第二十一話:突然の依頼
「失礼します」
心を落ち着かせてから改めて再び店に入る。
女性は奇妙な行動をとった俺を訝しく見つめてくるが、その表情はすぐに変化した。
「あら、薬草は無事手に入った?」
どうやら覚えていたらしいので頷く。まあインパクトあったからな。
すると安堵したように微笑みを浮かべてくれて、思わずどきっとする。
「それで、今日は何か聞きに来たのかな?」
「質問前提ですか?」
「何かそんな感じがしたんだよ」
商売をしている人間が持つ観察眼でもあるのだろうかと考えてしまうが、確かに質問があったので聞いてみることにする。
「【錬金術】関連のレシピが載ってる本って置いてあったりしますか?」
「……え?」
笑顔のまま固まる女性。
「やっぱり無いですかね?」
「……」
再度質問するも女性は固まったまま。右手を顔の前で上下に振っても何も反応が無い。
「え~と、おじゃましました」
180度回転し、店から出ていこうとするとシャツの襟をつかまれる。
「【錬金術】を習得してるんですか!?」
「はいそうです」と答えたいが首が閉まって言葉を発することができない。
襟を握っている手をタップし、ようやく離してくれたので思いっきり息を吸い込む。
「はー、はー。 殺す気ですか!?」
「ご、ごめんなさい」
90度どころか体を折りたたむんじゃないかと思われるほど頭を下げた女性を見てとりあえず怒りを収める。
「それでどうしたんですかいきなり」
改めて話を聞こうとすると女性はカウンターから一冊の分厚い本を取り出した。
「この本読める?」
手に取った本のタイトルは〝キュアポーション大辞典″。……キュアポーションって何だ?
「ええ、〝キュアポーション大辞典″ですよね。それが……」
なにかと続ける前に手を丸ごと包むように握られる。
「お願いがあるの! 力を貸してください!」
再度女性を落ち着け店の奥、作業スペースに入る。
ちなみに、店の前には『臨時休業』の木札が掛けられた。
……同じような経験をつい最近したばかりなので正直逃げたいです。
「そういえば、まだ名前を言ってませんでしたね。私はアリアと申します」
「俺はアルケです。なんか似てますね」
軽く場を和ませようとするが、アリアさんの表情は真剣だった。
それを見て、逃げる気が失せた。というか逃げられないと悟った。
「お願いしたいのは、あるアイテムの調合なのです」
アリアさんが〝キュアポーション大辞典″を開く。今更だが〝キュアポーション″とは状態異常回復アイテムのことで、瓶の中に入ってる液体の色によって効果が違う。基本的に色は治療できる状態異常を示しており、最も有名なのは〝毒消し″の効果を持つ紫色のキュアポーションだろう。
ページをめくるアリアさんの細い指があるページで止まる。そこに書かれていたのは当然〝キュアポーション″だが、その色は初めて見る灰色だった。
「この〝キュアポーション″は何用なんですか?」
「……石化です」
「!?」
石化はβ版で把握された状態異常の中でもいまだに回復手段が見つかってないモノの一つ。最もその能力を持つモンスターがエリア2の奥まで進まないと出現しないので、エリア2の素材が必要だと思っていたが、それがこんなところで見つかるとは思ってもみなかった。
「素材は薬剤師の私でも分かりません。ですが【錬金術】なら作成が可能なんです」
指先が素材部分を示す。そこに書かれていたアイテム名には心当たりはなかったがその下に別の組み合わせがあった。
『作成方法②【錬金術】『ポーション(効力A以上)×2+キュアポーション(効力D以上・種類問わず)+ロックアントの甲羅(ランクUC以上)×2』
「ここに書いてるロックアントは樹海の少し先にある洞窟に生息しているモンスターです」
「樹海の先?」
「はい。丈夫な甲羅に覆われているためよく防具に使われています」
後で知ったのだが、実は〝フェアリーガード正式装備(旧式)″にも使われている。
「ロックアントの甲羅のほうは付き合いの長い鍛冶師から頂くことができます。ですが“効力”付きのポーションとなると【錬金術】に頼るしかありません」
そう言って棚から一本のポーションを取り出し手渡させる。
アリアさんに言われて【鑑定】してみると確かにその効果が異なっていた。
〝ポーション″・回復アイテム・C
【薬剤】で作られたポーション。
HP+30
効能: 【効果減少量・大】
「見てもらって気づいたと思いますが【錬金術】と【薬術】では同じアイテムでも違う効果が出ます」
確かに効果が違っている。ちなみにポーションにおける【効果減少量】とは“浴びた場合の回復効果減少量が市販より少ない”と言う意味だ。もっとも【効果・大】だとほぼ変わらないらしいが。
「なるほど。 でも【錬金術】を使える人はいますよね?」
俺はあの老人のことを話す。しかしアリアさんは首を横に振った。
「確かにあの方はスプライトで唯一存在する【錬金術】の担い手なのですが……妖精族を嫌っていますから」
「はい?」
詳しく聞くと以前同じ妖精族の住民から散々バカにされたらしい。確かに妖精族の魔力の高さと魔法の有効性を考えれば【錬金術】にそこまで意欲を示すほうが珍しいな。
その気持ちは孤立した俺はとても共感できる。
唯一その将来性を見込んだ現在のフェアリーガード最高司令官だけが援助し、やがて【錬金術】でしか創れない鉱石を発見して今の生活を送るようになったらしい。
しかしかつての遺恨は消えず、創った鉱石かそれを素材にした武具を売る以外ではまったく口を開かないらしい。
ついでに展示されていた武具も老人が【鍛冶】で創った作品だった。……やっぱあの老人が一番チートなんじゃないか?
そう考えるとあの老人からアトリエを譲り受けたのは相当な幸運だったんだな。
「なるほどわかりました。 しかし、妖精族ならば回復魔法で治せないのですか?」
「回復魔法にも限界があります。 そして私は【薬術】を鍛えるためにあまり回復系の魔法を使っていませんでしたから」
確かに【薬術】を鍛える一番の方法はアイテムを作ることだろう。
そして完成したアイテムを自分で使えば効果も立証できるというわけか。
「それならば他の方々は? 例えば警備隊の方々とか」
自分でだめなら他の人でもいいはずだ。しかしまたしてもアリアさんは首を横に振る。
「警備隊はおろか他の妖精族にも相談できません。なぜなら……」
アリアさんは一度周りを見渡す。まるで誰もいないことを確認するように。この瞬間、これは想像以上に面倒なことに巻き込まれたのだと今更ながら実感した。
「……治療をお願いしたいのは私の妹なのですが、彼女はハイフェアリーですから」
変更点①〝キュアポーション″の色を変えました。
変更1)解毒用の〝キュアポーション″の色を『赤』⇒『紫』にしました。
変更2)石化解除用の〝キュアポーション″の色を『青』⇒『灰色』にしました。
変更点②石化したハイフェアリーをアリアさんの“従妹”⇒“妹”にしました。




