第三十話:聖樹
*8月11日採取した薬草の枚数に違和感を与えてしまったので修正しました。*
俺たちが【錬金術】について話しているとアリアさんが俺を呼んだ。
「どうかしましたか?」
「先ほど休んでほしいと言っておいてなんですが、手伝ってもらってもいいですか?」
アリアさんによるとランクSRの薬草があまり生えておらず、このままでは森を抜ける前に日が落ちてしまうかもしれないらしい。
確かに夜の時間は出現するモンスターが変化したり、今も出現しているモンスターが強化されたりと難易度が高くなる。おそらくそれを心配して早めにスプライトに戻りたいのだろう。
俺としてもそのほうが好ましいので手伝うことにする。できればエルジュとラインにも協力してほしいが二人とも【鑑定】スキルを習得していない。なので俺だけが協力することになったのだが、十分経って一枚も見つかっていない。
(それでも外れは全てランクHR。やはりこの場所は特殊な場所なんだろう)
その後もくまなく【鑑定】を使用していき、一時間かけてようやく必要分の薬草が集まった。正直採取するだけにこれほど時間がかかるとは思わなかったが、それに値する効果は確かにあった。
〝薬草″・回復アイテム・SR
最上級の薬草。
HP+50
俺が集めた薬草をアリアさんが確認し、問題ないことを確認した。ちなみにランクHRだとこうなる。
〝薬草″・回復アイテム・HR
上級の薬草。
HP+30
効果に差がありすぎな気がするが、SRの薬草は一面薬草の海を一時間以上探してやっと三枚集まったくらいしかないと考えると、納得できる。
とにかく、俺の三枚とアリアさんが採取した三枚と合わせたようやく〝錬金ポーション″2個分となる六枚が集まったので、夜時間になる前に急いで帰ろることにする。
そして広場を出るというタイミングでどこからか声がかけられる。
「誰だ?」
前にいる三人ではなく後ろから聞こえる声。しかし後ろにあるのは薬草と聖樹だけのはず。
「気のせい……」
『どうやら聞こえるようですね』
「!」
間違いなく聞こえてきた声に俺は勢いよく振り返る。
すると聖樹が光を放ち、思わず目を閉じる。
再び目を開けると、俺の視界はピンク色に染まっていた。
『驚かせてしまい、申し訳ありません』
未だにピンク色の視界の中、声だけが聞こえてくる。
『私はサクラ。この聖樹に宿る意志のようなものです』
(宿る? 意志?)
声は出ないが、思っていることが直接相手に伝わっているようだ。
『はい。具体的に私が何者なのかはまだ知る資格が無いため教えられないのですが』
(知る資格? さっきから何を言っている?)
他の三人がどう思っているのか前を向くもそこにもピンク色の視界が広がるだけ。
『あの二人にはまだ私の声が聞こえていないので、あなただけ隔離させていただいています。 私の話が済めば元に戻りますので心配はいりません』
なにがどうなっているのか見当がつかないが、とりあえず害はないようなので一旦深呼吸して落ち着かせる。
そして“二人”という言葉からこれはプレイヤーのみに関係していると推測する。
『さて、話ですが、あなたはプレイヤーなのにNPCに対しても同じ対応をしていますが、それはなぜですか』
「? 質問の意味が分からないのだが?」
『そのままの意味です。ただのデータに過ぎない彼らを同じ人間のように接しているのはなぜですかということです』
推測通りプレイヤーだけのイベントみたいだがなぜこんな質問をするのだろうか。
「なぜ、って言われても。俺にとっては同じ存在にしか見えないからな。アリアさんもミシェルもオウルも……名前を知らないけど【錬金術】の先輩の老人も」
正直言えば俺にとってこれが初めてのVRMMOなので『彼らはNPCです。ただのデータです』と言われてもあまり実感がわかないのだ。ただそれだけなのだが、どうやら声の主はその答えに満足してくれたようだ。
『あなたは私に会うにふさわしい心の持ち主のようです。この度の邂逅を祝してあなたにこれを差し上げます』
ピンク色の視界の中に一つの光の玉が生まれる。よく見れば、光の中に一本の桜の枝があった。
『〝サクラの枝″を入手しました』
アナウンスとともに〝サクラの枝″がアイテムポーチに収納される。
『今度は真の私と会える日が来ることを楽しみにしています』
その言葉と共に視界が元に戻る。
しかし、そこに映るのは再びの虐殺シーン。
「え!?」
「!? どうしました突然?」
驚き声を上げる俺に、横にいたアリアさんも驚かせてしまう。
「ご、ごめんなさい。つい大声を出してしまって」
「いえ、それはいいのですが。どうかしましたか?」
一瞬迷ったが、アリアさんに先ほど手に入れた〝サクラの枝″をアイテムポーチから取り出し、先ほどの出来事を説明する。
ちなみにこの〝サクラの枝″に【鑑定】を使用したが『レベルが足りません』と表示された。
「それはすごいですね。 聖樹様と直接話を行えるのは巫女様だけだと思っていました」
「巫女様?」
「はい、巫女様はハイフェアリーの長で、ハイフェアリーの中で最も魔力量が高いお方です」
……なんでだろう。なにかのフラグが立った気がする。いや気のせいだろう。きっとそうに違いない!
