第三十一話:現実の一幕
朝7時30分。目覚ましが鳴り、いつもの朝を迎える。
「すこしきついな」
ダイブアウトするといつも寝ている時間を過ぎていたせいか、今朝の寝起きは少しきつかった。そのせいでどこか違和感を覚えるが制服に着替え、洗顔が終わるといつもの朝に戻る。
いつものように時間ぎりぎりで起きてきた空と朝食を食べて学校に向かう。
言い忘れていたが、俺達は同じ学校に通っている。
「おはよう」
「お、来た来た」
二年生のクラスは二階なので一階で空と別れ、自分のクラスに入り、入り口にいたクラスメイトに挨拶すると奥から努が声をかけてくる。俺の席は入り口側なので鞄だけおいて努の席に近づく。
「どした?」
「いやあれから例のアレは創れたのかと思ってな」
アレとはフレイムボムのことだろう。現実に戻ってもCWOの話とはさすがは廃人ゲーマーと言うべきなのだろうか。
「壊れた防具の修理依頼をしてすぐログアウトした。 今日ダイブして試してみるよ」
「そっか。 成功したら連絡してくれ。 高値で買い取るからよ」
それから努は人間族エリアでも隠しエリアが無いか探したらしいが収穫は無かったようだ。
「というわけで、今日改めて話を聞きたいんだけど」
「それは構わないが現実では少しは勉強しろ」
「うぐっ!」
胸に手を当て机に倒れこむ努。はっきり言ってこいつの勉強の成績は『下から』数えたほうが早い。正確には『最下位から』だがそこはあえて言わないでおいてやろう。
よく受験に合格したものだと思っていることもついでに。
「相変わらず仲がいいのね」
俺たちに声をかけてきたのはこのクラスの委員長の女子生徒。委員長と言っても眼鏡もおさげもしていない。艶やかな黒のストレートヘアを腰まで伸ばし、170cmと女子としては高身長。スタイルも良く、その容姿から文化祭の裏定番、いわゆる『ミスコン』で去年は新入生部門一位を獲得した美少女だ。さらに成績も上位十番以内には必ず入っており、今年の新入生の間で“お姉さま”と呼ばれていると空から聞いている。
……おそらく本人は全く知らないことだが。
「何か用か委員長? それともまたうるさかったか?」
俺にCWOを薦めてきた時といい、努は何かと大声を上げるため問題児扱いされている。そのことについてかと思い訊いてみたのだが、帰ってきた答えは予想外だった。
「ううん。 私もCWOプレイしてるから気になって」
「「えっ?」」
机に伏していた努も思わず顔を上げる。真面目で勉強にしか興味ない委員長がCWO?
「あなたたちが私をどう見てるのかよくわかったわ」
はぁっとため息をつくとまっすぐ俺を見つめてきた。
「先週の金曜の放課後話しているのを聞いてたのよ。だから“ダイブ”って聞こえたから多分CWOだろうと思ってね。私こそ高槻君がCWOをプレイしてるの意外に感じるわよ」
どちらかと言えば俺も分類的には委員長同様『勉強している側』の人間だ。そう考えると委員長がプレイしていてもおかしなことではない、のか?
「まあいいわ。 高槻君はそろそろ席に座りなさい。 予鈴鳴るわよ」
その宣言通りすぐに予鈴が鳴ったので俺は急いで自分の席に戻った。
昼休み。
教室で努が購買から帰ってくるのを待っていると空がドアから顔だけを出して教室を覗きこんでいた。そして俺を見つけまっすぐに向かってくる。
「どうした?」
「せっかくだから今後の話し合いがしたいなと思って」
空が後ろを振り向くと一年生が三人、廊下の壁に背を付けながら立っていた。
「友達か?」
「うん。ついでに言うとCWO仲間」
仲間と言うことは彼女たちが空、いやエルジュのギルドメンバーだろう。正確にはまだギルドは無いけど他に呼び方は考えつかないし、いずれそうなるから間違いではないだろう。
ちょうど購買から帰ってきた努を交えて中庭に移動する。芝生が空いていたのでそこに円を描くように座ることにした。
空の友達とは初めて会うのでそれぞれ自己紹介することにした。
「それじゃ、俺からな。 俺は斎藤努。 向こうじゃラインって名乗ってる」
努がラインと発言した瞬間、三人が驚愕の表情に染まる。まあ、βプレイヤーでもトップクラスらしいからな。名前を知っていてもおかしくない。
「次は俺かな。 俺は高槻光子郎。 向こうではアルケだな」
「必要あるのかわからないけど、高槻空。 エルジュです」
「初めまして。 空ちゃんと一緒のクラスの白鳥心と言います。 CWOではスワンです」
「初めましてお二方! 同じくクラスメイトの朱音栞と言います。 ニックネームもアバターネームもシオリンです!」
「あの、初めまして。 同じクラスの月舘世羅です。 リボンって名乗ってます。」
委員長より短い黒髪ロングでおしとやかな心ちゃんと茶髪のショートカットで元気いっぱいの栞ちゃん、そして小柄な体と対照的に大きな赤いリボンの明るい色の茶色髪ツインテールが世羅ちゃんか。栞ちゃんと世羅ちゃんの名前は交換したほうがいいのでは? そんな場違いなことを考えながら後輩との交流を深めていく。
「それじゃ、先輩は正式版からなんですね」
「そういうみんなはβから?」
「いえ、βは空だけですよ。でもVR歴はこの中で一番長いんですよ!」
「わたしはこの学校でみんなに会って始めました」
ようやく先輩後輩特有の緊張感がほぐれてきたところで昼休み終わりを告げる予鈴が鳴る。
教室に戻る途中にせっかくだから今日はこの五人で共通エリアを探索することになった。
放課後、空はすでにログインしていた。俺もVR機器を取り出しCWOのアルケになる。
アトリエで目覚め、集合時間に少し余裕があったのでアリアさんから頼まれた対石化用の〝キュアポーション(灰色)″の調合に挑戦する。
〝キュアポーション大辞典″を開き、手順を確認する。
必要なのは『ポーション(効力A以上)×2+キュアポーション(効力D以上・種類問わず)+ロックアントの甲羅(ランクUC以上)×2』。
まずは効力D以上のキュアポーションを調合する。
これについてはポーションで成功しているので無事に成功する。
しかし、次に調合するのは同じポーションでもおそらく最高級品だ。
とりだしたランクSRの薬草を見て、おもわずこれを自分用に取っておきたいが採取した量は依頼の〝キュアポーション(灰色)″を調合するのに必要な量だけ。いつかはアイテムポーチ限界まで採取したいものだ。
「そんなことしたら聖樹様のお叱りを受けるかもしれないけどね」
そんなことを思いながら最近手慣れてきた手つきで薬草を粉末状にしていく。1枚分粉にしたところで窯に入れ、溶けてきたところで2枚を追加で入れる。当然1枚はちぎってある。混ぜ合わせこと5分位だろうか、窯が光りだし〝ポーション″が完成した。
〝ポーション″・回復アイテム・R
最高の薬草を使って調合したポーション。
HP+100
効力:A
ランクSRでも効力Sには届かなかったということはポーションも薬草を混ぜる以外の調合方法があるのかもしれない。たかがポーションとはいえ奥が深い。
さすが【錬金術】と俺は出来上がったポーションを見続けた。