特別話:ホワイトデーのお礼
ホワイトデーに間に合わず、申し訳ありませんでした。
今回は初挑戦。パロン(サクラ)様視線です。
「というわけなので何かお願いありませんか?」
「えっと……」
突然のアルケさんの訪問とまさかの問いかけに戸惑ってしまいます。
いつものようにアリサにアイスを持ってきてもらい、ダリル茶を用意して待っていたらまさかのアルケさんも付いてきました。
アルケさん曰く「チョコをもらったお返しをしたいのですが、何を送ればいいのかわからない」ということで、何かお願いを頼まれました。チョコはアイスのお礼として渡したので、こうなることを全く想定していなかったためどうすればいいのかわかりません。
さて、どうしましょうか?
「え~、アルケさん私たちには去年同様アクセサリーだったよね? そっちのほうが私もうれしいよ~」
「えっと、それは来年でいいですか?」
「本当!? じゃ、今度はデートしてね♪」
「それです!」
え?と同じ表情をするアリサとアルケさん。そうです、アルケさんと一緒ならあの願いを叶えられるかもしれません!
「ではアルケさん、お願いを発表します」
「は、はい」
そこで不安そうな顔をされるとこちらが困ってしまうのですが、アルケさんに迷惑がかかることはまずないはずです。
二人の顔が緊張してます。心配しなくても私のはささやかなものです。
「私と、街を歩いてくれませんか?」
「「……へ?」」
「これが今のスプライトですか。私がいたころとずいぶん変わったのですね」
私はアルケさんと共にスプライトの街を歩いています。アリサからは「いっそ腕を組んで歩いたらどうですか?」なんて言われましたが、さすがにそれは遠慮しました。
「しかし、こんなことでいいのですか? いっしょに歩いているだけですよ?」
「これでいいんですよ」
アルケさんとしては不思議と思うでしょうが、ハイフェアリーの長という立場なので自由に里を出ることはできないのです。
実際、こうして里から出たのはいつぶりでしょうか?……五十年前くらいでしょうか?
「あ、あのお店まだあったんですね」
「あれですか? 確かあれは老舗のお菓子屋ですよね」
「老舗? そうですか、もうそれほど時間が経っているのですね」
私が指したお店ですが、私がハイフェアリーになる一年前に開いたお店で当時は行列ができるくらい人気がありました。近づいてみるとお菓子を作っている職人さんが見えますが、さすがに若い人だらけですね。私が知っている職人の方はもう引退しているのでしょう。
「せっかくなので何か買っていきますか? 奢りますよ?」
「……いえ、止めておきます。思い出の味と違っていると泣いてしまうかもしれませんから」
そういうとアルケさんは「わかりました」と言ってまた歩き出しました。正直を言うと味なんて全く覚えていません。それでも断ったのは、もしおいしさを知ってしまったらまた里から抜け出したくなってしまうかもしれないから。アイスだけでも贅沢品なのですからあまりアリサを困らせるわけにはいきません。
「あれ? アルケさん?」
「あ、ティニアさん。こんにちは」
その後もぶらぶら歩いていると前から着物を着た女性が歩いてきます。さきほどティニアと呼んでいたということはアリサが慕う姉という人物ですね。
「こんにちはアルケさん。また新しい女性ですか?」
「勘弁してください」
新しい女性って、そういえばアルケさんから男性のご友人のお話を聞いたことがありませんね。もしかして……
「弁解しておきますが、ちゃんと男性の友人はいますからね」
「そうですね。それの倍以上に女性のご友人が多い方ですけど」
「あの、本当に止めてください」
前々から思っていましたが、アルケさんは将来奥さんに逆らえない方になりそうですね。それとは別にきちんと男性のご友人がいるようで安心しました。
「頼みますからその反応も止めてください。傷つきます」
「あ、ごめんなさい」
「それもどうかと思いますけど」
あらら。どうすればいいのでしょうか?
