第二十七話:想い
あれからもひたすら逃げ続ける俺。
しかし、俺たちを追い詰めているはずのゴブリンキングの表情が変化していることに気づく。
(何かに焦っている?)
思えばさっきから棍棒の攻撃が雑になっている。少し前までは確実に俺を狙っていたのに、今は振り下ろしているだけのようにも見える。
(いったい何が……!)
その瞬間、振りかざされた棍棒を【速足】でなんとかよける。そして視界の先に見た光景でその理由が判明した。
(タンクゴブリンが減っている!)
タンクゴブリンに囲まれ見失っていたラインの姿が見えたことでそう判断する。しかもいつも間にかエルジュとアリアさんの援護がラインに向けられていた。
どうやらゴブリンキングに対抗できないと思った二人は俺が逃げ続けることに賭け、唯一の希望であるラインを助けることにしたらしい。
今もエルジュの弓で一体のタンクゴブリンが消滅していく。
それをゴブリンキングも気づいたのだろう。だからこそ、早目に俺を消そうと考え、その結果精細さが欠け、俺は生き延びている。
(この調子でいけば……!?)
次の攻撃を避けるために【速足】を発動させたが、何も起きない。驚く俺にアラート音が響き、アナウンスが流れる。
『MPが不足しています』
スキルの中には常備発動するタイプと使用する度にMPを使用するタイプがあるが、ほとんどのスキルが後者だ。そして当然ながらMPが足りなければスキルは発動しない。
とっさに杖を前面に構えるも、柄が細い杖で棍棒の攻撃を受け止められるわけが無く、衝撃で広場の端まで吹き飛ばされる。
背中を光の幕で強打し、うつぶせに倒れこむ。衝撃で杖も手放ししてしまい、さらに状態異常【気絶】まで発生した。
状態異常【気絶】は本当に気絶しているわけではないが、体を全く動かすことができない。【麻痺】と症状が似ているが、実は【麻痺】はほんの少しなら動かせるのだ。といっても本当にほんの少しなので、体全体を動かすことはできないのだが。
【気絶】の文字の下の数字がカウントダウンを開始する。これが0になれば【気絶】は解ける。
そして意識はあるので、こちらに向かってくる足音がはっきり聞こえてくる。当然ゴブリンキングの足音だ。
同時に魔法が当たる音がするが、これはアリアさんだろう。
かすかにエルジュの悲痛な声とラインの怒号も聞こえてくる。
しかし足音は止まず、止まった時には俺のすぐ近くだった。
あと少しすれば棍棒が俺の体に落ちてくるのだろう。
(せめて楽に死にたいなぁ)
そんなことを考えながら俺は目を閉じその瞬間を待った。
不意にある言葉が浮かんでくる。
“【錬金術】は不可能を可能にする”
あの老人の言葉だ。
確かに錬金術師が行う行為には奇跡としか言いようが無い物も存在する。
そんなことは言われなくともこれまで調べてきたことですでに知っている。しかし、それは高位の錬金術師、もしくは才能を持った者でしか成せない偉業である。
そんな奇跡を俺のような初心者かつ【錬金術】を多少使った程度の人間にできるわけが無い。
“本当にそうか?”
心の中から声が聞こえる。
“お前は本当に錬金術を<少し>しか理解していないのか?”
暗闇に染まる視界の中で何かが光っている。
“確かにこの世界ではお前はまだひよっこだ。いやヒビすら入ってない卵の状態だ”
その光はやがて一つの形を形成していく。
“しかし、お前が<錬金術>を知ったのはいつだ?”
それは人の形。
“お前が<錬金術>について学んだ年月は?”
それは高校生くらいの少年。
“お前の<錬金術に対するあこがれ>はそんなものか?”
それは……俺だった。
「ちがう」
光じゃない、生身の俺自身が言う。
「憧れたのはずっと前で、それからもずっと憧れ続けた」
動かすことができないはずの俺の体に力が宿る。
「他の同年代からバカにされることもあったけど、それでも貫き通した」
思い出す初日の出来事。【錬金術】を使えないスキルだと言われ、見返してやろうと思った。
唯一の〝アトリエ″所有者となり、そのことをだれも嘆くことも無く、だれもが笑っていた。
どの見解も答えはただ一つ。『【錬金術】は使えないスキル』だということ。
「こんなことで諦められるほど、俺の錬金術への想いは弱くない!!」
ならその見解を壊してやろう。
お前たちの常識を打ち砕いてやろう。
それが、俺がこの世界でやるべき役割なのだ。
俺の意志に光の俺が頷き、手を差し伸べ、その手を握る。重なった手を中心に光があたりを照らし出す。
“なら……見せつけてやろうぜ!”
「ああ!」
光は俺たちを照らし出し、世界を包み込んだ。
目を開けると迫ってくる棍棒と0になり表示が消える【気絶】。
すぐさま足に力を入れわずかながら回復したMPを使って【速足】を発動させ、ギリギリのタイミングで棍棒の一撃をよける。
かわされるとは思わなかったのかゴブリンキングの顔が一瞬驚愕し、そして憤怒に変わる。
今まで以上の咆哮を上げ、棍棒を振りかざす。しかしその攻撃が俺に届くことはなかった。
「待たせた!」
タンクゴブリンの囲いを突破したラインがゴブリンキングの背中を一閃する。さすがに無視できないのか標的がラインに移った。
ふと見ると四つん這いになっているエルジュと杖を支えになんとか立っているアリアさんが映る。
彼ら二人の健闘に感謝し、俺は〝錬金石のストラップ″を握りしめる。
『〝錬金石のストラップ″の効果を使用しますか?』
迷わずYESを選択する。
『使用するとこのアイテムは消滅します。ほんとによろしいですか?』
確認画面にも再度YESを選択する。するとアイテムウィンドウが表示されるがいつもと色が異なり、右上に『調合』と書かれた項目がある。
(錬金窯以外ではこうやって調合するのか)
アイテム名に触れると色が変化し、横に数字が表示される。数字に触れると『1~』と追加ウィンドウが表示され、これが数の選択なのだと理解する。
そこまで行ってラインとゴブリンキングの戦闘に意識を戻す。
なんとか善戦しているようだがラインにも疲労がたまっている。
再度意識をウィンドウに戻し、これまで培ってきた錬金術関連の知識を総動員させ、今あるアイテムで錬金できる可能性を探す。
そしてあるアイテムを見た瞬間、俺は一か八かの賭けに出ることにする。