そういうわけでフレイムボムの存在は我らにとって救世物となる可能性がある。 できれば実物が一個でもあれば証明しやすいのだが、あるか?」
「一個だけなら……」
そう言ってアイテムポーチから持ってる中ではランクが中(ランクUC、効力C)くらいのフレイムボムを取り出す。ミシェルはそれを受け取りあらゆる方面から見て、そして納得した。
「確かに面白い代物だ。 さっそく明日定例会議で発言してみよう」
「頼むよ。 俺も安定して調合できるようになれればうれしいからな」
この日の巡回を終えたミシェルとはフェアリーガードの隊員たちと共に入り口で別れた。
俺はアトリエに戻り、まず大量の魔力石をフレイムストーンにする。もしかしたらフレイムボム以外にも使えるかもしれないので、魔力石も含めいくつかはそのまま保管する。
ちなみに今更だが、アトリエに保管庫なんて便利なものは存在しない。空っぽの本棚を利用しているのだ。実際置いてある本は〝初級錬金術教本″だけ。〝キュアポーション大辞典″はアリアさんの私物だからお借りしただけだ。
「いつかはここも本で埋め尽くしたいな」
それとアイテムが多くなってきたので整理するついでに、教本のアイテムを調合し、無事に完成した後で〝初級錬金術教本″を開き直すと残りのアイテムが調合可能になっていた。
ちなみに、〝研磨石″は武器を研ぐために使うアイテムだったのでオウルの紹介で雑貨屋さんから買いました。アリアさんの店とは違う店で、ポーションなどは置いてなく、鍛冶関係専門店らしい。
ついでにオウルが書いてくれた紹介状を見せたら5割引きしてくれました。……俺の周りのNPCってなんかおかしくない?
「さて、さすがに今日は疲れたから残りは明日にしよう」
明日は可能ならすべてのアイテムを調合し、さらにフレイムボムの強化にもまた挑戦してみようと思い、この日はログアウトした。
しかしまたしても俺の予定は狂うことになる。
翌日ログインした瞬間、ミシェルからのコミュが大量に届いたのだ。どれも五分おきに送られており、一番古い物は今から三時間前に届いている。
「一体なんだ、これ」
そう思っていると新たなコミュが届く。一番新しいやつを読んでみるとそこには『これを見たらすぐに返事をくれ!』とだけ書かれている。とにかく緊急事態なのは間違いないのですぐに返信する。
その数秒後、コミュが送られてきて、そこには呼び出した理由が書かれていた。
『定例会議でフレイムボムの話をしたところ、全ての隊の隊長が賛同してくれ、今素材がとんでもない速さである場所に届けられている。このままでは溢れかえるので、申し訳ないが至急来てくれ!』
そのコミュにはご丁寧に地図まで付いていた。
「“ある場所”っていうのは気になるが、これは急いだほうがよさそうだ」
今のところ隠しエリアの存在は他の妖精族プレイヤーにはバレていないが、フェアリーガードが大勢で何かを集めていることを知ったプレイヤーたちが何かのイベントかと勘違いして、隠しエリアのこと、さらにはそこからフレイムボムが、最悪の場合俺の存在がバレるかもしれない。
そうなってはエルジュ達に秘密にしておいてくれと言った意味が無くなってしまう。
フレイムボムを公開すれば【錬金術】の見解について見返すことはできるかもしれないが、未完成品を披露したくはない。披露するならゴブリンキングを倒したあの威力が安定して作れてからだ。
ともかく、俺は急いでアトリエから飛び出した。