「先ほどはすみませんでした」
「いえいえ。仲がいいのですね」
「まあ、信頼できる方ではありますよ」
ティニアさんと名乗る方と別れてからもしばらく歩きます。しかし、そろそろ日が暮れる頃なのでそろそろ戻らないといけませんね。
それをアルケさんも察してくれたようで少し前を歩き、振り向きます。
「最後にどこか寄りたいところはありますか?」
「……実はその質問は待っていました」
夕暮れに包まれる街並み。そんなときにこんなこと言うとまるで恋人みたいですね。それにこの後私が言う言葉もそれに近いものなので少し顔が赤くなります。
「どこですか? 遠いようなら急がないと。アリサさんに怒られてしまうので」
そんな雰囲気の中でもアルケさんはいつも通りです。それを見て少し意地悪したくなりました。
「一応二人きりでいるのですからもう少しムードを味わってくれませんか? こういう時に他の女性の名前を呼んだり、思い浮かべるのは相手に失礼ですよ?」
私の言葉に赤面して謝ってくるアルケさん。そのしぐさがあまりにも初々しく思わず笑みがこぼれてしまいます。するとますます照れるアルケさん。こういう反応を味わったのもいつ以来でしょうか。
「では、最後に行きたい場所までご案内します」
「え? あ、はい」
質問してくれたのはアルケさんですが、残念ながらアルケさんはその場所を知りません。いえ、知っているのはもう私だけでしょう。
スプライトの街並みを、記憶と異なる街道を進みます。そのことに寂しさを感じながらも進んでいくと民家の壁がありました。仕方ないので別の道を探し、あちこちを歩き回りながらその場所を目指します。
「……え!?」
そして到着した場所を見てアルケさんがとても驚いた表情を見せます。一体どうしたのでしょうか?
「どうかしましたか?」
「えっと、ここですか?」
アルケさんが正面に見えてる建物を指します。私はそれに頷きます。
「もう形はどこにも残っていませんが、ここにかつて私の実家があったんですよ。私のお家は商売をしていて、母が作った惣菜を父が売っていました。私も売り子として短い間ですがお手伝いしてました」
私が懐かしそうに普通の妖精族だったころの話をしていると急にアルケさんが土下座しました。え、なんで?
「ごめんなさい! ここの改装は自分の指示です! どうか他のみんなは許してあげてください!」
「えっと、どういう意味ですか?」
アルケさんは恐る恐る頭を上げるとその建物に近寄り、扉にカギを差しました。カギは回り、扉が開かれます。
「こういう意味です。ここは、今はルーチェと名乗っているこの店舗は今自分が使わせてもらっているのです」
さすがにこの展開は驚きました。まさかかつての実家をアルケさんが改築して住まわれているとは思いもしませんでした。
「そうでしたか」
中に入るとわずかに実家の感じが残っています。記憶を頼りに進んでいくと一本の柱を見つけ、そこに刻まれた傷を見つけます。
その傷をそっと撫でると思わず涙がこぼれてきました。
「間違いないみたいですね。この傷は私が誤って魔法を発動させてしまって刻まれた傷です」
私が振り返るとアルケさんはうつむいていました。そんなアルケさんに近寄り、肩に触れます。顔を上げたアルケさんは不安そうな、怯えているような表情をしていました。
そんなアルケさんに私は微笑みます。
「ありがとうアルケさん。両親が残した家を守ってくれて。これが一番のお礼になりましたよ」
そしてアルケさんに額に自らの唇を差し出します。
「また、来てもいいですか?」
「……ええ、ぜひ戻ってきてください」
「!? ふふ、言葉選びがお上手ですね」
「いかかでしたか?」
「楽しかったですよ。来年を楽しみにしてなさい」
私の代わりに里の管理を任せていたアリサにそう返答するとうれしそうな表情を見せます。おや、もしかしてアリサもアルケさんに好意を抱いているのでしょうか?
街中でお会いしたティニアさんからもそう感じたので、アルケさんは大変ですね。
「さて、お仕事しますか」
「あ、アイス用意しますね」
アリサが貯蔵しているアイスを取りに行きます。私はそっとポケットに入れていたお土産を取り出します。
「戻ってきてください、ですか。いつか叶うといいですね」
私はアルケさんの家の合鍵をそっとしまうとアイスを持ってくれるアリサのためにダリル茶の用意を始めました。
錬金術でアイテムを作ろうかと思ったのですが、そのネタは去年も使ったので別の形にしてみました。少しはホワイトデーの雰囲気を出せたでしょうか?
なお、書いていてコーヒーを3杯ほど飲みました。こういう甘い話は書いてるこっちも恥ずかしくなってきますね。