その後はあまり巫女様のことは話題に上げないようにし、暗くなる前にスプライトに帰還できた。
スプライトに帰還後、エルジュとラインはそれぞれ鳥人族・人間族のエリアへと転移した。
「「隠しエリア絶対に見つけてやる!」」と二人とも言っていたのですぐにフィールドを駆け回るのだろう。そこでは先程の虐殺シーンよりも視界的には穏やかながら、実質さらに鬼畜な光景(一撃KOの連続とかモンスター側からすれば恐怖以外の何物でもないという意味で)が発生していることだろう。初日の光景を思い出し、俺はアトリエへと足を進める前にオウルさんの鍛冶屋に寄ることにした。
「……というわけなのですが、直りますか?」
「破損個所がひどいが、直せないまでには至っていない。少し時間がかかるがな」
オウルさんが検査していたのは〝フェアリーガード正式装備(旧式)″。ゴブリンキングの戦闘によって砕けた兜を含め全体を確認してもらった。
当たり前だが、防具単体でも防御力が上がるので、今回のように兜だけが壊れても腕や足など他の部分で追加されていた防御力や特殊効果は失われない。
しかし〝フェアリーガード正式装備(旧式)″は一式自体が一つのアイテム扱いという珍しい防具だ。どこかが破損すると防御力が落ちるのは変わらないが、この鎧の特殊能力【魔力増強】が問題となる。これは鎧全体で魔方陣を形成しているのでどこか破損するとその効力が全く発揮されないのである。
「どれくらいですか?」
「最低でも5日は必要だな」
石化用の〝キュアポーション″の調合や〝フレイムボム″を研究する必要もあるからそれくらいなら問題ない。
「わかりました。それでお代は?」
「今回はいい。さすがにゴブリンキングは想定外だ。その代わり、このことをミシェルに必ず伝えておいてくれ」
「ミシェルにも?」
「確かにあの地帯はこの辺じゃ強力なモンスターが出現するが、せいぜいエリートゴブリンくらいだった。今の話のようにタンクゴブリンやメイジゴブリン、ましてやゴブリンキングが出てきたことは一回も無い。何かが樹海に起こっている可能性がある」
そこまで聞いて俺たちプレイヤーが現れたせいじゃないかと思うがオウルさんは真剣な瞳で俺に語りかけている。ならそれを無視することなどできない。
「わかりました、伝えておきます。これから行って会えますかね?」
「今日はミシェルが所属する隊じゃない警備隊が担当だ。明日なら警邏にも出ているはずだ」
「では、明日伺ってみます」
「うむ。頼んだぞ」
オウルさんのお願いに頷き、〝フェアリーガード正式装備(旧式)″をオウルさんに預け、アトリエでログアウトした。
聖樹エリアに入るための条件
①パーティーメンバーにNPCが一人以上いる
②“イバラの壁”を突破できるアイテムを誰か一人でも所持している(NPCが持っていても条件はクリアとなる)
③『エクストラボス“ゴブリンキング”を討伐』をクリアする
以上三つが条件です。
普通のプレイヤーではNPCをパーティーに入れようと思わないため、“イバラの壁”を突破できるアイテムを持っていても聖樹エリアにたどり着く前に行き止まりとなります。
なお、他のエリアにおける隠しエリア解放条件はそれぞれ異なっており、NPCが必ず必要というわけではありません。
*今回は場所的に妖精族にとって重要な場所なので条件が厳しくなっています。*




