第二十九話:チート?
「さて、本来の依頼を進めようか」
未だにテンションアゲアゲの二人にそう言って落ち着かせる。
そう、本来の依頼はランクSRの薬草の採取とアリアさんを護衛することだ。
そのことをすっかり忘れていた二人は明後日の方向を向く。エルジュに至っては口笛まで吹いている。
「そうですね。このすぐ先です」
アリアさんに先導され、広場の奥の道を進む。森を抜けた先、そこにはスプライトとは比べ物にならないほど幻想的な光景が広がっていた。
「きれい……」
「なんだここ……」
二人はなんとか声を出せたが、俺は言葉を失っていた。
辺り一面に広がるエメラルドグリーン。その正体は全て薬草。ここに来るまでに回復したMPで足元の薬草を【鑑定】をした結果、そのランクはHR。おそらくはこの一面の薬草は同じランクだろうから、これだけでもお宝級なのに俺たちの関心はその先に向けられていた。
薬草たちを見守るように存在する一本の樹。それは現実世界の桜そのものだった。
品種まではわからないが、その幹は樹齢何十年、いや何百年かわからないほど太く、枝は空を覆うほど広く、そこには大輪の花が咲き誇っている。時折吹く風に花びらが揺れ、花びらが風に流れている。こんな光景が本当に存在するのかと見ていてもそう思ってしまうほど、美しい。わかりやすく例えるならば『伝説の樹』だろうか?
固まる俺たちを見て笑うアリアさん。後で聞いたのだが、初めてここを訪れた者は全員同じようになるらしく、アリアさんもかつての自分を思い出していたのだと言う。
アリアさんは薬草の海に入り、薬草を選別し始めた。俺も手伝うと言ったのだが「先の戦闘で疲れているから休んでください」と言われたのでエルジュとラインと共に座って休むことにする。
「そういえば、アレはなんだったんだ?」
ゆっくり幻想風景の観賞を堪能している時、不意にラインが訊いてきた。
「アレって?」
「ゴブリンキングにとどめを刺したアレだよ」
「あ~! そういえば桜に見惚れて忘れてたよ! あれどこで手に入れたの!?」
ラインの言葉にエルジュが過敏に反応する。そんなに気になることか?
「当たり前だよお兄ちゃん!」
ダイブする前やスプライトに来た時と同じような声を出すエルジュ。見ればラインも同様に目がまるで獲物を狙う猛禽類のようになりかかっている。
「だって、攻撃アイテムだよ! しかも【錬金術】としては初の! さらにあの威力があればいざというときの切り札にもできる!!」
思い出してみればあの時ゴブリンキングのHPはようやく半分を割ったくらいだった。それを一瞬で0にできるのなら切り札として十分な力を発揮するだろう。しかし……
「あれは偶然に近いからな……」
取り出したのは〝錬金石のストラップ″の残骸。通常消耗したアイテムは使った後は光の粒子になるのだがこれはそのまま残っていた。
〝空洞のストラップ″・アクセサリ・C
本来は何かが収められていたストラップ。このままでは使い物にならない。
(埋め込んだモノによってランクが変動する)
つまり、再び錬金石をはめることができるのだろうが、あの老人でも生涯2個しか調合できていない。さすがに最後の1個を譲ってくれるわけがないから自分で調合するしかないが、いつになることやら。
そういや使ってよかったのか? 目標にしてくれって言われてたのに。
いや「道具は使ってこその道具」って言っていたから大丈夫だろう。
……大丈夫だよね?
「じゃあ、もう作れないの?」
「いや、素材自体は判明している」
【錬金術】だけでなく、【薬剤】や【鍛冶】などの生産系スキルを使って一度完成した作品はスキル内の『レシピ』に保管される。他にも俺が探し求めている本を読むことでそのアイテムの作り方が分かればレシピに保管される。
そのため、今回偶然完成したアイテムもレシピの中に含まれていた。
〝フレイムボム″・攻撃アイテム・UC
手から離れると導火線が引火し、一定時間が経つか衝撃を与えると爆発する。
(素材となる〝フレイムストーン″もしくは〝火薬草″のランクにより効果・効力が変化する)
(最低品質)HP-50
『〝フレイムストーン″×1+〝火薬草(品質UC以上)″×3+〝調合水″もしくは〝ポーション(効力C以上)×1″』
これが正規のレシピ。しかし俺はあの時少なくとも十以上の火薬草を一緒に調合した。普通ならそれでは失敗するはずがあの時は成功した。さすが“必ず成功する”効力:Aの錬金石の力だ。いつか必ず調合させてみせる。
「つまり、創れることは創れるけどあの時の威力は出せないってこと?」
「そういうことだ。HP-50じゃ意味が無いだろう?」
「「……」」
対プレイヤーにならば十分だろうがエルジュやラインが相手にしたいモンスターではHPが50削られたくらいでは大したダメージにならないだろう。
そう思ったからこその発言だったのだが、エルジュは手で顔を覆い空を見上げ、ラインは深くため息をついた。
「どうした二人とも?」
「そういえば、兄さんあんまり攻略情報とか見ないもんね」
「ああ、俺たちの常識が通用しないのがよくわかったよ」
今度は二人そろってため息をつく。怪訝に思った俺の視線に気づいたエルジュが俺にその意味を教えてくれた。
「一応訊くけど、兄さんエリア1のエリアボスがHPいくつか知ってる?」
「知るわけないだろ」
「だよね~」とラインと二人頷きあう。
エリアボスはその名の通りそのエリアのボスでそれを倒さないと次のエリアに進めない。そのためプレイヤーたちは各フィールドのモンスターやその先に出てくるフィールドボスを倒し、経験値を積んでからエリアボスに挑むくらいは俺でも知っている。
それが一体なんだというのだろうか?
「アルケ、エリア1のエリアボスのHPは500だ」
「は?」
エリアボスのHPが500? そんなわけないだろう。
「その代わりエリア2でしか手に入らない鉱石を使った鎧を着ているから防御力と魔法抵抗力が高い。今の俺の一撃でも削れて50が限界だ」
「ちなみに私の攻撃では20くらいが限界かな」
二人が冗談を言ってないことは二人の様子からわかる。
「いやおかしくないか? だって二人の装備はβ時代の物だろう? なんでそんなに少ないんだよ?」
「いくら武器が強力でも俺たちはまだレベルが低いからな。 今の強さはスキルの高さで補っているだけさ」
そういえば正式版に引き継げるのは武具やスキルで、Lvはβプレイヤーでも1からのスタートだ。β時代ならともかく、今の二人では先程上げた数値が限界なのだろう。
「フレイムボム一個=現状のラインの一撃ってことか……」
「しかも、俺の攻撃は当たる場所によっては与えるダメージが変動するが、アイテムってことは数値が一定しているってことだ。つまり10個当たればそれで終了だ。まあ、必ず当てられるとは限らないけどな」
「しかもその10個は最低ランクだった場合でしょ? ランクが上がれば威力が増すはずだから5個でも討伐は可能だと思うよ」
最低でも-50なのでランクが上がれば-100も可能かもしれない。しかも効力でさらに威力が上がればさらにダメージを与えられる。
「もしかして【錬金術】って結構ヤバい?」
「「冗談抜きでチート一歩手前レベルだね(な)」」
こんなところで【錬金術】の可能性を知った俺たちだった。
【付加魔法】で作られたフレイムストーンも当然攻撃アイテムなのですが、『ランクに限らず攻撃数値が一定』なのがβで判明していたので、あまり浸透しなかったという過去があります。